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spirit and witch  作者: ところてん
一章・はじめての迷宮
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一話

呪文に、こちらのサイト様(http://mother-goose.hix05.com/)よりマザーグースの唄をお借りしてます。『鐘が鳴る』のみ、内容そのままコピペさせて頂いてしまいました事を謝罪致します。

窓の外は叩きつけるような豪雨だった。

(アヌタ)二番目の月になると、夕方にはいつもこのような天気になる。

嵐のような激しさなのに、一時間も経てば不思議と何事もなかったかのように止むこの雨は、シアリーズでは「妖精の雨」と呼ばれていた。気まぐれな妖精のような雨だから、というのが理由らしい。

四五日連続で降る時もあれば、一週間ぐらい降らない時もある。「妖精の雨」という呼称は、そんな所から付けられた名だった。

窓の外の雨は、先程降り始めたばかりで、未だ止む気配はない。

窓の此方側--家の中では外の轟音とは打って変わって、ピポン、シャラン、ピチャンと賑やかな音が響いていた。それらの音の出処は、床の上にずらりと並べ置かれたカップにグラス、バケツといった物たちだ。天井から雫が一滴、二滴と落ちる度にバケツ達は軽やかで楽しげな旋律を奏で出す。

家の中はちょっとした、音楽堂のようになっていた。

だがそんなものには目もくれず、この家の主から留守を預かる少女は、バケツ達に背を向けて一心不乱に本を読み漁っていた。


「ええと、雨を止ませる呪文は……


『あめあめ


やめやめ


おとといおいで!』


……なにも起きないよう……」


少女はおもむろに立ち上がって、真剣な眼差しで、本を片手に窓に向かって手を突き出した。

部屋に響くぐらいの大声で放った言葉は、どうやら魔法の呪文のようだった。

だが以前として、豪雨は止まず。

少女は垂れ目気味の白蛋白石(ホワイトオパール)の瞳に、じわりと涙を浮かばせた。


「もう、師匠(センセ)早く帰って来てよ。

このままじゃこのお部屋、水浸しになっちゃうじゃない」


雨漏り程度で部屋が水浸しになる事はないが、幼すぎる少女は本気でそうなってしまうかもしれないと心配していた。

家の主たる彼女の養育者ーー彼女の言う師匠がいれば「無用な心配です」と彼女を慰めたかもしれない。

だがしかしここに彼はいない。少女の不安は募る一方だった。


「何であたしは魔法が使えないんだろ?

あたしだって〈魔法使い〉なのにな」


ぺたんと床に座り込み、皐月躑躅(アザレア)を思わせる紫みの強い鮮やかな紅桃の、今はお下げに結ってある長くふわふわとした髪を弄りながら少女は溜息を吐いた。

〈魔法使い〉とは、シアリーズに存在する種族の内の一つだ。

シアリーズは、妖精の住む世界ーー即ち妖精郷と、人間の住む世界が重なっている稀有な国だ。

妖精はシアリーズの人間達にとって、最愛の友人であり最悪の隣人であった。

自然の具現たる妖精は気まぐれで、風見鶏のように性格が変わる。そして、大の悪戯好きな種族であった。

可愛い悪戯ならまだしも、時には人間の命を脅かすような危険な悪戯を仕掛けてくる事があった。

だがその一方で幾たびも人間の命を救う事もあった。

そのせいか人間達にとっては、憎いけれども憎み切れぬ存在となっている。

〈魔法使い〉とは、そんな妖精と人間との間に生まれた第三の種族であった。

姿形は人間と然程変わらないが、妖精と同じような、俗に魔法と呼ばれる超常現象を起こす力を持って生まれてくる。そして人間と最大に違う点は、通常ではあり得ない真紅や深緑などといった髪と、宝石のように輝く瞳で生まれてくる事であった。

