こんな夢を観た「親父ギャグがはやる」
携帯に着信があった。友人の桑田孝夫からだ。
「はい、もしもし」
「あ、おれだけど。ちょっと、聞いてくれ」何やら深刻そうな口調だ。
「何かあったの?」わたしは心配して聞く。
「あのな、布団が吹っ飛んだ」それだけいうと、ぷつっと切れてしまう。
えーっ?! わざわざ、電話で親父ギャグ?
もやもやした気分で座り込んでいると、今度はメールが届く。
また桑田かな、と思って開いてみると、中谷美枝子だった。
〔中学生はチュウがクセ。そんな彼がバイトを始めたんだって。「運送屋なんだって?」って言ったら、「うん、そうや」〕
くだらなすぎて、突っ込む気も起きない。いったい、2人ともどうしちゃったのだろう。
しばらくすると、桑田がやって来た。
「よう、さっきの親父ギャグ、笑えたろ?」玄関を開けるなり、そう言う。
「笑えるも何も、古典過ぎて感動しちゃったよ」わたしは、皮肉たっぷりに言い返した。
「缶ビール持ってきたから、たまには一緒に飲もうぜ」桑田はコンビニの袋を差し出す。「おつまみも買っててきたぞ。ガキの種なっ」
「柿の種でしょっ」下ネタかぁ。
居間のちゃぶ台の前に座って、缶ビールを開ける。
「そのうちに中谷達も来るから」桑田が言った。それで、こんなに缶ビールを持ってきたのか。
テレビは音楽番組をやっていた。滑るようなムーン・ウォークは、いつ見てもすごい。
「亡くなって、もう 5年かぁ」わたしはしみじみとつぶやいた。
「ジャイケル・マクソン」ぼそっ、と桑田が発する。もう少しで、ビールを吹きそうになった。
「今のは効いたろ?」と桑田。
「いきなり言うから」わたしはティッシュで鼻をかむ。吹き出しこそしなかったけれど、鼻の奥へと逆流してしまったのだ。
「来たよーっ」と声がし、鍵を開けたままのドアから、中谷が入ってくる。「ショート・ケーキとおつまみのチーズ持ってきた。6Pのプロセス・チーズだよ」
さすがは中谷。わたしの好きなものがちゃんとわかっている。同じ6個入りでも、「カマンベール」のようにくせの強いのは苦手なのだ。
「冷凍庫の方に入れてあっからな、ビール。冷えてっぞ」桑田が教える。
「そんなキンキンにしてどうすんのよ」中谷は文句を言いながら台所へ行った。
「冷凍室なんかに入れたのっ?」わたしは驚く。もしも、中谷が来なかったら、凍ってしまうところだった。
霜で白くなった缶ビールを片手に、中谷が腰を下ろす。
「他のも、下の冷蔵室へ移しておいたからね。じゃ、いただきマンモス」
いただきマンモス……って。ふだん、こんなセリフを言うようなキャラじゃないのに。
そう言えば、さっきのメールからして、様子が変だ。
「今日はどうしちゃったの? 何か悩みごとでもあるの?」わたしは少し心配になってきた。桑田に関しては、まあ、いつものことだったが。
「どうって、何が?」きょとんとして見つめ返す中谷。
「だって、親父ギャグばっか言うじゃん」
「えー、いいじゃないの、親父ギャグくらい。ね-、桑田」
「おう、ユーモアは大事だぞ。ほら、せっかく中谷がケーキ買ってきてくれたんだ。それ食って、笑え」
「なんで笑うの?」わたしの頭の上にはハテナマークが舞っている。
桑田と中谷は、せーので口をそろえた。
「おかしくって笑えっ!」
ああ……。
チャイムが鳴った。今度は誰だろう。
「やあ、どうも。遅くなって申し訳ありません、むぅにぃ君」志茂田ともるだ。よかった。やっと、まともな人が来てくれた。内心、このままだと変になりそうだ、と不安になっていたのだ。
「おう、待ってたぞ」桑田が声をかける。
「ビールは冷蔵庫に入っているから。あ、ちょっと冷えすぎてるかもね。桑田の奴が、冷凍庫なんかに入れとくもんだから」と中谷。
志茂田は桑田の隣に座り、プシュッと缶ビールの栓を開けた。
「いただきマスタード」
わたしはギョッとして志茂田を見る。
「マスタードかぁ、それは新しいねっ」中谷がキャッキャッと笑う。
「ぶはぁっ、こいつは笑えた。傑作っ!」桑田も大爆笑である。
わたしには、何が面白いのかさっぱりわからない。
「なんなの? 今日ってダジャレの日か何か?」わたしはみんなの顔を順番に見ながら尋ねた。
「何よ、そのダジャレの日って。誰かダジャレなんて言った? 言ったのはダジャレ? なんてっ」と中谷が言うと、すかさず桑田は自分で自分の首を絞める真似をしてみせる。
「チョーク、チョークっ!」
「いえいえ、ジョークです」志茂田がツッコミを入れる。
こういうのはノリが大事なのかもしれない。やっと、わたしは気がついた。ばかばかしい、だなんて考えず、ここは1つ、自分からも参加すべきだ。
「チョコレートのおいしい食べ方知ってる? 少しだけ冷やすといいんだって。ちょこっと冷凍」
たちまち、シーンと静まり返る。
「なあ、ここは笑うところだよな?」
「うん……たぶん」
「いたたまれませんねえ。どう反応すればいいのでしょうか」
そんな3人のひそひそ声が、わたしの胸をさらにえぐった。




