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第六話 トンチンカンな男

 あぁ…やっと帰れる。

 なぜだか精神的にとても疲れた1日だった気がする。思えば今日は、あいつの………穂高のことしか考えてなかったような。

 …夕夜は自分にひいた。

 SHRが始まり、担任が姿を現した。

「え〜…皆が早く帰りたいのは分かる。先生も早く帰りたい」

 …はぃ?

「だがな…人生そううまくはいかないんだ。木原、入れ。」

 担任が戸口に視線を流す。

 教室が一気に沸き立ち。

「え〜…転校生らしい」

 らしいってあんた…。

「名前…なんだっけ?」

 呼んでただろ、さっき。「木原だってば、先生」

 答えたのは転校生本人だった。彼も少し疲れて見える。きっと…ここまで来るうちに何度も、この担任と今のような会話を繰り返してきたのだろう。

「そうそう木原!自己紹介しなさいテキトーに」

 テキトーってね…。

「えーと…木原朔眞-サクマ-です!事情があってこっちに引っ越してきました〜皆よろしくねッ。あっちなみに彼女募集中だからいつでもどうぞ!」

 ……………………………………………………はぁ?

 何このトンチンカン男。 夕夜は心の底から思った。ウザイ。

「えーじゃああたし立候補しよっかな」 

「いいぞ木原〜」

「朔眞くんカッコイー」

 クラスの皆さん方にはウケているご様子。

 …確かに顔は良いかもしれないけど。

「穂高の方が何千何万倍もカッコイイわよ」

 …無意識の言葉だった。

「え…」

 ちょっと待て自分。

 ―――本気で焦る。

 ショックで打ちひしがれ、夕夜は机に突っ伏した。

 ―――だから、気づかなかった。

 転校生が、夕夜を見つめていたなんてこと。

「まぁ、そーゆーワケだ。本当は今朝着く予定だったんだが、渋滞でさっき着いたそーだ。皆、仲良くなれとは言わない。顔と名前だけは覚えとけ。以上」

 ……………………………………………えぇえぇぇ。 それだけ言うと担任はさっさと教室をでていった。

 …教師を選んだのは選択ミスなんじゃ、と夕夜は思う。

「夕夜」 

「え…?穂高」

 いつの間にか穂高が教室の出入口に立っている。

 いつもより迎えに来る時間が速い。

「……なにあいつ」

 …え?あいつ?

「あぁ―――担任ね。マジないわあれ。やっぱ穂高もそう思う?」

 同意を求め顔をあげる。

 しかし夕夜の目に映ったのは、とてつもなく冷たい蔑みの眼差しであった。

「……」

 ―――違った?

「…あそこで女子どもとくっちゃべってる奴」

 言われて穂高の視線を追う。そこにいたのは先ほどの転校生だった。

「あぁ…木原ナントカ」

「…おまえな…名前は覚えろってあのものすごい担任も言ってただろ」

 そして再度蔑みの眼差し。

 ぐっ………………!

「あんた一体いつから居たのよ!」

「いつからって…最初から?」

「何で!他のクラスの!SHRに!最初からいんのよ!アンタは!」

「何でってそりゃ…」

 言おうとして口を開きかけ、数回パクパクと開閉させた後―――………。

「…やっぱいい」

 言うのを辞めた。

「はぁ?なんでよ!そこまで言ったなら言えばいーじゃない!」

 ほら!と夕夜は催促する。それでも穂高は口を割らない。

 しぶといわね!!

 …にらみ合いが続くかと思われた、その時。

「高良さんっ」 

 ………はぃ?

 場違いな明るい声。

「誰アンタ」

「誰って…ひどいなぁ。ついさっき自己紹介したばっかじゃん」

 自己しょ……あぁ!

「木原…木原…木原…」

「「木原朔眞!!!!」」

 そうそう転校生!…てか

「なんで穂高まで怒鳴ってんのよ!」 

「…おまえがあまりにも馬鹿だから」

 キーーーーーーッッ!!

