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第三十五話 誕生日、そして

またもや遅れて申し訳ございません…。第三十五話。話もクライマックスです。待ってくださっている読者さま(が、いることを信じ!)掲載したいと思います。あと少し、付き合ってやってくださいm(__)m

「平和だなぁ…」

 6時間目の授業中。国語教師の朗読の声に紛れるように、夕夜はまったりとした気分で呟いた。

 季節は秋。月は十月に移り変わって、十一日目が終わりを告げようとしていた。

 朔眞が日本に残ると決めた日から、約一ヶ月。まわりもようやく落ち着いて、再び普段通りの日常が彼女のもとに戻ってきていた。斜め前の席で、朔眞もしっかり授業を受けている。

 今は、麗子も夫の待つシンガポールの地へと飛び立ち、穂高がまた夕夜宅で晩ご飯を一緒に食べる日々が続いていた。

 ふと、国語教師の向こう側に位置する、黒というよりは緑に近い黒板を見やる。視線を、中央から右へ。ずーっと、ずーっと、右へ。端にたどり着いたとき、目に映ったのは今日の日付だった。白いチョークででかでかと、縦書きに『十月十一日』とかかれている。そのすぐ真下には、曜日と日直の名前。

 夕夜はしばし黙考したのち「あっ」と声を上げた。自分にしか聞こえないような、小さな声で。

 そうだ、忘れてたけど―――。明日、十月十二日は、自分と穂高の誕生日だ!




「ねぇ栄理」

「なに?」

「忘れがちだけど、あたしと穂高って誕生日一緒なのよね」

「今さらなによ」

 六時間目もHRも終えたその後、運良く掃除当番が当たっていなかった二人は、教室の椅子に座ったままそんなことを話していた。「いや、忘れてたの。さっきの授業中、思い出した」

「そりゃまた唐突ね」

「へぇー。高良さん、明日誕生日なんだ。しかも穂高くんと一緒」

「…いきなり会話に入ってこないでよ朔眞」

「まぁまぁ怒んないでよ」

「高良さん、誕生日おめでとぉ〜」

「いやまだ誕生日じゃないんですけど明日ですけど。…でも、ありがとね春田さん」

「んーん」

「じゃあ僕達帰るね。バイバイ」

「ばいばぁーい」

 台風のように唐突に現れて颯爽と消えていった木原朔眞と春田るみ、二人の後ろ姿を、栄理はじっと見つめていた。

「うーん…分かんないわ」

「…なにが?」

「最近春田さんと木原くん、よく一緒にいるわよね。…付き合ってんのかしら?」

『付き合ってないっ!!』

 返答は、クラスの女子一同から帰ってきた。

「わーお。だってさ夕夜」

「う、うん…」

 よく見れば、あっちにも、こっちにも。

 恋に敗れた者たちが、恨めしそうな目つきでるみの背中を見ていた。

 女って、こぇー。

 自分が女なのも棚に上げて、夕夜はそう思うのだった。

「言っとくけどね、夕夜、あんただってあーゆー目で睨み付けられてんだからね」

「えっ!?」

 なにゆえ!?

