四話・後
腹も満たされ、物品も山程手にいれ、調子に乗った二人はそのまま続けて次の区域を突破した。
途中Aが使い切ってしまった矢を補充したい、と言ってきたので矢を放つ歩く団栗ーー矢飛ばしさん、とDは名付けたーーの攻撃をAが囮になって躱しつつ、床に落ちた矢をDが一本一本拾い集めるという作戦に出た。
この作戦によって、思った以上に矢の補充をする事が出来た。
矢飛ばしさんは矢を飛ばす以外の攻撃は出来ないようであったし、どうやらかなり単純な性格の怪物なのか、囮となっていたAにしか攻撃を加えて来なかった。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いー、むぅ、なぁ……沢山拾えたねえ」
「前よりかは少し少ないけどなー」
それでも二十本も拾えたもん、とD。
三日月の眉を寄せて少々不満げである。
何かにつけてAが嫌味を言ってくるので、それがDには気に食わないのだ。
だがしかしこんな下らない事で喧嘩をしてる場合じゃない、と考え直ぐに機嫌を直した。
「それより見てー
こんなに銅貨も集まったよ」
「おお本当だ、三十枚ぐらいあるな。
これならあの店で買い物出来るな」
地下の迷宮ではまだ十枚しか集まらなかった銅貨(FC)も、今では三十二枚になっていた。
大半があの魔窟で手に入れた物だが。
まだこの銅貨がシアリーズ銅貨に換算してどのくらいの価値になるのか分からないが、迷宮以外で見た事もないし、迷宮以外で拾えない銅貨ならば、迷宮の店でしか使えないのだろうと考えた二人は、これからも集めて行こうと決心した。
「どのくらい進んだっけ?」
「最初の所と次の所と、途中怪物が大量発生してる部屋と、さっき抜けた所と……五回扉開けたな」
「長いねえ……」
「最初の迷宮は何階あったんだよ?」
「えっと……三階だったよ」
「もしかしたら、次で終わりかもな」
「え、なんで?」
「奇数なんじゃねーの?迷宮の階層って。
迷宮によって異なるだろうけどさ」
果たしてその推測は当たっていた。
次の区域へと渡る扉を開けると、そこは今迄とは打って変わって開けた野原であった。
天上を覆っていた木々の屋根もなく、薄水色の空がD達を見下ろしていた。
その開けた野原に、一組の男女が重なるようにして倒れていた。
短く刈られた黒髪をした冴えない顔立ちの男性と人目を引くような可憐な容貌の、萌え出づる若草色の髪をした女性ーーAの両親が。
「父ちゃん!母ちゃん!」
「おじさん!おばさん!大丈夫!?」
血相を変え、二人はAの両親の元へ駆け寄る。
近付いてよく見れば、母Mの方は何処かに頭をぶつけたのか額から大量の血を流しており顔色も白く、まるで血の気がなかった。
瞼はそっと伏せられ、ぐったりとその華奢な身体を旦那であるPの胸板に預け、気絶している模様であった。
父Pの方はと言うとこちらは意識はしっかりあるが、右の太腿から足にかけて形容し難い程の酷い怪我を負っていて、とても妻を抱えて歩く事は無理そうであった。
「A、それにDちゃん!
ここは危ない、一刻も早く逃げるんだ!」
「今危ないのはおじさんでしょ!」
事情を知らない二人は、目の前で怪我をしている人を放っておく事は出来ないと強引に夫婦の身体をーーAは父に肩を貸し、DはMの身体を支えるようにしてその場を動き出そうとする。
しかしPはそれを振り払った。
「ここにはあいつがいるんだ!
闇がーー侏儒が!
A、俺の事はいいから早く逃げるんだ!」
刹那、ズシンと大きな地響きを立てて森が揺れた。
山そのものが動いたのではないかと勘繰るぐらいの、それはそれは大きな揺れだった。
次いで、何が息を吸い込む音が聞こえた。
巨大な何がが聞こえよがしにふんふんと鼻を鳴らす音が。
「おんやあ?何処からともなく人間の子供の匂いがするぞ。全くいい匂いだぁ!
