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第三十四話 朔眞の正体-2-

遅れまして申し訳ございません。昨日一日忙しくて……言い訳ですね、はい。すみません。

 場所を変えて、穂高の家。家の掃除をしていた絵里も引っ張ってきて、夕夜、穂高、麗子、朔眞、と関係者五人勢揃いである。先刻、麗子と絵里が再会したのだが、その時のテンション高さとうるささったら、見ているこっちが疲れるくらいだった。

 ―――核家族化が進む現代に合わせて作られた家族4人設計のこのリビングは、五人では少々狭くも感じられたが、とりあえず皆ソファーなりテーブルなりに落ち着く。そうでないのは、張本人の麗子だけであり。

「きゃあー、ちょっとやばーい。懐かしー!なんにも変わってないじゃない。穂高以外はー」

 久しぶりの我が家にテンションを上げて、一人騒ぎ立てる。風呂場を見て、寝室を見て、トイレを見て。今は、リビングに隣り合わせているカウンターキッチンをパタパタと歩き回っていた。

「最後の『穂高以外は』ってなに、母さん」

「だってぇー。あんた前別れたときはまだ青臭い子どもって感じだったのに、すっかり男くさくなってるんだもの。ますますせーくんに似てきたわ」

 せーくん、もとい(せい)くんとは、穂高の父親の名前だ。

「って、その父さんは?二人ともシンガポールにいたはずだろ。何で母さんだけ来てるんだよ」

 夕夜と絵里も、こくこくと頷く。

「せーくんは向こうに留守番。ていうか、仕事が終わってないのよ」

「…あぁ、押し付けてきたのか」

「人聞きの悪いことを!頼んできたわよっ、ちゃんと」

「母さんのお願いは脅迫なんだよ」

「そんなことないわよー。ねっ、夕夜ちゃん」

「え!?」

 いきなり話を振られて、夕夜は必要以上に大きく反応してしまった。

 …とりあえず考えてみる。

「…とりあえず穂高ママ今そんな話しにきたんじゃないよね」

「………あ、ああ。そういえばそうだったわ」

 目から鱗が落ちたような表情で、麗子はキッチンから戻ってくると、皆が待つダイニングテーブルに座った。

「えー、ごほん。話せば長いことながら…。先に、朔ちゃんの説得させて?」

 そう言うと、可愛く「ね?」と上目遣いで周りを見渡すのであった。たちが悪いのは、それが無意識だということだ。

「勝手にすれば…」

 穂高はありていにため息をつく。

「ありがとう。では遠慮なくー。…ねぇ、朔ちゃん?どうしても、向こうに戻る気なの」

 空気が変わる中、朔眞は何も答えない。

「理由が言えないなら、向こうになんかやれないわ。朔ちゃんのことだもん、何か変に悩んでるんじゃないの」

 すると朔眞が、苦笑しながら「ひどいなぁ、麗子さん」と言った。

「べつに変じゃないって。僕、これでも結構真面目に悩んでるんだよー?」

「じゃあやっぱり、理由聞かなきゃね?」

 手厳しいなぁ。と朔眞は思う。でも、こんな彼女だからこそきっと自分は、こんなにも敬愛の情を持てたのだろう。

「だって、麗子さん。僕、本来は日本にいるはずのない人間だよ。ここに長居する理由もないし、麗子さんにずっとマンションの家賃払ってもらうわけにもいかない。…どう考えたって、僕は向こうの施設に戻るのが自然なんだよ」

 朔眞は哀しそうな笑顔で告げる。

「だからねぇ、お金のことは気にしなくていいって言ってるじゃない。こうして、絵里ちゃんも差し入れに協力してくれてるんだし」

「そんなわけにいかないよ」

「…そこまで言うなら。どうして、そんなに寂しそうな表情しているの。これから行くっていう人間の顔じゃないわ」

「…やだな、僕そんな顔してる?」

「なめないで。私と朔ちゃん、もう十一年付き合ってるんだから。分かるの、それくらいは」

 ―――沈黙が流れた。  事情を知っている絵里、麗子、朔眞の三人は沈痛な面持で。なにも分からず、言葉の端々からことのいきさつを把握しようと、水面下で奮闘する残りの夕夜と穂高は、麗子の言葉の強さに圧倒されて。

