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-SAKUMA-

お待たせしました。私が個人的に大好きな、彼のお話です(´∀`)

 ―――いま思えば、あの時、僕は一度死んでいたんだと思う。

 今じゃもう、顔も名前も思い出せない…『産みの親』に捨てられた、その時に―――。




 その当時の僕はまだ分かっていなかったけれど、僕たちは「カンボジア」という国に住んでいたらしい。僕を生んだ、俗に言う『生みの親』の彼女と自分の、二人暮らしだった。

 日本人であり話す言葉も日本語の僕らが、なぜそこにいたのか、今となっちゃ永遠の謎だ。

 知りたいとは思わないし、知ろうとも思わない。

 父親についても同じ。ただ一つ、分かっているのは同じ日本人だということだけだ。なぜなら、僕自身がハーフでも何でもないから。そんな理由だ。

 なぜ『彼女』が、『彼』のことを『子ども』である僕に一言も言わなかったのかは、分からない。

 けれど、ただの一度だって、彼女自身の口からその男の話を聞くことは、終ぞなかったんだ―――。

 ある、晩秋の日のこと。その日、いつもは全くと言っていいほど外に出たがらない彼女が、珍しく外の市場へ買い物へ行こうと僕を連れだした。

 吹きすさぶ風が、妙に冷たかったことを覚えている。

 すたすたと歩いていってしまう彼女の背中を、離れまいと子どもながらに一生懸命追いかけた。

 人通りの少ない、メインストリートから一本外れた道に出たとき、彼女が唐突に立ち止まり僕を振り返った。

 ―――お母さん、と言おうとして開いた口は、彼女が発した言葉によってすぐさま閉じられる。

 私、ちょっと用事あるから。あんたここで待ってて。

 そんなようなことを言って、彼女は人混みの中へ戻っていき、そして消えた。

 視界から消える直前。

 目で追ったその先に、最近よく家にくる若い男と、うれしそうに抱き合う彼女の姿が見えた。

 当時六歳。

 ―――それが、僕が見た彼女の『母』としての最後の姿だった。




 そこから先のことは、今でも鮮明に、昨日のことのように思い出せる。

 一日目。まだかなぁ、お迎え遅いな、と思う。

 二日目。事故にでも遭って来れないのかと、心配する。

 三日目。空腹が限界に近づいて、意識が薄れながら、もうこのまま自分は一人なんじゃないかと感じる。

 四日目。もしかして自分は、捨てられたのかと疑う。

 そして、五日目。偶然、腕を組んであの時の男と歩く『彼女』を目撃する。一瞬、迎えに来てくれたのかと期待した。けれど、一度絡んだはずの視線は当たり前のように逸らされ―――その瞬間、僕は悟ったんだ。

 …捨てられたのか。

 それからの生活は、悲惨だった。『生活』という呼び名を呼ぶことさえ、ためらわれる毎日。

 自分が、人間なのか何なのか、分からなくなるのだ。生きてるのか、死んでるのかも。

 貧富の差が激しい国だったから、一歩都心を離れると僕のような身寄りがない子どもなんて、ざらにいた。その子たちと徒党を組んで、時には農家の畑に忍び込み、飢えをしのいだりした。ゴミを漁り、喉が渇いたら雨水を飲み、晴れが続けば側溝の泥水だって口にする。生きるためだった。

 寒い夜は身を寄せ合って道端で寝て―――。

 僕は、すっかり『ストリートチルドレン』だったのだ。

 ある寒い冬の日。

 その日は、何日か前からどうしても食べ物が手に入らなくて、僕は力尽きて道端に倒れてしまった。光が一筋も差さない、真っ暗闇の晩だった。

 だんだんと手足が冷えてゆくのが分かり、あぁ、僕は今ここで死ぬんだな、と。…ただ静かに、そう思った。

 楽になれる。やっと…。

 ―――人は死ぬ直前に今までの人生が走馬灯のように見えると言うけれど、その時の僕にはなんにも浮かんでこなかった。

 当たり前だ。浮かべられるような出来事、何一つとして無かったのだから。

 …死ぬ前に、一度でいいから泣くほどおいしいもの、食べたかったなぁ…。

 ―――近くで聞こえていた人々の喧騒も、今はどこか遠い場所で聞こえる。

 意識がふつっと切れて、僕は、命を手放した―――はず、だった。

「大丈夫?生きてる?」

 肩を叩く刺激とともに、優しい声が聞こえた。…生きたいという願望が、心の底にはあったのだろう。口が勝手に「水…」と答えていた。

 ……カチャカチャという、聞き慣れない音が聞こえて、今まで嗅いだことの無いような、いい匂いが鼻についた。

 どうして僕、生きてるんだろう。どうしてまた、目を開けられるんだろう…。

 不思議なことだらけだった。

 体が動かなくて、薄目を開けて周囲を眼球だけで見渡す。

 外じゃない…寒くない…。

 そして、気づく。

 僕が寝てるの…もしかして、フトンってやつ…?

