二話・後
冷気漂う店内から出た瞬間、むわっとした熱気が全身を包んだ。
燦々たる太陽が、ジリジリと肌を焦がしていく。
夏の季節真っ盛り、連綿と続く藍宝石を砕いて重ね塗りしたような見事なコバルトブルーの空、もくもくと沸き立つ真珠色をした入道雲。
余りの暑さにぽつぽつと玉のような汗が額や鼻の頭から吹き出る、汗は喉を伝って地面に吸い込まれるように落ちていった。
もう暫く店の中に居ればよかったか、とAは逡巡したがややあって、いややはりそれはないと首を降った。
たとい暑かろうが寒かろうが、自分の懸想する相手を貶した人間のいる場所になど居たくはない。
フォローをしてくれた主人には悪いが、これからあまりこの店に買い物には来ないでおこうとAは決めた。
茹だるような暑さの中、よしと気合いを入れて、AはDの待つ村の入り口へ駆けて行った。
煉瓦道の向こうには、陽炎がゆらゆらと踊っていた。
「んだとテメェ……!」
Dがいる筈の村の入り口付近から、喧騒が聞こえて来た。
あそこに今いるのはD一人の筈だ、母は遠くの市場に向かっているからそんなに早くには帰って来れない筈である。
何だか雲行きが怪しい。
そう判断したAは、走る勢いを速める。
「なんで怒ってるの?あたし本当の事言っただけだよ?」
灼熱の太陽が輝く、茹で上がるような炎天下。
その陽光を受けて赤々と咲き誇る、色鮮やかな一輪の皐月躑躅。
黄色の煉瓦道の中央に仁王立ちし、対峙するは不躾な同級生。
師と仰ぐT譲りの容赦の無い毒舌が、熟れた桜桃坊の唇から放たれる。
雪肌の愛らしい面に浮かぶのは頬笑み、だがしかし白蛋白石の瞳には異様な冷たさが光っている。
「存在が気持ち悪いだぁ?そりゃお前の事だろこの桃色頭!」
「ボサボサ鳥の巣頭のあんたよりマシですー
ニヤニヤしてて気持ち悪いから言っただけなんですけど、何か?」
笑顔が醜いって最悪だよねーとケラケラと笑う。
一々口答えしやがって、とFは吐き捨てる。
彼の顔はいまや、怒りで真っ赤に染まっていた。
取り巻きのGとJも、物凄い形相でこちらを睨みつけていた。
そんな三人を冷ややかに眺めながら、誰かと一緒にいないと強がれない人って可哀想だなとこっそり思う。
これ以上下手に煽ると手酷い反撃をされるので、やらない方が吉だ。
「言いたいことはそれだけ?もう済んだ?
じゃあね、あたし帰るから」
面倒臭そうに言って、Dはくるりと背を向ける。
勿論本当に帰る訳ではない、帰るふりをするだけだ。
ばいばい、と軽く手を振りその場を去ろうとした矢先。
「ーー闇の呪われ子の癖に!」
そんな言葉が飛んできた。
三日月の眉を片方釣り上げ、Dは胡乱な目付きで振り返る。
「今何て?」
「闇の呪われ子っつたんだよ、桃色頭!」
勝ち誇ったかのようにFは言う。
何がそんなに嬉しいのか、Dには理解出来ない。
スゥ、と目付きが猫のように細くなる。
「馬鹿じゃない?変な事言わないでよ」
「その髪の色が動かぬ証拠だろ!
昔から赤系統の髪の色の奴は、闇って相場が決まっているんだよ!」
取り巻きのGとJも、そうだそうだと下卑た笑みを浮かべながら揶揄する。
「はあ?」
何言ってるの、と続けようとした言葉はFの一言で飲み込まれた。
「お前がいつまで経っても魔法を使えないのは、あの大地の精霊王の孫息子が悪い事出来ないように力を封印してるからじゃねーの?」
普段のDならばそんなのあり得ない、荒唐無稽な事言わないでよと、あっかんべーしながらのらりくらりと躱すであろう、悪意の込められた下衆な言葉。
だが今のDは自分でも驚く程情緒的に安定を欠いており、些細な事でも直ぐに落ち込んでしまったり、苛立ちを覚えたり等の状態になってしまっていた。
見る見る内に顔が色を失っていく。
「そんなこと……」
ないもん、と言い切れないのは本当はそうなのではないか?
だから師匠は自分に魔法を教えてくれないのではないか?
有り得ないと反論しようにも暗い考えが頭を過ぎり、口がパクパクと魚のように動くだけで声が出ない。
効果ありとばかりに更にFは詰め寄り、
悪意の塊をDにぶつけていく。
「お前に親がいないのは闇に殺されたからだろ、知ってるぜ。産みの親か育ての親か、どっちが殺されたなのかは知らねーけど。親が死んだのは多分お前が居たからじゃね?
闇がお前に引き寄せられたから、親は殺されたんだ。きっとそうだ。
だからお前の養育者は、お前の魔力を封印したんだ」
「出鱈目な事ばっかり言ってんじゃねーよ!!」
いつの間にかDの傍にAが居た。
肉屋で購入したであろう干し肉と豚肉を抱え、柳眉を逆立て仁王立ちしていた。
立板に流水をぶちまけるが如く止めどなく喋っていたFは、突然の乱入者に驚く。
「ったく…….お前等と言い、肉屋のばばあと言い、何でDを悪く言うんだよ!
Dが何かしたか?お前等に危害でも加えたか?何もしてねーだろ!
勝手な推測で人を辱めるような事言ってんじゃねえ!」
余程腹に据えかねたのか、凄い勢いでまくし立てる。
F達が怯んだ隙に、さっさと帰れと言わんばかりにしっしっと追い払おうとする。
彼等が口答えしようとする度に、ギラギラと怒りの篭った視線で睨めつけ、言論封殺をした。
やがて互いに顔を見合わせ、彼等は尻尾を丸めた犬のように逃げ去って行く。
その姿が見えなくなるまでずっと、Aは睨み続けていた。
「お待たせ、A。Dちゃん。
遅れてごめんなさいね、市場でチーズとジャガイモが安かったから沢山買って来ちゃった。今日は山羊の乳も安かったからラッキーだったわ。
……あらどうしたの?二人とも」
やや遅れて、Mが帰ってきた。
棒立ちになり固まるDと、恐ろしい形相で遠方を睨みつけるAの姿を見比べながら、こくんと首を傾げる。
「あ、おばさん……」
「お帰り、母ちゃん。肉なら買ったよ、さっさと帰ろう」
それだけを言って、ずかずかと一人先に帰ろうとするA。
不安げな表情を浮かべながら自分に縋り付いてくるDの頭を撫でて、そっとMは囁いた。
「Dちゃんどうしたの?Aと喧嘩しちゃったの?」
「……ううん、違うの。あのね……」
理由を話した後息子より怒り狂った母の姿を見て、A本人が腰を抜かしたのはまた別の話。