そんな奇妙な〈魔法使い〉という種族は、妖精郷と人間の世界が重なったシアリーズにしかいない種族である。

どうして彼らのような種族が、シアリーズに存在しているのか、その理由は妖精にあった。

妖精は前述したように、悪戯好きだ。妖精が一番好む悪戯は、人間の子供を攫う事であった。

人間にとって妖精は、最愛の友人にして最悪の隣人とは先程述べた通りであるが、それは妖精も同じであった。彼らは人間を好いている。好いているからこそ、悪戯をして困らせるのだ。

彼らは攫った人間の子供を、妖精郷に連れ帰り育てる。そして人間の子供が成長し、大人になった暁には、その子との間に子を成すのだ。

そうして生まれた赤子が、人間とも妖精とも異なる〈魔法使い〉である。妖精はまたその赤子を秘密裏に、人間界で新たに生まれた子供と取り替えるのだった。

〈魔法使い〉とは、そんな連鎖の元に生まれる種族であった。


「はあ……師匠(センセ)まだかなあ?

早く帰って来て雨漏り直してよう……」


滝のように降り注ぐ雨を窓越しに見やりながら、少女ーーDは幼さを感じさせる、舌足らずな口調で呟いた。

漏れた雨水を受け取る為に緊急に床に置かれたバケツらは、もうすぐ満杯になりつつある。

家中の食器を総動員させたが、もうストックも尽きて来た。

まだ幼く身長も低いDでは、例え脚立を使っても天井までは届かない。

何よりDは華奢でほっそりとした体格の少女だ。重い木材など持てない事は明白だった。


「はあ……あたしも魔法が使えたらなあ。

こんな雨なんて直ぐに止ませる事出来るのになあ……

なんであたしは魔法が使えないんだろ?」


大きな白蛋白石(ホワイトオパール)の瞳が潤み、三日月型の眉がぎゅっと寄る。

ピンと上を向いた長い睫毛は滲んだ涙で濡れており、ちょんと摘まめそうな小ぶりな鼻は薄っすら赤く染まり、さくらんぼのように艶やかで小さな唇は、への字口に曲がっている。

妖精のように尖った耳は、気の所為かへにゃりと垂れ下がっているように見える。

今にも泣き出しそうだ。

だが次の瞬間、Dは眦を決すると椛のように柔い手で、自らの白磁のような肌をぺちぺちと叩き出した。


「こら!泣いちゃ駄目でしょD!

そんな事で泣かないの!

師匠(センセ)が年齢がふたけたになったら教えてくれるって言ってたでしょ!」


シアリーズの少女には、何故だか分からないが自分で自分を叱る癖がある。

どうやらある一定の年頃になると出る癖のようで、その癖が出始めたら自我がしっかりしてきた、と見做されるのだ。

シアリーズの女性の誰もが通る道なので、特に気にされてはいない。

少女と言うものは大抵少年よりも先に大人になる生き物である。

背伸びしたい心が、そんな癖を持たせるのだろう。もしくは母親の真似をしてるか、そのどちらかだ。


「来月だよ……来月。

(アヌタ)三番目の月の最初の週になったら、ふたけたになるんだから。

そしたら魔法教えて貰うんだから」


Dは師匠と交わした約束を思い出す。

Dと同じ〈魔法使い〉である彼女の師匠は、飄々とした食えない人物だが決して嘘を吐く事はない。

来月になったら、きっと教えてくれるだろうとDは確信していた。

因みに魔法と呼ばれる超常現象を起こす力は〈魔法使い〉なら上記した通りに生まれつき備えている力なので、誰に教えて貰うまでもなく、呼吸をするように自然に扱えるのである。

だがDはそれを知らない。

彼女の師匠の方も、とんと教えるつもりもないようであった。

彼女の師匠は、Dが魔法を学ぼうとするのを良しとせず、彼女には教えるのは、掃除に料理、洗濯、裁縫などと言った家事ばかりであった。

おかげで彼女はいまだ年齢はひとけたであるのに、一人暮らししても困らない程の家事の腕を身につけた。

しかしDは不満ながらに呟く。

「あたしは家事手伝人(ハウスキーパー)になりたいんじゃないのに」と。


「そうだ……もっかい師匠(センセ)の本棚漁ってみよう。

魔法の書にはそれ自体が魔法の力を帯びている本があるんですよ、って師匠(センセ)言ってたもんね。

それならあたしでも魔法が使えると思うし!