 捨てられる前、『彼女』と一緒に住んでいたとき使っていたが、あれはこんなにふかふかしてなかった。もはやただの布地だった。

 不安で、でもどこか期待してる自分がいて。

 そうこうしてる内に、左手側にあったドアが、ゆっくりと開き―――姿を現したのは、真っ黒な髪とくりくりした目の、女性だった。

「目、覚めたのねぇ!良かった〜」

 久しく他人から聞いていなかった日本語で、心底嬉しそうに、彼女は傍に近寄りながら言った。

「ベッドに寝せたかいがあったわねぇ」

 そっか、これフトンじゃなくてベッドっていうんだ。そういえば、なんだか位置が高い気がする。

 そんな、どうでもいい感想を持った記憶がある。

「起きられるかしら」

 ふんわりと笑って言うものだから、警戒心なんてもっぱら起きなくて、素直に起き上がった。

「お腹空いてない?ご飯食べる?」

 ゴハン…ゴハン?

 残飯とか、生の野菜とか、そんなのじゃなくて?

 半信半疑で、でも思い切りコクコクと首を縦に振った。

 すると彼女はまた笑って、幼い僕をだっこして部屋を移動し始めた。

 ―――泣きそうだった。…こんなこと、くらいで。

 今だかつて、こんなに人の体温を『あったかい』と感じたことが、あっただろうか。

 こんなに、大事なものを扱うように優しく抱きしめられたことが、あっただろうか。

 何だかとてつもなく切なくなって、僕は、彼女の首筋に顔を埋めていた。

 ほどなくテーブルにつかされて、目の前に持ってこられたのは、ご飯をどろどろになるまで煮た『お粥』なるものだった。

「いきなりこってりしたものは無理かと思って。…どう?食べられるー?」

 頷くや否や、僕はガツガツとすごい勢いでお粥を食べ始めた。うすい塩味で、卵も入ってた。

 おいしい…。

 おいしい、おいしいよ―――。

 気づけば、泣いていた。痩せこけたその頬を、大粒の涙が次から次へと伝い、滑り落ちてゆく。

「あらら…そんなにおいしかった?」

 いろんな感情がない交ぜになって、声も発することができない。…唯々、頷いた。

 ―――人間の体とは不思議なもので、あんなに空腹に慣れていたにも関わらず、ちょっと胃にものを入れると余計に沢山食べたくなった。

「お肉とかもあるけど」

 僕があからさまに反応してばっと顔を上げると、彼女はくすっと笑って立ち上がり、どこからか皿に乗ったチキンも持ってきた。

「う…、うー…ッ」

 次いで食べて、お礼を言いたいのに口からは嗚咽しか漏れない。

 こんなに嬉しいと思ったのはいつぶりだろう。感謝してもしきれない。

 久しぶりにちゃんとしたご飯を食べたおいしさと、有り難さに。

 そして何よりも、無償で与えられるひとの優しさに。

 僕はいつまでも、涙が止まらなかったんだ―――。

「ね、あなた名前は?私は結城麗子」

 そんな僕を見ながら、彼女は当たり前の質問を口にした。

 ナマエ…。

 まだぐずる鼻を押さえながら、一瞬黙り込む。

 僕のナマエ…なんだっけ?

