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帰路

 あの後、結局シュマリルフス様の加護を授かることなく帰路に着くことになった。

 巫女さんは平謝りしていたが、女神様が嫌だとおっしゃるのならばどうしようもないことだと思う。

 空の端がほんのりと赤みがかり始めた夕刻、ローサと二人でとぼとぼと大通りを歩く。


「キツネの女神様の加護、貰えなかったね……」

「そうだね。まさか、あんなことになるなんて……」


 神様というのは、もっと厳かで近寄りがたく、何を考えているのかわからないような存在だと思っていた。

 まさか胸の大きさで負けている豊穣神のお手付きだからと、拒否されるとは想定外すぎる。

 幸いなのは、今回授かるはずだった加護は無くてもなんとなる類のものだったことである。


「えっと、霊命種の変性に関するご加護が貰えるはずだったんだっけ?」

「そう。幼い霊命種は変性がうまくできないことが多いからね。ちょっとした手助け程度の効果らしいんだけど……」


 霊命種は真性体の姿で生まれてくる。つまり、赤ちゃんは獣の姿なのである。

 ハジャリア王国では、霊命種は半性体(所謂獣人の姿)か人性体(人型)の姿でいることが推奨されている。が、子どもの霊命種の大体はうまく変性をすることができない。

 変性に関しては、魔素のコントロール技術の修練度が関わってくるのだとか。

 つまり、シュマリルフス様の加護により、変性に関する魔素のコントロールだけスムーズにできるようになる……らしい。

 私はその効果が実感できなかったのでどの程度作用があるのかまったくわからないが。


「まあ、結局は私が早く慣れればいいだけの話なんだよね」

「ムジナなら無くてもきっと大丈夫だと思う」

「ははは、頑張るね……」


 怪我の功名か、今日だけで大分慣れてきた気がする。

 ゴロツキを伸した後、人性体の時の体の感覚が以前よりずっとクリアになったのである。

 確かにこれならば、ローサの言うとおりに加護なしでもなんとかなるかもしれない。

 グレゴリーは加護無しでやっていけているらしいし。

 私もやろうと思えばやれるはず……多分。




 多少の寄り道もしたので、女神の止まり木亭に着くころには空は一面夕焼け色に染まっていた。

 夕飯時だからか、あちこちの建物から食欲がそそられる香ばしいにおいが立ち上っている。

 良い匂いだなあ。晩御飯は何を食べようかな。などと、私の頭は早速食べ物に関する思考で埋め尽くされた。


 ローサの部屋に戻って寛いでいたら、ほどなくしてグレゴリーが部屋を訪ねてきた。

 顔を合わせてすぐに「新しく服買ったんだな。よく似合ってるんじゃないか?」と言われ、若干の気恥ずかしさを覚える。

 この細やかさ、グレゴリーはなかなかモテるタイプなんじゃないだろうかと、どうでも良いことが思い浮かんだ。

 ひとまずは本日の報告会を兼ねて、そのまま一緒に夕飯を囲むことになった。


 本日の私の夕食は肉と野菜がごろごろと入ったボリューミーなスープである。

 文字が理解できるようになったことで、メニューが自分で読めるようになったのでとても嬉しい。

 夕飯をつつきながら、グレゴリーからの成果を聞く。


「まずは俺からだな。今日は知り合いを色々当たってみたりしたんだが……率直に言うとそれほど良い結果は出なかった。すまんな」

「そうだったんですか。あまりお気になさらず……。私のためにお疲れ様でした」

「まあそうだと思ってたよ。詳細を聞かせてくれる?」


 ローサは相変わらずクールな反応である。

 グレゴリーは後頭部をかきつつ、続きを語った。


「そうさな、まずは研究機関についてだな。話によると、おおまかに分けて二種類の運営体制があるようだ。国営のとこと、個人……つまり、金を持ってる奴の支援を受けてやってる所と、だな」