「あんたどこまで馬鹿なの。決まってるじゃない。ほ・だ・か・く・ん・よ!」

「あぁ…氷の王子だもんね」

「だもんね、じゃなくて」

「だって、今さらすぎ。あたし小学生の頃からそんな目でばっか見られてたから、いつのまにかそれが平常に感じてんのよ。じゃなきゃ穂高の幼なじみなんてやってられない」

 そう突っぱねる彼女に、栄理は不敵な笑みをひとつよこした。

「幼なじみじゃないでしょ。恋人でしょ」

「…………栄理むかつく」

「あははっ」

 そんなこんなで、ふたりが十五分ほど談笑した頃―――。

「夕夜悪い、遅れて。日直だった」

「おー、穂高。いいよいいよ、おつかれ」

「うん」

「穂高くん来たなら、私も帰ろうかしら」

 初めから、穂高が来るまで夕夜が暇をしないようにと、教室に残っていた栄理だ。目的の人物が来たなら自分はお役御免だ、と立ち上がる。

「べつに一緒に帰ったっていーのに」

 夕夜が、さも不満そうにブーブーと口を尖らせた。

「やーよ。なにが悲しくてカップルに挟まれなきゃならないの。私に対する一種の嫌味かしら、夕夜ちゃん?」

 う、それを言われると。

 夕夜は、口で栄理には一生勝てないと改めて思ったりする。

「そんなことより穂高くん」

「?」

 へこんでいる夕夜はさておき、栄理は隣の穂高へと向き直った。

「明日、ふたり揃って誕生日でしょう。いい思い出にしてきてよ?」

 ちょうどよく土曜日で学校休みなんだし、と栄理は黒板の曜日を指差した。

「はいこれ」

 と差し出されたのは、近くの遊園地のペアチケット。

「私からの誕生日プレゼント。受け取ってくれるわよね」

「…もちろん。ありがとう」

 穂高は差し出されたチケットを凝視しながら、ゆっくりとそれを掴んだ。

 夕夜はといえば、思いがけないサプライズに口を開けて呆けている。

「ん、どういたしまして。じゃあね」

 にっこり笑って教室を出ていこうとする栄理に、はっと我に返った夕夜は思わず叫ぶ。

「えっ…栄理!ありがとう!!ほんとに」

 その言葉に、栄理は笑顔でひらひらと手を振る動作だけで答えて、消えた。

 ふたりだけになった静かな教室で、穂高はぽつりと呟く。

「俺、高橋さんには一生頭が上がらない気がする…」

 夕夜は激しく同感した。




 ―――土曜日。

「すっ…ごい人」

 夕夜と穂高二人は、

「ほんとだよ…」

 栄理からのチケットをその手に携えて、

「…帰ろっか」

「馬鹿。プレゼントだぞ」

 この、人がごった返す遊園地へと足を運んでいた。

「冗談よ、冗談」

「どーだか…」

 出鼻から挫かれた気分で、ふたりは入園する。

 今日、夕夜は珍しく朝早く起きたりなんかして、オシャレをしてきていた。と言っても穂高が濃いメイクをあまり好きがらないので、ビューラーにマスカラ、薄いピンクのリップくらいのものではあるが。気合いを入れたのは、服装だ。いつもはスカートに適当に上をあわせていたのだが、今日は違う。白いニットの、ざっくり編んだかたちのワンピースだ。髪だって、巻いてみた。

 穂高は、口には出さないけれど「いいな」と思っていた。元はいい夕夜だ。普段無頓着なだけであり、それなりに着飾れば可愛い部類に入るだろう。否、誰がなんと言おうとも、普段の起きてそのまま的な夕夜だって可愛い。口が裂けたって言わないけれど。