 僕を捨てたあの人は、滅多にナマエでなんか呼ばなかったし、ここ最近はナマエなんか必要ない暮らしだったものだから、自分のナマエだって忘却の彼方に追いやられていた。

 わずかしかない記憶の糸をたどって、手繰り寄せる。

 あぁ…そうだ。

「サクマ」

「ん?」

「…キハラ、サクマ」

 音だけ、覚えていた。

「サクマ、ね。いい名前じゃないっ。漢字は分かる?」

「カンジ…?」

 横に首を振った。

「ああそっか、知らないのねー。漢字ってね、日本じゃふつうに使われてる書き文字なの。名前には、大抵漢字がふられてるわ。私がサクちゃんに漢字ふってもいいかしらっ」

 矢継ぎ早にカンジの説明をした彼女は、目をキラキラッとさせて、今度はそんな提案をしてきた。

 素直に嬉しかったから、首を縦に振る。

「やたっ。じゃあね〜…」

 数秒、そのままじっと。

 刹那、顔を上げて―――。

「朔眞」

 近くにあった紙とペンを引き寄せて、その容姿や口調からは想像できない恐ろしく達筆な字で、僕の名前の『漢字』を書いてみせた。

「…………」

「この『朔』っていう字はねー、一とか最初とかを意味するの。何言いたいか、分かる?」

 …分からないから、黙っていた。

「…朔ちゃん。今日、ここからが、あなたの新しい人生よ。また一から、始めましょっ?」

 あ、ちなみに『眞』の字は私が個人的に好きなだけぇ〜。

 そう言って、麗子さんは朗らかに笑った。だから、僕も―――

「…うん。ありがとう―――」

 何ヵ月かぶりに、温かい気持ちで笑えたんだ。

「…、朔ちゃん…っ、可愛い〜〜ッッ!!」

「わぁっ」

 ―――そしてこの日、僕は『木原朔眞』として、生まれ変わった。




 その後―――この結城夫婦に連れられて、カンボジアの地に別れを告げて新しくアメリカへ移った。この時八歳。あの人に捨てられてから、二年が経っていた。

 同じ日本人の子が多い施設に入って、それなりに教養も身につけた。勉強は独学。今まで何もやってこなかったから、楽しかったしね。元々能力は高いほうだったみたいで、苦労はしたけれど今では年相応の頭がある。

 国籍とかの難しい問題は、全部麗子さん達がやってくれたから僕は関与していない。そこは安心してる。

 仕事でアメリカに来たときは必ず寄ってってくれる麗子さんを、僕はお母さんのように思い、慕っていた。毎日傍にいるわけじゃなかったから、淋しくなかったといえば嘘になるけれど、それでも僕は、充分過ぎるほど幸せを感じていた。

 だから何十年間も、恩返ししたいと思ってた。何かしてあげられたらっ、て思ってた。…そのチャンスは、十七になった今年、訪れてくれて―――。

「プレゼント、したいんだけど。麗子さんに」

 唐突にそう告げた僕に、麗子さんが真ん丸な目をさらに大きくさせたのを、憶えている。

「えっと…誕生日なのは、朔ちゃんよねぇ?」

「うん、そうだけど、だからこそ。僕がこうして誕生日を迎えられるのは、麗子さんのおかげだし。今までの感謝の気持ち込めて、何かプレゼントしたいんだ」

 僕の誕生日は、麗子さんが僕を拾ってくれたあの日だった。生まれた年月日なんて知らなかった僕に、「じゃ今日が誕生日ーッ」と、そりゃもうあっさり決めてくれたのだ。

 それまで誕生日なんてなければ、祝うなんてもっての外だった僕にとっては、誕生日を与えてくれたことと、毎年駆けつけて祝ってくれること。この二つがもう、一生分に相当する贈り物だったから。

「じゃあ…」

 ―――そうして、何かして欲しいこと、ある?と聞いた僕に麗子さんが答えたのが、穂高くんと高良さんのことだった。

 これは……正直、大変だった。穂高くんには嫌われるわ、フライパンは投げられるわ。本当は僕、高良さんとしたあれがファーストキスだったわけだし。彼女は違ったみたいだけどね。でもまぁ、面白かったよ。

 今は毎日、本当に日本って平和だなぁと思いながら、楽しく過ごしてる。何よりここには、いつも傍にいてくれる優しい女の子がいる。

 最近本当に愛しくて、こんなんじゃ僕、一生アメリカには戻れないな、って毎日実感してる。…戻る必要もなくなったんだけど。

 もう、手放せるわけないよ。僕の中で、いつの間にかこんなに存在が大きくなっちゃってるんだからさ―――。

 空を見上げると、綺麗な秋晴れだった。

 冷たい風が頬を凪いでも、もう、悲しくない―――。あの日の僕に、さよならを告げた。


と、いうわけで。やっと肩の荷がおりた感じです〜。朔眞の話は、本編書いてるときからずっと書こうと決めてたんですよ^ ^むしろ、本編より先に朔眞の生い立ちの話は詳細決定されてました(笑)本編ではかなりはしょってしまったので…。本編の中で書くと、どうしても話が逸れてしまうんですよね。なので、番外ということで。書けて良かったです^ー^)辛い過去を生きてきた彼だから、幸せになってほしいですね。近いうち、るみるみとの話を載せようと思います♪また、もう少し待っててください。ご意見、ご感想いただけると嬉しいですッ゜+。(*′∇`)。+゜

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