表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/37

恵みの大神殿

 残念なイケメンことアルトールは相棒のワイバーンについて延々と喋り続けていたが、私たちは彼を放置してその場から立ち去った。

 しばらくは無言で歩いていたが、ふいにローサが口を開いた。


「嫌な思いさせて悪かったね」

「謝らなくてもいいって言ってるのにー」

「それでも。あれは私が処理すべき事柄だったから」

「処理……」


 ローサ、その表現はちょっと怖いです。

 でも魔物の森での戦いぶりを思い出せば、ローサなら男三人ボコボコにするのも可能そうだ。


「ちょっと、ぼんやりしすぎてた。次はこうはならないようにするから」

「無理しないでね?」

「大丈夫」


 ぼんやりと言うか、精神的に動揺していたのでそれ所じゃなかった、みたいな感じだったような。

 やっぱり人と霊命種の交わりについては、この世界の人達にとってとんでもない話題なのだろう。

 そんな下世話なこと話題に出すつもりはまったくないが、うっかり口にしないように気を付けることにしよう。


 話が一段落ついた所で、私は先ほどの出来事の中で気になっていたことを聞いてみることにした。


「霊命種の差別って、あるんだね」

「この国はここら一帯では一番待遇は良いんだけどね。差別する人間がまったくいないわけでもないんだ」

「そっか……」

「失望した?」

「いや。やっぱり、人と違う生き物だから仕方ないことかもなあって」

「そうかもね」


 動物の姿が本当の姿らしいから、人種が違うとかいうレベルではなく、そもそもまったく別の生き物ってことになるんだろうし。

 動物嫌いな人にとっては、動物っぽい見た目だから嫌って人もいそうだ。

 仕方ないことだとは思うけれど、自分にはどうすることもできない理由で嫌われるのはちょっぴりしんどいなあ。

 しょんぼりとした私に、ローサは話題を少し変えた。


「他に、何か聞きたいことはある?」

「んー……」


 気になる事は色々とあるが、何を聞くべきだろうか。

 ローサとしては、あまり喋りたくない内容もあるかもしれない。ならば、無理して聞きださなくても良いか、と思った。

 そうだなあ、私自身のことについて聞いてみようかな。


「私って異界人だから魔素適性? ってやつが高いんだっけ? 自分じゃよくわからないんだけど、私ってローサから見てどうなの?」

「魔素の操作もおぼつかないし、人の体に慣れて無くてかなり危なっかしいって印象だったね」

「そ、そうなんだ」

「だから、さっきのアレには正直かなり驚いたかな」

「はえ?」

「何て言ったらいいのかな……。急に熟練度が上がったというか、とにかくムジナがあんなに俊敏に動けるとは思ってなかった」

「言われてみれば……」


 確かに、自分自身でも急に超人じみた動きができるようになったような感覚だった。怒りで気が逸れていたが、ちょっと前まで走るのもおっかなびっくりだったのに明らかに変である。

 火事場の馬鹿力ってやつだろうか。うーん。


 ところで、私は自分でもそうだと思っていたが、ローサにもとろくさい動きしかできないと思われていたのである。

 ローサは、いつもは絡まれても暴力的な解決法を取らないらしい。いつもはその健脚でさっさと撒いてしまっていたのかもしれない。

 もしかして、私の存在が足枷になっていて、どう対応したものか考えあぐねていたのだろうか。

 結構殺伐としたところもあるこの世界である。私ももうちょっと逞しくならないといけないかもなあ、とぼんやりと考えた。




 それから、ぽつぽつと会話をしつつ歩みを進めていたら、ようやく目的地へとたどり着いた。

 城郭都市イヴシルのちょうど真ん中に位置する神殿である。

 街の中心部に湧き水があるらしく、その水を街の隅々に引いているらしい。

 湧き水の湧いてる場所に神殿を建てたので、恵みの大神殿という名前が付けられたんだとか。


 神殿は一言で表すと、巨大だった。周囲には水路があり、涼しげでどことなく趣がある。

 敷地は高い塀に囲われており、開け放たれた門からは、ちらほらと人が行き交っている。

 どんな厳かなところか身構えていたが、思っていたよりはオープンな施設らしい。

 門を潜ると広々とした中庭がある。城郭都市の中であるのに相当な土地を確保されていることから、神殿の権威の片鱗が伺えた。

 いくつも建物があったが、ローサは迷いのない足取りで中でも一際大きい物へと向かっていった。


 建物の中へ入ると広々とした空間があり、真正面には大きな男の像がある。

 熊の毛皮のような物を被っており、その顔は窺い知れなかった。衣服は熊の毛皮と腰の布のような物以外にはほとんど身に着けておらず、惜しみなくその肉体美を晒していた。

 像のあちこちに装飾としてキラキラと光る石が埋め込まれており、私はこれは神像なのだとぴんときた。

 ぼけっと見惚れる私に、ローサが小さな声で解説を入れてくれた。


「これは、ハジャリア王国の主祭神のキュナイヤ像。この国の人にとっては神様といえば、この神様のことを差すんだ」

「なるほど……」

「他にも色々と祭られてる神様はいるけど、別に全部は覚えなくても良いと思うよ」

「そうなの?」

「数が多いし、司る物によっては一生縁が無い神様もいるだろうしね」

「ふむふむ」


 ハジャリア王国は、どうやら多神教らしい。といっても、ローサの話を聞く限り、主にこのキュナイヤ様を信仰していて、他にも神様は色々といるけど何となく優先度は低いって感じなのかな。