雨漏りを直す呪文か、雨を止ます呪文が書いてある本ないかなー」


Dは言うなり顔を輝かせ、再度本棚へ手を伸ばす。

少女の機嫌は妖精のように変わりやすい。

流石に高い所の棚に置いてある本には届かないが、師匠の所持する杖を使って引っ掛ければ何冊か落とす事が出来た。

ドサドサッ、と埃と共に分厚い魔法書が木目の床へと散らばる。

巻き上がる埃に、何回かDは咳き込んだ。


「うう……埃積もっちゃってるよ気持ち悪いなあ。

明日になったら師匠(センセ)に掃除させて下さい、って言おう……」


咳が治まると同時に、Dは先ず手に取った本の表紙を注意深く観察する。

Dの手に負えないような、危険な魔法書があるやも知れないからだった。

安全そうだと判断したら目録に目を通す。

その作業を数回繰り返したが、落とした本の中には、雨を止ませる呪文など書かれてはいなかった。

Dは落胆したが、直ぐに気を取り直す。

見つからないならば、もっと探せば良いだけの話だと、そう割り切って。

本棚から書物を落としては中身を確認する行為を繰り返す事、数分。

木目の床には大量の魔法書が積まれていが、その全てが目当ての魔法書ではないものだった。

一向に目当ての本が見つからないDは段々と焦れて来たのか、その内に表紙を観察する事を止め、直ぐに中身を見るようになった。

理由は簡単、面倒臭くなって来たのである。


「あれ……?なんだろこれ?

師匠(センセ)の日記かなあ?」


幾度めかの作業の途中だったDは、新たに落とした数冊の書物の中に、鎖で雁字搦めに結ばれた漆黒の古書を見つけた。 見慣れない黒い表紙のそれは、何処と無く不気味な雰囲気を漂わせていたが、辟易しつつあったDは気にせず中身を読もうとし始めた。

だが鎖で雁字搦めに結ばれたそれを開けるのは、膂力のないDには到底無茶であった。


「硬いなあ……ペンチとかあればなあ……

ん?なにこれ。何か書いてある?」


ふと表紙に目を落としたDは、そこに題名(タイトル)ではなく、呪文のようなものが書かれているのを発見した。

漆黒の表紙の上に浮かび上がる、妙に歪な筆跡の文字。

今にもウネウネと動き出しそうな、そんな気味の悪ささえ感じられる。

しかしDは大変好奇心旺盛な少女であった。

光に誘われる蛾のように、気がつけばDはその呪文を呟いていた。


「えっと……?

『カランコロンと鐘が鳴る。

  子猫ちゃんは井戸の中。


  誰が子猫を投げ込んだの?

  ジョニー・フリン坊やさ。


  誰が助け出してあげたの?

  トミー・スタウト坊やさ。


  こんなことをするなんて悪い子ね。

  可愛そうな子猫をいじめるなんて。


  何にも悪いことなどしてないのに。

  家中のネズミを食べてくれるのに』」



ーー落ちる落ちる、ぐん、ぐん、ぐうんと落ちて行く。

Dが呪文を唱えた途端、雁字搦めの鎖は一人でに解け、目も眩むような閃光が漆黒の古書から放たれた。

Dが座り込んでいた木目の床が、突然大きな穴へと変貌したーーようにDには感じられた。

古書から放たれた光で、Dの視界は一時的におかしくなってしまっていたから。

その穴は全てを飲み込む勢いで拡がり続け、Dは際限なく続く闇の中へと落ちて行った。












せいじゃくときょうきのみがしはいするやみのなかで、なにかがめざめた。

ぶきみなあかいあかいひかりが、ぼんやりとやみのなかにうかびあがった。

それは、そのなにかのひとみのようだった。

あかいひとみが、くらやみのなか、ふいにおとずれたまばゆいほどのひかりをみつけた。

にさんどまばたきをすると、そのなにかはゆっくりと、ひかりへむかってうごきはじめた。

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