「ふむふむ」


 お金持ちの支援とは、つまりパトロンのことだろうか。

 研究者に投資するとは、有意義なお金の使い道だな。


「で、用事頼みの内容的には、個人研究者をあたるべきなんだが……」

「ツテがまったく無いね」

「それなんだよな」

「なるほど……」


 街の外で活動する肉体労働者である冒険者と、街の中で活動する頭脳労働者である研究者では、接点なんて皆無だろう。

 それに、世紀の新発見としてパトロンに報告でもされたら困る。

 まったくツテのない状態から、信頼のおける人物を探すのは中々難しいことなのではないだろうか。

 二人には冒険者という本業があるので、これ以上私のことに時間を割かせるのは心苦しい。

 私は研究所についてはすっぱりと諦めることにした。


「私、このままでもやっていけるような気がするので……研究所についてはもう諦めます!」

「いいのか? 大丈夫か?」

「本人がいいって言ってるんだし、いいんじゃない?」

「まあ、それもそうだが……」

「今のところ何も問題なさそうなので!」

「ううむ、わかった」


 グレゴリーは本当にいいのか? という反応をしたが、ローサはあっさりと私に賛成を示した。

 そう言えば、元々研究所については気乗りしてなさそうだった。理由はわからないが、二対一で研究所は諦める方向で定まったのでよしとしよう。

 グレゴリーは酒を少しあおると、ふう、と一息ついた。


「で、そっちは今日はどうだったんだ? 楽しめたか?」

「はい! とても楽しい一日でした!」

「面倒事もあったけどね」

「あはは……」


 おおむねは楽しかったが、ゴロツキだとかフクロウ神様だとか、予定にない珍事が色々とあった濃密な一日であった。

 私の反応に気を良くしたのか、からからとグレゴリーは笑った。


「ははは! 楽しめたなら結構結構! しっかし、面倒事ってのは何があったんだ?」

「えっと、話すと長くなるのですが……」


 と、今日の軌跡をたどたどしくグレゴリーに話聞かせた。私自身あまりよくわかっていない部分については、合間合間にローサから短く補足が入った。

 グレゴリーは渋い顔をしたり驚いたり、はたまた笑ったりと実に様々な反応を見せた。

 私がひとしきり話し終わった所で、いやはや、とグレゴリーは顎を撫でさする。


「神様が姿を現すとはなあ……。もしかして、お前さん巫女の才能があるんじゃないか?」

「巫女さんですか? でも、私キツネの神様には嫌われちゃってるからなあ……」


 馬臭さを消してから出直して参れって言われてしまったが、加護の消し方など知らないのでもう一生会う機会は無いのではないだろうか。


「シュマリルフスは、大体の神殿はフォルティエの者が担当になってるはずだからそこは大丈夫だと思うよ」

「フォルティエさん、ですか?」


 ローサからフォローの言葉を頂いた。

 フォルティエ。今日何回も聞いた名前だ。有名な人なのだろうか?


「そう。シュマリルフスと深い繋がりを持つ家でね。キツネの霊命種で代々巫女や神官を輩出してるんだ」

「へええ。何だかすごい家なんですねえ」

「ハジャリアの国策との合致で、結構重要な地位に位置付けられてる」

「なるほど」


 ハジャリア王国では、霊命種は半性体か人性体をとることを推奨されている。

 幼い霊命種はうまく変性ができないがために、美と娯楽の神シュマリルフスの加護を必要とする。

 そこで、シュマリルフスと繋がりを持つフォルティエ家の巫女や神官にお世話になる。という図式なのだろう。


「フォルティエ家はキツネの霊命種ってことは、今日会った巫女さんもフォルティエ家の人ってことになるのかな?」

「そうだね」


 毛艶のとても良い、おっとりとした美人さんだった。美と娯楽の神様と仲が良いってことは、フォルティエの人達はみんな美形だったりして。

 ローサが何かを思い出すかのように、視線をちらと上に向け口を開く。


「なるべくあちこちの街に配置するようにしてるらしいから、この街だとフォルティエはあの巫女だけかもしれないね」

「家族と離れて暮らしてるのかあ」

「親戚は一杯いるらしいんだけど」


 名門って感じだし、親戚会とかがもしあったら圧巻だろうなあ。

 と、ここでグレゴリーがそういえば、と声を上げた。


「この街にゃ、あの娘っ子の他に一人若い奴がいるって話だぜ」

「へー。じゃあ二人暮らしかな?」

「男らしいんだが、それがまた、あまりいい噂は聞かねえんだよなあ……」

「そうなの?」

「ああ。えらい変人だって話だ。会う機会なんてそうそう無いだろうが、関わらない方がいいかもな」

「変人……」


 一体どういった方向で変人なのだろう。ただ、グレゴリーがここまで言うのならば、本当にあまり関わり合いにならない方が良いかもしれない。一応気を付けておこう。


 と、そんな感じに色々な雑談を交えつつ、つつがなく夕食を終えた。

 まだまだ知らないことだらけだが、二人とお喋りをすることでこの世界の知識を少しずつ得られるので非常に有意義な時間だった。

 その後、節約も兼ねて本日もローサの部屋にお泊りするべく一緒に部屋へと戻った。


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