 私の夢に出てきたパピリファル様とやらは、確か豊穣の神様だったか。豊穣神なら信仰する人はそれなりにいそうだけども、実際どうなんだろう。


「で、その一杯いる神様を取り纏めてるのが、このキュナイヤ様だって言われてる」

「つまり、神様の長ってこと?」

「そうだね」


 一番偉い神様だから主祭神ってことなのだろう。

 私達はキュナイヤ像に近づき、軽く祈りを捧げた。

 神官や巫女ならともかく、一般人にはかっちりとした形式はなく、とりあえず手を合わせて拝むとかそんな感じでいいらしい。意外といい加減だ。

 祈りを済ませると、私達は建物を後にした。



 中庭に出た私達は、別の建物を目指してまったりと歩いた。

 合間、ローサに今日の目的を再確認してみる。


「えっと、神様のご加護をいただきに来たんだっけ?」

「そう。手の空いてる巫女か神官を捕まえて、頼むことになるね」

「へー。にしても、神殿に行けば加護が貰えるって、何だか神様って気前が良いというか、身近というか……」


 神殿に行けば神様の加護が貰えるなんて、便利だしなんだかゲームみたいだ。この世界だと神頼みが本当に効くんだな。

 しかし、ローサは何だか微妙な表情になっていた。おや?


「気前が良いとはちょっと違うかな……。神様は基本的に対価が無いと現世には何も干渉をしないらしいから」

「えっ、対価!?」

「そう。対価の内容は色々だけど」


 神様が求める対価とは一体。もしかして生贄を捧げる文化とかあるんだろうか。

 私の頭の中でハジャリア王国のイメージが一気に血なまぐさい物へと変わった。

 しかし、私はパピリファル様から加護をいただいているらしいが、一体何の対価を支払ったのだろう。まさか知らない間に内臓が抜かれていたりして……。

 と、まるで神様がヤクザかのような妄想を悶々としていたら、神官と巫女のいるらしい建物の前に来ていた。

 扉は自由に出入りできるように開けっ放しになっており、私とローサは中へ入る。

 まずカウンターが目に入り、向こう側には神官や巫女らしき人がいた。彼らは事務作業のようなことをしており、私は神社の社務所を思い出した。

 ローサはカウンターへと寄って行き、一番近くにいた巫女に話しかけた。


「ちょっといいかな」

「はい。恵みの大神殿へようこそ。神々のご加護を授かりにいらっしゃいましたか?」

「そう。それで……」


 と、喋っている二人を横目に、私はよそ見をしていた。誰かに呼ばれた気がしたからだ。気がしただけで、特に変わった音などは聞こえなかったが。

 気のせいかな、と首を捻り、二人の会話を聞こうと顔を正面に戻そうとした所で視界の端に何かがあることに気付き、二度見する。

 ほんのりと発光するフクロウがそこにはいた。そいつは、私においでおいで、と語りかけている気がした。

 身をひるがえしたそいつに、思わず体が動く。ローサの困惑した声が聞こえた気がしたが、私は蝶を追いかける猫のごとく、まっしぐらにフクロウを追いかけた。

 気付けば、中庭の隅の方のこじんまりとした建物の前へと来ていた。

 フクロウは中へと飛び去って行ってしまった。中へ入れ、ということなのだろうか。


 きょろきょろと周囲を確認しながら中へ入ると、そこにはフクロウ頭の男の像があった。

 先ほどの発光するフクロウは見当たらない。おかしいな、と首を捻っていたら、背後から足音がして振り向く。

 そこには少し息の上がったローサがいた。


「ムジナ、いきなり走り出すから何かと思ったよ。どうしたの?」

「あ、ごめん……。光るフクロウがいてつい……」

「え?」

「えっと、私にも何がなんだかよくわからないんだけど、うーん……」


 自分でもよくわからない事象をどう説明したものか考えあぐねていたら、建物の中の空気ががらりと変わったことに気付く。

 よくわからないが、何となく何かの濃度的な物が上がったような。ひどく感覚的なもので言葉にうまくできない。


 急にそこにあったフクロウ頭の男の像がまばゆい光を放った。

 まぶしさに思わず目を覆い、次に目を開いた時には、そこには半透明の何かがいた。

 そいつは多分とても嬉しそうな顔をして、衝撃的な言葉を放った。


「ホウホウホウ! 久々の異界人じゃのう!」

「えっ」

「これは……」


 ローサも突然の珍事に呆気にとられているらしい。

 呆けている私たちに、そいつはまったく気にした様子も無く喋り続けた。


「ようこそ異界の子よ! どれ、知識の神たるこの儂、アトゥンコロックが直々に加護を授けてしんぜようではないか!」

「か、かみさま?」

「いかにも!」


 そいつとそこにあった神像を見比べてみて、私はそいつが神像とまったく同じ姿をしていることに気付いた。

 フクロウ頭の男神は、知識の神、アトゥンコロック様らしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