「このままここにいなさいよ。私もそれを望んでる」

「私『も』…?」

「もう一人は、朔ちゃん自身よ。―――本当は、ここに残りたいって、そう、思ってるんでしょう?」

「……っ」

 どうして、あなたは。そう、問い掛けようとしてやめた。どうせ、もとより自分がこのひとに勝てるわけがない。…いろんな意味で。

「朔ちゃん。人はね、自分の意志を主張する権利があるのよ。…朔ちゃんはどうしたいの?自分がしたいようにすればいーの」

 話を初めてから、ずっと真剣そのものだった麗子の表情が、ここにきてふっと和らいだ。

 それを見た瞬間―――あぁ、自分は言っていいんだと。わがまましても、いいのだと。…そう、思った。

「…たぃ」

「ん?なぁに」

「残りたい、です。僕は、ここに」

 本当は、日本に来てからずっと思っていた。このままここにいられたらどんなにいいか。このまま、平和で怠惰な非日常を享受することができたら、どんなにいいか。周囲に集まってくる女の子たちの人数は、正直鬱陶しかったけれど…それでも日を追う毎に、馴染んで、慣れて。教室も、その教室のゆるやかな喧騒さえも、今では朔眞にとって、心地いいものになっていた。

 けれど、それが叶わぬ願いだということは、誰よりも自分が一番理解していて。だから特定の友達だって作りたくなかったし、広く浅い付き合いをしていたのだ。

 ―――一人だけ、踏みこんできた女の子はいたけれど。

 …朔眞の本音を聞いて、絵里も麗子も、ホッとしたように笑った。

「じゃあ、決まりっ」

「あ、それなんだけど…麗子さん、ひとつだけ僕にもやりたいことがあるんだよね。いい?」

「うん、なぁに」

 朔眞が一拍間を置いて、しっかりと麗子と視線を合わせたまま、ずっと考えていたことを告げた。

「日本に残るし、もちろんこのまま学校にも行くよ。でも、このマンションからは出たいんだ」

『え?』

 この言葉には、朔眞以外の全員が同じ反応を返した。

「許可してよ、麗子さん。人には意志を主張する権利があるんでしょ。…これは、僕なりのけじめ。学校の近くに下宿して、その下宿代は自分でバイトしながら払って、生活したいんだ」

 だって、いつまでも麗子さんに甘えっぱなしじゃ申し訳がたたないからさ。

 最後にそう付け加えたのち、朔眞はガタンと椅子から立った。

「朔ちゃん、どこ行くの」

「とりあえず今は自分の家に」

「でも」

「だーいじょーぶだよ、麗子さん。勝手にいなくなったりしないから。それに、話はもうついたでしょー?…それより、そこにいる二人に早く事情説明してあげなよ?きっと、頭こんがらがってるよー」

「あ…」

 もう部屋から出ていきかけている朔眞から視線を外し、穂高と夕夜を振り返る。

「じゃあね、夕夜ちゃんまた月曜日。…学校で、会おうね」

 笑って、ひらひらと手を振る。すかさず穂高が、

「夕夜にだけ色目使うな、木原」

「やだなぁ、してないってそんなことー。僕、君のことも結構好きなんだからさー」

「…え」

「ゲイ的な意味じゃなくね?人してって、話。でも、夕夜ちゃんは、わりと、本気で好みだったかな」

「げっ、やめてよね」

 さらりとした問題発言に、焦ったのは他の誰でもなく麗子だった。

「ちょ、ちょっと朔ちゃん?私、けしかけて早くくっつけて欲しいとは言ったけど、本気で穂高のライバルになってとは言ってないからねっ?」

「そうだねー。でも、人の気持ちなんて変わるものだから」

 どうなるか分かんないよねぇ、なんて言いながら、朔眞は呑気に笑っている。

「まさか、朔ちゃん本気で夕夜のこと好きになったんじゃないでしょうね」

 絵里まで身を乗り出して、問い詰める。

 当人たち二人を差し置いて、話はどんどんヒートアップしていき。

「そーだって言ったら、絵里さんどーしますか」

「朔ちゃん!」

「あはは、冗談ですよー。だって僕、他にちゃんと気になる子いますもん。それじゃ」

『えぇ!?』

 驚愕に目を瞠る四人を尻目に、朔眞は意味深な微笑みと、最上級の疑問を残して姿を消したのであった。

「ふぅー…」

 その後、家から出た朔眞は、ひとり共同通路から外の景色を眺めていた。ひとつ役目が終わって、なんとなく少し寂しい―――こんな時こそ、誰かに傍にいてほしいと思ってしまう。けれど、夕夜は穂高のところへ。麗子は自分の家へと、居るべき場所に帰ってしまった。