「あんたねぇ!いい加減あたしを馬鹿あつかいすんの辞めてくんない!?」

「それは無理だろ」

「どーしてよ!理由を述べなさいよ!!」

「だっておまえ馬鹿だし」

 キーーーーーーッッ!!「…キーキーキーキー…おまえ猿か?」

「…………ッッッッ!!」

 ああ言えばこう言う。 「っとに性格悪いよねあんたって!!ムカつく!!」

「誉め言葉をどーも」

「くッ…!!」

「…………………………………………………………………………………………………………あのーー…」

 そこで割って入る小さな声。

「何!?今は邪魔しな………ぁ」

 忘れていた。

「俺の話聞いてくれる?」

 転校生の存在。

「ごっ、ごめん!何?」

「あははー…まぁいいけど。あのさ俺、さっき彼女募集中って言ったよね?」

 にこっと笑って夕夜に問いかける。

「あぁ…はぁ」 

 だけどソレが何か?

「俺、高良さんになってもらいたいんだけど」

 ………………………。

「…なにに?」

「彼女に」

「…誰の?」

「だから、俺の」

「……………はぁ?」

『えーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!?』 …反応したのは、実はずっと聞き耳をたてていたクラスの女子だった。

『朔眞くん、高良さんみたいなのが好みなのッ!?』

 いやー、だとか悲しいー、だとか好き勝手な言葉を並べ立てる彼女たちは、まるで蛙の大合唱だ。

 ていうか…あたしに失礼じゃない?高良さん『みたいなの』って。

「ちょっと皆!高良さんに失礼だよ」

 反論したのは木原朔眞。

「確かにそこまで“極上に可愛い”ってワケじゃないけど、上の下くらいには可愛いよッ」

 ………………………………………………………………………………………。

 オイ。

 木原。

 失礼なのはおまえも同じだ。

「帰るぞ夕夜」

「えっ、ちょっ…穂高!?」

 唐突に穂高が夕夜の手首を掴み、教室から引っ張りだした。

「あれ?逃げるの?」

 後を追うように朔眞がひょこっと顔を覗かせた。

「でもね、逃がさないよ?…結城穂高くん?」

 今までの邪気のない笑顔とは打って変わって口の端を上げる笑い方。

 なんでこいつ、俺の名前を…。

 視線はそのままつい、と夕夜へ移される。

「高良さんもね。無駄な抵抗だからッ」

 いや…。そんなこと、明るく言われても。

「さすが、トンチンカンなだけあるわね」

「えっ?何か言った?」

 あらら…声に出してた? 答えるのも面倒だったので、そのままスルーした。「うわ無視?悲しー」 

 悲しさの欠片も見せない朔眞を一瞥して、夕夜たちは教室を後にした。

 

 

 

 徒歩10分のマンションへの道を、終始無言で歩き通す。

 ただ黙って手を引かれる夕夜にとって、この時間は辛かった。

 穂高…何か怒ってる?

 怒られるようなことなんて、した記憶がない。

 …歩き方が乱暴なのだ。 背中を見つめることしかできない。

 ねぇ穂高、顔を見せてよ。―――どうして、怒ってるの………?

 のどまで出てきた言葉を飲み込んで、夕夜はうつむいた。

 ドンッ。

「ふぎゃっ」

 穂高がいきなり立ち止まったものだから、背中に鼻をぶつけてしまった。

「ほだ…ぁ」

 顔をあげて気づいた。

「時計塔の下だ…」

 いつの間にかマンションについていたらしい。

「夕夜」

「………ッ、なに?」

 いつになく真剣な表情で名前を呼ぶものだから、一瞬ドキッとする。

「昼間のあれ、どうしたんだよ」

 ―――昼間のあれ…?

