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thawing-雪解け-

人気の高かったセカンドラブカップル、朔眞とるみのお話です。

 ―――初めて見たとき、君のあまりの綺麗さに言葉を失った。

 ―――初めて見たとき、一瞬にして心を奪われた。君が、あんまりにも悲しそうに微笑むから。

 あの時見た、君の笑顔。それが、今も私の心を掴んで離さないんだ―――。




「朔眞くん、帰ろぉー」

 秋も深まる、11月。

 春田るみは、掃除が終わっても教室でぼーっとしている彼―――木原朔眞に、そう、声をかけた。

 しばらく気づいていなかった様子の彼は、目の前でふわふわと揺れる栗色の髪に、はっとする。

「あぁ、るみちゃん」

「もぉ、また考えごとー?好きだよねぇ、朔眞くんも」

「あははっ、好きでいつも悩んでるんじゃないんだけどなぁ」

 朔眞が笑った。哀しさを含んだあの笑顔じゃなくて、からっとした、晴れやかな笑顔で。

 るみも、嬉しくなって笑う。

「えへへー」

 …ふと、沈黙が訪れた。しばらくそのことに気づいていなかったるみは、こちらをじっと見つめる朔眞の視線で、初めて言葉が途切れたことに気づいた。

「あ、あの…なに?」

 気恥ずかしさに、そう問えば。

「…なんでもないよ。帰ろっか」

 とても優しく、ふんわりと目と口元をゆるませて答えるものだから、また言葉を見失ってしまう。

 …う゛〜。なんか恥ずかしい…。

 そう、恥ずかしい。

 あの日、朔眞があのマンションを出てから、彼は麗子への宣言通り自分で下宿先を見つけ、生活していた。

 ―――るみは、以前朔眞のマンションを訪問したときのことを、脳裏に思い浮かべる。

 あの日、クラスメイトの女子が『朔眞が転校するかもしれない』という噂話をしていたのを、偶然耳にした彼女は、まさかとは思ったけれどどうにも悪い予感が止まらず、担任から住所を聞き出した。

 約束もなしに行くのもまずいとは思ったが、そもそも自分は朔眞の連絡先など知らない。

 だから、悪いとは思ったけれど突撃訪問をした。これが、あの時タイミングよく彼女がマンションにいた理由、だったのである。

 …目が合うなり抱きしめられて、「来てくれてありがとう」と呟いた朔眞。

 泣きそうな顔をしていた、というのが第一印象だったし、耳元でささやかれた声音だって、幾分震えている感じがした。

 それは、いつも当たり障りのない笑顔で周りをやり過ごしている彼の、初めて目にする『弱い部分』で。

 るみはそれを、とても嬉しく、苦しいほど愛しく感じていた。

 あたしが、この人を幸せにしたい。心からの笑顔を、見せてほしい―――。

 そう、切に願うほどに。

 それからだいぶ時が過ぎているが、あの日を境に朔眞はとても優しくなった。

 優しいのは前からだったが、違うのだ。そういうことではなくて、なにかこう…、先程のようなふとした瞬間に、すごく優しく見つめられることがある。前のような裏になにか隠してそうな笑顔じゃなければ、憂いを含んだ笑顔でもなく。

 ただただ優しく、ふんわりとした笑顔で見つめられるのだ。そりゃあもう、こっちがなんだか恥ずかしくなって目を伏せてしまうほどに。

 あぁでも、とるみは考えてしまう。

 あんな―――あんな、愛しいものを見るような眼差しで見つめられれば、勘違いしてしまいそうになる。

 だめだめっ、とるみがかぶりを振ったとき。

 こつん、とその頭を軽く小突かれた。

「ふぇっ?」

「なーに考え込んでるのー?行くってば」

「あ、ごめんなさい」

 朔眞に促され、教室を出て玄関に向かう。

 並んで扉を出たとき背中に感じた、多数の痛い、そりゃもうめちゃくちゃ痛い妬みと羨望の視線は、多分、いや絶対気のせいではないだろう。




 毎度のことではあるのだが、玄関に着くといつも女の子に囲まれる。―――朔眞が。

「朔眞くーん!もう帰っちゃうのー」

「寂しい〜」

 …べたべた触んないでよ。

「あはは、今日はちょっと用事あるからー」

「用事ぃ?私も一緒に行くっ」

 ―――やめて。くっつかないでってば。

 思考が真っ黒な、陰鬱(いんうつ)なもので覆われて、るみは頭が痛くなる。

 隣にいたのはあたしなのに。あたしだって、手とかつなぎたいのに。

 …あぁ、いつからこんなに欲張りになってしまったんだろう。

 前は、ただ隣に立っていられただけで良かった。見てくれさえすれば、良かったのに。

 今は自分のことを想ってほしくて、触れたくて。

 でも出来なくて、るみは喋りかけた口と、出しかけた手を止めた。

 まだなにやら騒いでいる彼と彼女らから静かに離れると、自分の靴を履きかえに下駄箱に向かったのだった。

 ―――面と向かって嫌みとか言われるのもきついけど、存在無視ってゆうのもきついなぁ…。

 最近の自分の扱いを思えば、また気分が下がる気がした。

 あたしなんて、彼女でもなんでもないのに…。

「るみちゃん!」

 えっ?