「うわあぁぁぁああぁ」

 きらきら、と。

 さっきまでのあの辟易ぶりはどこへやら。

 夕夜は、目に映るアトラクションの数々(主に絶叫系)や、耳に届くたくさんの歓声に、すっかり心を奪われて魅入られていた。

「やっばー!テンション上がってきたっ。行くぜ穂高!」

 右手をくいっと自分側に引く動作をして、駆け出す。

「……夕夜。俺が絶叫系苦手と知っての狼藉か」

「うん」

「喧嘩売ってんの」

「だって隣に穂高いなきゃ楽しくない」

「……………………」

 夕夜は、ずるい。

 そんなふうに言われて、逆らえるわけがない、と思う。

 穂高はひとつため息をつくと、ニコニコして待っている―――穂高が来ることなんて分かっているのだろう―――夕夜のもとへと、歩み寄るのであった。




「ぎゃーっ」

「………っ!」

 待ち時間四十分の末、二人は絶叫系代表ジェットコースターに乗っていた。

「あはははーっ。穂高も叫べってーっ」

 無理。無理。ふつうに無理。

 穂高はひたすら下を向いて目を瞑って、時間が過ぎるのを待っていた。隣の夕夜がうるさい。どうすればあんなに騒げるんだ。…などどいう悪態をつける状態でさえ、なかった。

「ひゃー」

 回った。360度。

 降ろせ。降ろしてくれ。

 そんな、穂高の切なる願いなど聞き入られるはずもなく。

 彼はしっかり、一周終了するまで乗っていた。

「………ごめん、穂高。だいじょうぶ?」

「…………………」

 だいじょうぶなわけがない。

 穂高は、遊園地内のベンチに座りながら、そう思った。

「あの、なにか冷たい飲み物買ってくる。ちょっと待ってて―――」

 ベンチを離れかけた彼女の手を、穂高はパシッと掴む。

「穂高?」

「…いい。行くな」

「でも」

「いいって。おまえが―――夕夜が、傍にいてくれたほうが、よっぽど早く良くなる」

「―――」

 そんなこと言われて、それでもまだこの手を振りほどけるひとが、いるだろうか。

 夕夜は顔を赤くして、おとなしく隣に腰を降ろした。

「おまえ…楽しかった?」

「え?」

「さっきの」

「あ、ジェットコースター?うん、もちろん!」

 とたんに明るく笑う夕夜に、穂高もふっと笑う。

「ならいい。乗ったかいがあった」

 そうして穂高はまた、顔を伏せた。

「なんなのよ…」

 だから、隣の夕夜がさらに赤くなったなんて、分かっていない。

「さて、行くか」

 数分後、黙っていた穂高が唐突に顔を上げて言った。

「もういいの」

「うん」

「…どれ、乗るの」

 その言葉を受けて、穂高はにやりと笑う。

「!!」

 やばい!この顔は、知っている。

 夕夜は、冷や汗がにじむのを感じていた。

 彼女にはひとつだけ、どうしても苦手な乗り物があるのだ。

「まさか…まさか…『アレ』に乗るんじゃないでしょうね」

「さぁ?アレってなに。…ちゃんと言ってくんなきゃ」

 いやああぁぁあ!

 この顔は、この顔は、絶対そうよ!

 夕夜が足を突っ張って引っ張られるのを拒否していると。

「…夕夜?」

「な、なによぉ」

「隣に夕夜いなきゃ、全然楽しくないんだけど」

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 ずるい!ずるい!なにそれ、いま使う!?しかもそんな、囁くような色気のある声で!

 断れるわけ、ないじゃんか!

「よし、行くか」

 すっかり鳴りをひそめた夕夜を確認したのち、穂高は彼女の手を取り、歩きだすのだった。

 夕夜は、為す術もなく。…おとなしく、手を引かれていた。

「恋人同士っていったら、やっぱりこれに乗らなきゃな?」

「………………」

「回り見ろよ。景色が回って楽しいぞ」

「………………」

「夕夜、俺と乗るの、そんなに嫌」

「ち、違うったら!…うっ」

 二人が次に乗ったのは、コーヒーカップだった。

 夕夜はこの、周りの景色がゆっくり回る感じが大嫌いだった。彼女曰く「三半器官がやられる」らしい。だから、顔なんて上げたら瀕死だ。そう分かっていたからずっと、下を向いていたのに。

「穂高の、ばかぁ…」

 彼の言葉につられて、つい顔を上げてしまった。

「はははっ」

 目の前の眩しい笑顔が憎たらしい。

 夕夜は残りの一分間、ただ耐えるしかなかった。

 ―――次は自分が介抱される番だなぁ…なんて、思いながら。

 ―――その後もふたりは、いろんなアトラクションをまわった。案の定夕夜はコーヒーカップを降りた直後、十五分ほど介抱されたりしたが、具合がよくなるや否やまたすぐに元のテンションに戻っていた。

 そうしていつもの、『夕夜に振り回されながらも楽しそうな穂高』というスタンスの出来上がりだ。

 ―――誕生日だからって、何も特別なことはなくていい。

 ただ、一緒にいられたらそれでいい。

 何も言わなくても、ふたりはお互い、そう思っていた。それだけで、この、人が多くて待ち時間が長い遊園地デートだって。

 ……十分すぎるほど、楽しかったのだ。




「最後に一個。…どうしても行きたいところがあるの」

 夕夜がぽつりとそう呟いたのは、時刻も五時を回った頃。オレンジ色の夕陽が、眩しく世界をあかく染める頃だった。

「行きたいところ?」

 穂高が不思議そうに夕夜を見やる。

「うん。いい?」

「そりゃ、いーけど」

 どこへ?

 そう、続きを聞く前に、手を取られて遊園地の出口へと連れられていた。

 ありがとうございました、というクルーの声を聞くのもそこそこに、ふたりはもと来た道を戻っていた。

 そう―――家への道のりを、そのままに。

 夕夜に引かれて、繋がれている手を見ながら。

 穂高は、自分の推測が確信に変わっていく感覚を、はっきりと感じ取っていた。

「夕夜、行きたい場所って」

「―――時計塔の下、だよ―――」

 振り返って笑った彼女は。

 とてもとても艶やかな微笑みを、その顔にたたえていた―――。


次回、最終回です。10月23日の明日、更新しようと思います。ここまで読んでくださった方。本当に、本当にありがとうございます。最終回も付き合ってくれたら、万感の思いです!!

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