第八話 差し入れ-1-
「さぁどーぞっ」
「いただきまぁーす」
「いただきます」
3人が家に入って1時間が過ぎた頃だろうか。
食卓にはできたてホクホクのコロッケがのっかっていた。
あつ、とか言いながら一生懸命頬ばる夕夜を横目に穂高も食が進む。やっぱり誰かが一緒だと、ご飯はおいしい。
「そーいえば穂高くん、最近麗ちゃんどぉ?」
「あ、母さんですか?」 麗ちゃんとは、穂高の母親麗子のことだ。2人は仲が良く、互いに麗ちゃん絵里ちゃんと呼びあっている。
「相変わらずうるさいくらい元気ですよ。今朝もポストカード届いてました」 「あら〜良かったじゃない」
「今度はどこにいるんだったっけ、穂高」
「…おまえなぁ、それこの間も教えた」
「…あれ?」
「あれじゃない」
2人のほほえましい光景を見守りながら絵里は、麗子のことを考える。今は遠い地にいる穂高の母親。
ねぇ麗ちゃん。穂高くん、こんな大っきくなったのよ。仕事の合間にでも帰ってらっしゃいよ。
――穂高の両親は2人1組のメークアップアーティストで、いつも世界中を飛び回っている。
だからこうして晩ご飯も一緒に食べることが多かったりするのだ。
「ふふ。穂高くん、私麗ちゃん今どこで仕事してるか知らないわ。教えてちょうだい」
「…何笑ってるんですか?」
「いーからいーから」
「?母さんたち今シンガポールです」
シンガポール!!
「くーっ仕事とはいえずるいわねっ。皆して海外行って!!」
「あそっか。今お父さんもロスだしね」
「そーよ。でもまぁ、いいわ。こうして娘の成長そばで見てられるんだし」
「…お母さん、恥ずかしいから」
「あらーなんでよっ」
そう言って絵里は夕夜に抱きついた。
仲の良い親子の、普通にありふれた光景。その光景を、穂高は少しだけ羨ましく思う。
「――それから、穂高くんもね」
「え…」
心を読まれたかのように。
「今少しだけ、恋しくなったでしょう」
…バレていたのか。
「大丈夫よ。麗ちゃんがいない間は私があなたの母親だから。いつも見てるわ。あなたも私の大事な子供。それに何より……――」
夕夜がいるしね。
「えっ、ちょ、お母さん!?」
最後の言葉とともに意味ありげにウィンクしてみせて。
穂高は、ただこくん、と頷くことしか…―できなかった。
――この時…涙が出そうだったなんてことは、穂高以外は誰も知らない。
「…―あ、そういえばね。今日転校生が来たの!」
ものすっごくウザイ。
…と、いうのは言わないでおいた。
「木原朔眞っていうんだけど」
その瞬間、絵里がぶふー、と食べていたものを吐いた。
「ちょ、何?汚い」
「きはらさくま…」
自身にしか聞こえない程度の音量で絵里は呟く。
ついに来たのね、彼が…。
「まさか麗ちゃん、本気でやるなんて…」
「え?何?穂高ママがどうかしたの」
ハッ、と我に返ったように夕夜と穂高に向き直る。
「ううん、何でもないわ」
「…そう?でね、そいつが――引っ越してきたの!隣に!」
ねっ、穂高、と話を振るが途端に穂高はぶすっとしだして「あぁ」としか答えなかった。
「な、何よ、なにいきなり不機嫌になってんの」
「別に…」
「…意味分かんない」
「…分かんなくていいよ」
出た。またこの台詞だ。
2人を見ながら絵里は大きな大きなため息をつく。 うちの娘はどこまで鈍感なのかしら…。しかも穂高くんはアレ無自覚だし。
いまだ言い合う2人を見ながら。
ねぇ、麗ちゃん?
「さーて、吉と出るか凶と出るか」
遠い地にいる麗子に語りかけるのだった。
「ごちそうさまでした」
「いーえ。また来てね」
玄関口で別れの挨拶をしている穂高と母を見て夕夜は思う。
「淋しいわ…穂高くんがいなくなっちゃうと」
2歩か3歩かそこらの距離だろうが!
それに。
…淋しいのはあたしだって同じなのに。
――そしてハッとする。
なんなのだ。最近の自分が嫌になる。
もう16年間一緒にいるんだからそろそろ飽きてたっていい頃なのに。
――飽きるどころかどんどん深みにハマっていってる気がする。
もう、嫌だ。
「あぁああぁぁぁあ」
行き場のない恥ずかしさを壁にぶつける。「なに夜中に壁たたいてんの、近所迷惑でしょ」とあっさり止められた。
「う゛〜〜……あれ?穂高は」
「あんたが変なことやってる内にとっくに帰ったわよ」
「………あぁ、そう」
一気に熱が冷めた。
「ところで!」
「…なに?」
依然テンションが高い絵里を据わった目で夕夜は聞き返す。
「その、さ、朔眞くんだっけ。隣に引っ越して来たっていう」
「…そうだけど」
何どぎまぎしてんの?
「やーね気のせいよ」
ホホ、と絵里は笑う。
「その子、一人暮らしなんでしょう?」
絵里の態度が少々気にかかったが、とりあえず夕夜は答えた。
「…そうだけど」
「じゃあ、はい」
にっこり笑って差し出されたものはコロッケ。
嫌な予感。
「夕飯の差し入れ、いってらっしゃい」
「えぇーーー………」
「えぇー…じゃない!ほら行った行った!」
「も〜…」
なんであたしが、と言いながらも渋々ではあるが夕夜は玄関の扉を開けた。
振り返ると満面の笑みの絵里。
「めんどくさいなぁ、もう」
呟きながら704に向かうのだった。