かの者やいかに
残念なイケメンに気を取られていたが、この路地裏に広がる惨状はまったく変わっていない。転がるゴロツキ達と、棒立ちしているローサと手足がモフモフの私。そのモフモフからは鋭い爪が飛び出ているが。
とりあえず手足の獣化ををさり気なく解き、手を体の後ろに隠した。何を言おうか、言うまいか、と視線をうろうろと彷徨わせる。これでは挙動不審以外の何者でもない。
狼狽える私とは反対にローサは動揺した様子も無く、静かに口を開いた。
「絡まれた。それでやり返しただけ」
「へえ。君は冒険者ギルド上位のローサ君……だったかな?」
「合ってるよ」
「お噂はかねがね。さて」
男はそう言うとゴロツキ達の方に行くとしゃがみ込み、ごそごそと持ち物を漁り始めた。
目的の物はすぐに見つかったのか、「あったあった」と呟いて立ち上がった。
その手に持ったカードのような物をぷらぷらと振りながら得た情報を告げる。
「彼らは君の同業者のようだね」
「そう」
「絡まれる理由は僕でも色々と察せるが……。まあ、君も随分と苦労しているんだろうね」
「別に」
「でも、君がこういう暴力的な解決方法を取るなんて聞いたことが無かったが。随分と珍しいんじゃないかい?」
「それは……」
ローサは無意識になのか、ちらりと私に視線を寄越した。
えっ、確かにやったのは私ですけども。ここは正直に自白をした方が良いのだろうか。
私がそう思っておずおずと口を開こうとしたが、続けて喋った男の声に遮られる。
「そちらの小さなお嬢さんは、お友達かな?」
「まあ、そんなところ」
「ふうん。なるほどね」
そう言うと、男は意味深な視線をこちらに寄越した。
な、なんなんだ一体。
男は私の訝しげな表情を気にした様子も無く、爽やかに微笑んだ。
「申し遅れたね。僕はアルトール・ロベット。ワイバーン騎兵としてここイヴシルの防衛をさせてもらっている。よろしければ、君の名前を伺っても?」
「は、はい。ムジナです」
「ムジナ君か。それで、よければムジナ君の口からも何があったのか、教えて欲しいのだけど」
「えっと……」
暴言にむかついたので私がボコボコにしました。以上。それが真実である。
いよいよ観念する時が来たか。
私は真実を伝えようと口を開いたが、今度はローサの冷たい声に遮られた。
「私が説明したこと以外に特に変わった点はないよ。聞くだけ無駄なんじゃない?」
「まあまあ。一応聞いておくだけだから」
「そう……」
折角ローサが庇ってくれようとしているが、やっぱりこのまま知らんぷりをしているのも何だか心が痛む。
いや、よくよく考えたら今のままじゃローサが犯人ということでしょっぴかれてしまうのでは?
それはいけない。絶対に阻止しなければ。
私は慌てて事情説明を開始した。
「あの、私とローサは神殿に行こうとしていた所を呼び止められたんです。それで、あの人たちは好き勝手に色々ひどいことを言ってきて……」
「言われた内容を尋ねても?」
「えっと」
色々と言われたけど、それを私が口にするのはなんだか気まずい。口にするのもはばかられるというやつである。
私が言葉に詰まったのを見て、ローサが変わりに手短に答えてくれた。
「霊命種の侮辱。具体的には家畜、獣と」
「霊命種の差別か」
「それと……」
ローサはややためらう素振りを見せたが、すぐに続きを口にした。
「霊命種と人との交わりについての言及」
「あー……」
それを聞いたアルトールは、顔に手をやってあちゃー、といった感じのオーバーリアクションを見せた。
どうやら相当良くない内容らしい。
「はぁ……それは完全に相手方が悪いね。もしフォルティエ家の者の前で言えば問答無用で消し炭にされてるよ」
「だろうね」
フォルティエ家がどんな家かは知らないが、消し炭にされるくらいとんでもない侮辱の言葉だったらしい。私は主にアバズレとか尻軽らへんに怒ったのだが、この世界基準だとちょっとずれているのかもしれない。
それはともかく、私は一番大事なことをまだ言っていない。
「そのう、それで、私が暴言に耐えかねてこの人達をこんな風にしちゃったんです……」
「君がかい?」
「はい……」