 後ろから名前を呼ばれて振りかえれば、女の子たちの制止を完全無視して自分の方へくる彼の姿が目に入った。

 ―――どくん、とひとつ心臓が大きく波打つ。

 もう、靴を履き替えて外に出ていたるみの後を追って自分も靴を履き替えると、るみの隣に並んだ。…それが当たりまえのように。

「…お、女の子たちはいいの?」

 とっさに口を突いて出たのはこんな言葉。

 あ、やだなコレ。可愛くない聞き方しちゃったぁ…。

「…関係ないよ」

「…ふぇ?」

「僕にとってはたくさんの女の子泣かせるより、るみちゃん一人泣かせるほうがよっぽど大問題だから」

「………っ」

 そ、それって…。

 るみの顔にさぁっと朱色が広がる。

 それを確認して、朔眞はくすっと笑った。

「ねぇ、今から時間ある?」

「…え?あ、あたしは大丈夫だけどぉ…。朔眞くんこそさっき『用事ある』って」

「うん、それるみちゃんのことだから」

「…………っ」

 さらりと言う朔眞に、るみはまた分かりやすく反応する。

 あぁもう、可愛いなぁ。

 思い切り抱き締めたい衝動に駆られたけれど、ここはまだ校庭。

 そこはかろうじて自粛した。

「大丈夫なんだよね?じゃ、僕ん家行こう」

 …っても、下宿だけどね。

 そう言って照れたように笑う彼の手と、真っ赤な彼女の手は。

 いつの間にか、しっかりと繋がれていた―――。




「何か飲む?あ、お茶しかないや…」

「お茶でいーヨッ?」

 う、うわあぁぁあぁぁ!声ひっくり返っちゃった!

 るみは、冷蔵庫をのぞく朔眞の後ろ、ちょこんと正座しながら一人あたふたしていた。

 ―――いつ離されるのかとびくびくしていた手は、結局最後まで離されることはなく。

 すんなりと、この部屋まで通されてしまった。

 お願いだから落ち着いてよぉ、あたしの心臓…。

 ひとつ大きく、深呼吸をする。

 コップを二つ持った朔眞が中にお茶を入れて、るみの前にあるテーブルに置いた。

 コトン、という些細な音にさえ反応して、ビクンと体を揺らす。

 そんな彼女に気づいているのかいないのか、朔眞はごく自然にるみの隣に腰をおろすと、言った。

「話しておきたいことがあるんだ、るみちゃんに」

「…話したいことぉ?」

 目をくりくりっとさせて隣の朔眞を不思議そうに見つめる。

「うん。…聞いてくれる?」

「…あたりまえだよぉ」

 るみはにっこりと笑った。

 その笑顔に安堵した朔眞は、すぅっとひとつ息を吸うと、静かな声音で話し始める。

 自分の、『木原朔眞』の生い立ちを―――。




 語り終えた部屋の中は、静寂に包まれる。

 るみは、一言も発せず、ただ何かを考えているようだった。

 ―――やっぱり、話さない方が良かったかなぁ。

 ふぅ、と息をつく。誰かの答えを待つことが、こんなに不安だとは思いもしなかった。

 彼女が何を言うのか、どんな言葉を言われるのか、怖くて仕方なくて―――。

 …怖い?

 朔眞は、ああ…と気づく。

 そうだ自分は―――怖いんだ。この子に嫌われるのが、こんなにも怖い。

 はっ、と自嘲したくなる。

 『あの人』を待っているときでさえ、こんなに怖くはなかったのに…。

 弱くなったものだと、思う。

 あーあ…つくづくるみちゃんって僕の弱点だなぁ。

 ふっ、と思わず笑みが零れた。

 と、今まで思案顔だったるみが、いきなり「あっ」と声をあげてすぐさま「あぁそっかぁ。だからかぁ」と笑った。

 …それはもう、朗らかに笑った。

「?」

 朔眞はわけが分からない。るみは、構わず続ける。

「朔眞くんは、怖かったんだね」

「…はっ?」

 思ってもみなかったような言葉を言われて、まぬけな声が出た。

 怖かった?そりゃあ、確かにたった今そんなようなことは思っていたけれど。

 でもそれは、『今』のるみに対する『現在』の感情であって、『昔』の自分に対する『過去』の感情じゃない。

 少なくとも彼自身は、そう思う。

「…子どもってねぇ、どんなに親にひどいことされても、結局は親のこと好きだって言うじゃない。小さい子どもはそれこそ、虐待されてもお母さんに好かれようと頑張るんだって」

