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第七話 704,705,706の前で〜はたから見れば井戸端会議〜

 まさに百発百中だった。

「ほらね〜…やっぱり当たった」

 目の前にいる朔眞を目をすがめながら見て、夕夜は言う。これだから穂高の“嫌な予感”はシャレにならない。

「穂高といるとホント困る」

「…悪かったな」

「じゃー一緒にいなきゃいいじゃん」

 朔眞が横から口を出し、穂高はぎくりとする。

 実際、自分と夕夜が一緒にいなきゃならない理由はない。恋人であるわけでもなし、何か約束があるわけでもなし。

 もしここで夕夜が「それもそうだ」と納得してしまったら、自分たちの関係はそれまでなのだ。

 ただ―――幼なじみというだけで。

「それはないわね」

 ところが夕夜は否、と即答してみせた。

「あたしと穂高が一緒じゃないなんてありえない。そんなの、選択肢の内にも入ってない。論外。問題外」

「――……そこまで言うんだ。じゃあ聞くけどどうして?」

「どうして?」

 夕夜は大きく息を吸うと、びしっと指を突き付けてここぞとばかりに言い張った。

「幼なじみだからよ!」

「………………………………………………………………………………………………………えっそれだけ?」

「それだけよ」

「あとはないの?」

「あと何があるっていうの」

「……結城くんを好きだから、とか?」

「すっ………!?」

 夕夜は瞬時に赤くなる。 お?

 まんざらでもない反応だ。

「ふざけたこと言わないで!とっ、とにかく…生まれた時から一緒だったんだから、今さら離れるとか無理!そーゆーことだからじゃあ!」

 そのまま玄関に入ろうとした夕夜を引き止めたのは――……穂高だった。

 ぱしっ、と手をつながれて。

「おまえ、本気でそう思ってる?」

「え…」

「俺と離れることはありえないって、思ってる?」

 真剣に問いかける穂高に、夕夜は息がつまる。

 一瞬戸惑いはしたが、確信を持って静かに、けれどつよく夕夜は答えた。

「…思ってる」

 譲れない、答えだった。 ――沈黙。

 次の瞬間、穂高がふわりと微笑んだ。

「なら、いい」 

 …夕夜は言葉を返せない。

 反則でしょ、そんなの。

 初めて目にした穂高の柔らかい笑顔に、夕夜は目を奪われた。

 心音は早くなるし脈は揃わないしうまく呼吸ができないし。

 紅潮した頬を押さえ、夕夜は穂高からパッと目を逸らした。

 あっ、またやっちゃった…。

 この前もコレで隠し事があることがバレたのに。

 そしてその“隠し事”も、夕夜はまだ穂高に告げていない。

「…ねぇ」 

 ハッ。

「君らさぁ…何回俺の存在無視したら満足するわけ?」

 にっこり笑って朔眞は言う。…笑顔なのに恐いのはあえて気づかないフリをした。

「ご、ごめん…」

「ま、いいけどさ。諦めないし」

「え、何が」

「あれれーまたそのパターン?」

 さっきも言ったよね、君を彼女にするって。

 これまたさらりと言ってのけた朔眞に穂高はカチンとする。

「…教室の時から黙って聞いてれば。何?おまえ」

「…何が?」

「何がじゃない」

 朔眞をにらみつける。

「勝手に夕夜彼女にするとか言って「じゃあ君に許可取ればいいわけ?」

 穂高の言葉を遮って、いやにはっきりとした声で朔眞は言った。

「そんな必要ないよね?だって君彼氏でもなんでもないし」

「………………………」

 穂高は何も言い返せない。

 ――だって事実、そのとおりだ。

「ほらね、言い返せない」

 そしてまたあの笑顔で笑う。

「夕夜ちゃん、そーゆーことだから覚悟してて?」

「…………はぁ?」

 目の前で繰り広げられている光景に唖然としながらも悪態はつく。

「はっ、何を覚悟しろって?てゆーかなに勝手にファーストネーム呼んでんの?あんたホント気に障る奴ね」

 言うなりびしっと扉を指差して。

「帰れ!」

 …まるで飼い犬に『ハウス!』とでも言うように。

「…そこまで?じゃあ仕方ないから今は家に入るけど〜」

 また後でねっ。

 またもや嫌な予感のする言葉を残して、朔眞は704のプレートのついた扉の向こうに消えるのだった。

「………穂高?」

 さっきからずっと黙ったままの穂高を覗きこむ。

 すると、制服のそでをきゅっとつかまれた。

 子供みたいだ。

「穂高どーし「確かに」

「…ぇ」

「確かに俺にあいつ止める権利なんかない。けど、俺は――」

 …まただ。

 ほら、穂高が真剣な顔すると…あたしの体は不整脈をおこす。

「な、に…?」

「俺――」

「あれっ、アンタたち何してんの家の前で」

 場にそぐわない明るい声。

「お母さん…」

「絵里さん」

 夕夜の母親、絵里が仕事から帰って来たところだった。

「なによ〜まさか逢引き!?あららっ邪魔してごめんなさい」

 1人で盛り上がっている母をよそに夕夜は着々と絵里の手から買い物袋を奪っていく。

「……違うから。ほら、袋よこして。今日はコロッケ?」

 スーパーのビニール袋を覗きこみ今夜の晩ご飯を当てる。

「そーよっ。もちろん穂高くんも来るわよね」

 にっこりと、有無を言わせぬ笑顔で絵里。

「あ、はい…いただきます」

 この笑顔を前にしてどう断れというのか。

 妙な脱力感が穂高と夕夜を襲う中、しかしその一方で穂高は安心もしていた。(危なかった。絵里さんが来なかったら俺…なに口走ったか分からない)

 さっきの自分の言動を思い出して、ほっと胸を撫で下ろす。

「穂高、何してんの。早くうち入ったら?」 

 すでに入っていた家の中から夕夜がこいこい、と手招きする。

 そんなちょっとした動作も、今の穂高には可愛く見える。

 あぁ、もう…――。

「駄目だな、俺」

 呟きながら夕夜の横をすりぬける。

「………っ」

 …夕夜の不整脈は、まだ納まっていない。


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