アルトールはちょっと意外そうな顔つきになった。
ローサは自分がやった、みたいな言い方をしていたからね。
折角庇ってくれたけど私は自首します。ごめんローサ。
「この子は北から逃れてきてまだ日が浅いんだ」
「ああ、そうなんだ」
ローサは情状酌量の余地があると主張しているのだろうか。本当は中の人は異界人で北の国なんて全然知らないけどね。
「大体事情はわかったよ。ご協力ありがとう」
「はい」
「この人達にも一応後で話を聞いておくけど、君たちは神殿に行く所だったのだろう? そちらの用事に行って構わないよ」
「えっ? 私を捕まえたりしないんですか?」
「君達の話が本当なら、捕まるのはこの人達の方になるんじゃないかな?」
「そ、そうなんですか……」
「相手方は大した怪我じゃないみたいだしね。この街じゃ、これぐらいの喧嘩はよくあることさ」
「はあ」
人をボコボコにしておいて無罪になるのにイマイチ釈然としないのは、私の精神が日本人だからだろうか。
まあでも食い下がって逮捕してくださいというのも何なのでここはとりあえず幸運だったと思っておこう。
それに逮捕されちゃったらローサにも多大な迷惑がかかるだろうし。
そのローサは、なんだか早く立ち去りたいオーラを出していた。
「世話かけたね」
「あっ、えっと、どうもご迷惑をおかけしました」
「ははは、慣れてるし気にしなくていいよ」
ワイバーン騎兵のアルトール。第一印象は残念なイケメンだったけど、話してみたら案外普通の人だったなあ。
私は一歩踏み出し、足裏の感触で自身が裸足だったことを思い出す。
獣化した時に靴が脱げてしまったらしい。
「あっ。靴、靴履かないと」
「取ってきてあげるから待ってて」
そう言うや否や、ローサは手早く転がっていた靴を拾ってくると私の前にしゃがみ込んだ。
そして布を取り出し、何でもないことかのように私に言った。
「足を拭くから、足を上げてもらえる?」
「えっ」
「ふらつくなら私に掴まっていいよ」
「えっ、あ、はい」
そんな召使のようなことまでさせるわけにはと一瞬思ったが、本当に何でもないことかのように言うので流されてしまった。
私はそうっとローサの肩に手をやって、片足を上げてみた。
ローサは私の足裏にやわやわと布を滑らせると、そのまま靴を履かせた。
無言の催促を感じ、もう片方も同じように上げると、同じように布で拭い、靴を履かされる。
布を仕舞ったローサはすくりと立ち上がると、私に尋ねた。
「小石とか入ってない?」
「だ、大丈夫」
「そう。それじゃ行こうか」
「うん……。あっ、ローサ、あの、ありがとう」
「ん」
ローサはやっぱり満足気だった。そんなに私の世話を焼きたいのだろうか。謎だ。
と、そこで私とローサ以外の声が飛び込んでくる。
「仲が良いんだねえ」
「あっ」
そういえばアルトールがいたんだった。一部始終ずっと見ていたのだろう、何だかニコニコと微笑ましそうな顔になっていた。
ローサは気にした風でもなくさらりと答えた。
「まあ、そこそこね」
「そこそこねえ……」
アルトールは含み笑いをした。
「彼女が、君にとってのお姫様なのかな?」
「は?」
「お、お姫様? ええっ?」
私がお姫様だなんて、柄じゃないぞ。ちょっと想像しただけで鳥肌が立ってきた。気持ち悪いのでやめてください。
ローサも何言ってんだコイツみたいな顔になっている。
「そ。僕のお姫様はレジナエだけどね」
「レジナエさん、ですか」
「ふふふ。誰よりも美しくて誰よりも可愛らしい、僕の生涯のパートナーさ!」
「は、はあ」
何だこの人、いきなり惚気はじめたぞ。この話題は触るべきじゃなかったのかもしれない。
「ああ、あの黒くてつぶらな愛らしい瞳。天使の歌声のような声。惚れ惚れとする骨格。藍色の艶々とした鱗。ああ、今すぐ君に会いたいよ!」
「骨格……? 鱗……?」
前半はまだわかるが、後半の褒め言葉は一体何なんだ。レジナエってどんな見た目の人なんだろう……。
「そう。レジナエはワイバーンだからね! ああ僕のお姫様!」
「あっ、そうなんですか」
やっぱりこの人は変人だった。私は考えを改めざるを得なかった。
 