 この前テレビで言ってたよぉ、とるみは朔眞に笑顔を向けた。

「…………」

「それぐらい大切な人なんだもん…失くしたら、怖くなっちゃうのも仕方ないよ」

 彼女は―――何を言っているんだろう。

 何を―――言おうとしてるんだろう。

「あたしね、ずっと気になってたんだぁ…。転校生の男の子の、哀しい笑顔。寂しそうに笑うのに、そのくせどっか一歩引いていて。なのに、すんごく綺麗に笑うんだもん。あたし、気になって気になって…いつのまにか、その子のこと、目で追ってた」

 のどが乾く。手足は動かない。なのに、頭だけはいやにはっきり覚醒していて、朔眞は、彼女の話す一言一句を聞き逃さないように、ただ黙って隣に座り続けていた。

「それでね、気づいたんだぁ。―――この人のこの態度は、周りから本気で孤立しようと思ってやってるんじゃないな、って。あたしには逆にね…仲良くしたそうに見えたんだ。でも、できない。そんな感じ」

 るみはそこまで言うと、完全に体の向きを、朔眞の方に変えた。

 そして、でも今分かったよと言葉を紡ぐ。

「大切な人ができたら、その分失くした時の傷が大きいよね。それが怖かったから朔眞くんは―――皆と、本当の意味で親しくならなかったんだね」

 …ううん、『なれなかった』ってゆうのが正しいかなぁ?

 るみは首を傾げてそう一人ごちるのだった。

 彼は―――ただただ言葉を失った。…図星だったというよりは、自分でもはっきり形を掴めていなかったモヤモヤを、しっかりと捕まえ、理解し、意味を説き伏せられたような感覚だった。…実際そうなのだろう。

 だって、今の彼女の言葉を受けた自分は、妙にすっきりして、その言葉はすとんと胸に落ちていたのだから。

 ―――あぁそうか…そういうことだったんだ。

 朔眞はくすっと笑う。

「…うん、多分僕はずっと、怖かったんだ。そして、寂しかった」

「…っ」

 るみは胸が痛むのを感じた。朔眞が辛そうなのは嫌だ。

「でもっ」

 でも今はあたしがいる。

 るみはそう言おうと身を乗り出したのだが―――。

「でも今は、るみちゃんがいる」

「……え」

 その言葉は、そっくりそのまま朔眞に奪われた。

「いて、くれるんでしょ?」

 ……とっさに返事が出てこなかった。

 ―――こんなに。

 こんなに嬉しいことって、あるだろうか。

 自分の好きな人が、傍にいて欲しいと自分を選んでくれた。

 あたしはこれ以上、何を望む―――?

 るみは、涙で目を潤ませ、勢いのまま朔眞に抱きついた。

「うんっ、うんっ、いるよっ…。だから、失くすことを怖がらないで。何があっても、あたしは傍にいる」

 朔眞は、その両手をゆっくりるみの背中に回す。

 ―――この子は、なんてあたたかい。

「…るみちゃん?」

「…ん?」

「付き合おっか」

「…うん…」

 …あぁ、あたしはやっと。

 ―――焦がれて止まないものを、手に入れた。

「…るみちゃん?泣いてるの?」

「…ううん、泣いてない

「じゃあ、顔あげて?」

 るみは言われるがまま、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

「ふっ、やっぱ泣いてるじゃん」

「これは…嬉し涙だもん」

「そう。でもね」

 そこで一旦言葉を切ってから、朔眞は抱きしめ合っていたるみを、少しだけ体から離した。…そして。

 ―――ちゅっ。

「……………………………………………はぇっ?」

「付き合ったからにはこーゆうこともするんだからね?…あんまり隙みせないで」

 そう言って、にやっと笑うのだった。 

「さ、朔眞くんっ?いい今、キスぅ」

「うん。したね。だから、気をつけて」

 ―――るみは思う。 

 悲しく笑う朔眞よりは、断然、少し意地悪でも明るく笑う彼がいい。

 …でも。 

「これはこれで心臓、もたないかもぉ…」




         END

読了ありがとうございましたm(__)m作者のあずまひとみです。本編連載終了から約5ヶ月、遅い番外追加となりました(-∀-)この二人に関しては続き書いて欲しいというありがたいお声をいただいたうえ、私自身もずっと幸せにしてあげたいキャラでした。今回載せることができて本当に良かったです。ていうか朔ちゃんの過去なしにこの二人の幸せはないだろ、的な(笑)そういうこともあって、この話より先に朔眞過去話を載せたわけですね。何はともあれ、この二人はこれからもうまくやっていくでしょう。案外朔ちゃん、るみるみの尻にしかれるんだろうな(笑)

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