「て、何?」

「………泣いてただろ」

「―――ぁ……。もしかしてさっき言いかけて辞めたのってソレ?」

「…………」

 穂高は黙って頷いた。

 え?何?じゃあ穂高が今日いつもより早く迎えに来たのって…

「あたしが泣いてたから……?」

「…そうだけど」

 ―――なぜだろう。物凄く、嬉しい。同時に…ちょっとむず痒い。

「…気づいてないとでも思ってた?」

「…ッ」

 はい。思ってました…。 だってあんな…、一瞬、目が合っただけで。

「違くて…あれは、その…。目にゴミが入って」

 穂高に泣いてた理由なんて聞かれたら、一巻の終わりだ。夕夜は必死に言い訳をする。

「……………………」

 ですよねー。穂高が騙されるわけないですよねー。「どうして」

「え」

「どうしておまえってそう意地はるワケ?」

 そう言った穂高の顔はとても苦しそうで。

「べ、別に意地なんか」

「はってるだろ。現に今だって」

「…ッ」

「おまえのそういうトコ…可愛いけど、ムカつく」

 かっ、可愛!?

 夕夜の顔は瞬時に赤くなる。

 けれどそれはすぐ戻り。「…っ、何がムカつくの」「……………………」

 なんなの?どーしてそこで黙るワケ?

 何か頭にきてることがあるんじゃないの?

「言わないと分かんないじゃん」

「………――分かんなくて、いいよ」

 …もっと頼ってほしいだなんて。

「………あ、そ」

 じゃああたしもう行くから、と夕夜は玄関に向かって歩きだす。

 穂高はこうなるとてこでも話さない。

「夕夜」

「…今度は何?」

 動きだしていた足は止まり、穂高を振りかえる。  けれど穂高は、またもや何かを言いかけて辞める。代わりに発せられたのは、全く違う言葉。

「―――何か、嫌な予感がする。おまえも気をつけろ」

 実際これも嘘ではなかった。

「げ…マジ?穂高の“嫌な予感”て100発100中だから怖いンだよね」

 今度は何があるのだろう。

「じゃ…あたしマンション入ってるから」

「俺は少しここにいる」

「…そう?じゃーね」

 後ろ手にひらひらと手を振って夕夜は消えた。

 昨日から…昨日のあの夜からだ。

 いや、本当は――もっと前からなのかもしれない。 ずっと、気づいていなかっただけで。

 ことあるごとに夕夜が可愛く見えてしまう自分は、きっと何かが変わったんだろう。

 頭を冷やすためにここに残ったのに、考えるのはやはり夕夜のことばかり。

「ギャーッッ!!」

「!?」 

 すると、どこからか突然の叫び声。

 ――俺が間違えるわけがない。

「夕夜に何かあった…!?」 

 そう、あれは夕夜の声だった。

 すぐさま夕夜の後を追い、穂高はマンションの階段を駆け上がる。

「夕夜どーし…」

 ―――穂高は思わず固まった。

 自分たちの家の扉の前で目にした光景は。

「っほだか…」

 夕夜が、あの転校生…木原朔眞に、抱きつかれている光景だった。

「………」 

 穂高はズカズカと近寄ると、無言で2人を引き離す。

 …その時の穂高の目は、有無を言わせない迫力があった。

「…なんでおまえがここにいんの」

「あぁ…結城くん」

 質問に対して、朔眞は何も不思議なことなどない、とでも言うように穂高の名前を呟く。

「なんでここにいんのかって聞いてんだけど」

 ―――そして、どうして夕夜に抱きついていたのかも。

「なんだそんなこと?だって俺…」

 朔眞はにかっ、と笑ってこともなげに言った。

「ここに引っ越して来たから」

 ………………………………………………………………………………………………………………………。

『はぁーーーーーーーーーーー!?!?!?』

「だから逃げられないよ、って言ったでしょ?」

 …木原朔眞は、にこりと笑って言ったものだった。


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