丁度いい、腹を空かせていたんだ。
生きていようが、死んでいようが、骨を砕いて粉にして俺様のパンにしてやろう!!」
開けた野原の周りを取り囲む鬱蒼と生い茂った木々の隙間から、巖のような体躯の醜悪な笑みを浮かべた見るも悍ましい巨人が、顔を覗かせていた。
紅珊瑚の爛々とした眼が、矯めつ眇めつDとAの姿を眺める。
二人は無言で顔を見合わせ、Dは腕の中に抱いたMの身体をずるずると引き摺りながら、Aは父の身体を有無を言わさず背負い安全と判断した場所、隅の方へと彼等を避難させた後、真剣な面持ちで得物を手に取った。
「食えるもんなら食ってみやがれ!」
「その前にあなたをやっつけちゃうんだから!」
斯くして戦いの火蓋は落とされた。
巨躯が災いして動きの鈍い侏儒が、DとAの居る野原へ移動してくるより先に手を打とうと、Aは侏儒の目玉目掛けて矢を放つ。
だがそれは矢の存在に気が付いた侏儒によって、いとも容易く手で跳ね除けられてしまう。
舌打ちするAを尻目に今度はDが魔法の書を開いて、燃え盛る蒼蓮の焔を侏儒へとお見舞いした。
今回ばかりは振り払う事は出来ず、たちまちその醜怪極まりない貌は灼熱の焔に包まれる。
その焔は生い茂る木々にまで移り、侏儒は今や全身にまで燃え広がった焔に苦痛の咆哮を上げた。
身体中を蝕む業火に、暴れ叫びながら木々を掻き分け侏儒がDとAのいる野原へと突っ込んでくる。
芝生の広がる地面へとその巨躯を倒し、呻きながら身体を転がすーー鎮火させようとしているのだ。
そうはさせるかとDは再び火の魔法を侏儒に食らわせた。
侏儒が耳を劈くような悲鳴をあげる。
焔は鎮まるどころか、更に勢いよく燃え出し辺り一面が火の海のような惨状だ。
これではいけないとDは水の魔法で侏儒を除く周りを鎮火する。
地面に伏したまま動かなくなった侏儒の厚く太い首目掛けて、Aは斧を振り落とした。
その痛みに、驚き侏儒は絶叫を上げながら跳ね起きる。
雄牛の血潮の色をした紅珊瑚の瞳は、並々ならぬ怒りに赤々と燃えていた。
最早理性を無くした侏儒は、雄叫びを上げながらめちゃくちゃに両腕を振るう。
岩石のように硬い拳が、立ち竦み恐怖で動けないDの眼前に迫る。
その拳がDの華奢な身体に襲いかかろうとしたその瞬間、AがDの手を引き身体を自分の方へと寄せた。
狂気に侵された侏儒は、巨体を怒りで真紅に染め上げながらその両腕両足を使い森を蹂躙する。
この山から全ての木を伐採する勢いで、侏儒は暴れ回る。
DはAに手を引かれ、猛獣の如き侏儒の足の隙間をちょこまかと逃げ回った。
侏儒がその動きに翻弄され、足を縺れさせ倒れるのをAは待っているのだ。
そしてその時が来た。ズドンと地響きを立て、情けなく巨体が崩れ落ちる。
AはDに今一度魔法を使うように叫ぶと、斧を侏儒の巨木の如き足へと狙いを済ませて薙ぐように斬りかかる。
血飛沫が辺りに飛び散り、豪快に足が林の中へと飛んで行った。
何度目かの悲鳴が上がる。
もう侏儒は立つ事さえままならない。
そしてDの発動させた水の魔法が、侏儒の命を奪った。
「……本体はこんなに小さいんだね」
「さ、感傷に浸ってないでさっさと潰すぞ」
あの巨大な姿は、魔法で作り上げた偽物の姿だったようだ。
DとAの目の前には、子猫を思わせる程小さい妖精の死体があった。
闇の妖精は、例え死んだとしてもその身体を完膚無きまでに潰すかバラバラにするかしないと、何度でも蘇ってくると言われている。
ごめんね、と誰にとも無く呟いてDは手にした棍棒を振り落とした。
森の迷宮のイメージソングは、KOKIAの雫の詩でした。