「ま、だれもいないかそんなひと」

 自嘲気味に笑って、部屋へ引き上げようと踵を返したのだが―――。

「朔眞くん…っ」

「え…るみちゃん」

 なんとそこには、春田るみが立っていたのだ。

「どうしてここに…」

「あのね…っ。た、担任に住所聞いてきちゃった。なんか、噂で朔眞くんいなくなるって聞いたからぁ」

 あたふたとしながら一生懸命理由を話す。

「けど、嘘だよねぇ?ねっ、なんか答えて―――さ、朔眞くん?」

 ふと、目の前にいる彼の表情を見てるみは瞬いた。

「…どぉしたの?泣きそうな顔してる」

「そんなこと、ないよ」

「嘘、だってぇ―――きゃっ」

 反論の言葉は、最後まで言えなかった。朔眞に、抱き締められていたから。

「来てくれて…ありがと」

「…うん…」

 るみも、黙って抱きしめ返した。




「……まぁ、朔ちゃんの相手が誰なのかはすっごく気になるところだけど」

 麗子はコホンとひとつ、わざとらしい咳払いをして。

「朔ちゃんから許可もおりたわけだし…夕夜ちゃん、穂高。教えてあげる。私と朔ちゃんがどういう関係なのか」

 厳かに、そう告げた。

「二人とも、少し昔話をしましょうか―――」




「ストリートチルドレンって、知ってる?」




 その昔話は、こんな言葉から始まった―――。

 ―――十一年前。結城麗子は、仕事でカンボジアへ来ていた。駆け出しのメークアップアーティストである彼女とその夫は、その頃どんな仕事でも引き受けて、今回この国の地を踏んでいたのだ。

 夫をホテルに残し、一人道を歩く。特にすることもなく、ただの時間潰のつもりだった。

 カンボジアはまた経済的に豊かとは言えない国で、道のそこかしこには『ストリートチルドレン』と呼ばれる親族も家もない、小さな子どもから、果ては日本ならば中学生くらいに相当するだろう年齢の子まで、様々いた。心は痛むけれど、自分にしてやれることは何もない。

 そう思って、麗子が道を通り抜けようとした、その時。…目の前に、明らかに外国の子どもではない、『日本人の男の子』が行き倒れていたのだ。さすがにほっとけなくて、麗子は日本語は通じるだろうかと思いながら、傍にしゃがみ込み、大丈夫?生きてる?と肩を叩いた。しばらくしたあと、その子はかすかに呻き声をもらしながら、水…と呟いた。生きてる!―――そう、確信した瞬間、麗子はその子を抱き上げると、大急ぎでホテルへの道を引き返した。―――その時の子が、木原朔眞だったのだ。

「まっ、大まかに言えばこんな感じー?」

 話し終えた麗子がからっと笑って言った。

「…信じらんない」

「でもその話、本当なんだろ?」

「うん、もちろん。そのあとね、アメリカに行く仕事があったから、朔ちゃんも一緒に連れてって、そこの施設に預けたのよ。…日本に帰る予定が、その時はなかったからね」

 そして、十七になった今年。恩返しをしたいと言う朔眞に、麗子はそれじゃあ、と『あるお願い』をした。―――それが、夕夜と穂高を幼なじみから恋人同士にして欲しいという、なんともくだらないお願いだったのだ。

「でねぇ〜、最後に一押しってことで、絵里ちゃんには引っ越しの嘘ついてもらったの」

 ブイサインなんてしながら、悪怯れることなく朗らかに笑っている。

「どう?どう?私の作戦、大成功だったでしょー」

「…ったく、ありがた迷惑だよ、ほんとう…」

「ねっねっ、穂高。私が帰ってきて、嬉しい?」

 身を乗り出して、麗子こそが嬉しそうに笑って言うものだから、つられて穂高も苦笑する。

「……元気そうで、良かった。おかえり、母さん」

「えっへへ、ただいまー」

 麗子登場から一時間。ようやく果たされた親子の対面を、絵里と夕夜は気を利かせて静かに穂高の家を後にするのだった。

 ―――そして、結局。

 夕夜はひとりで黙々と、自分の荷物を荷ほどきするのであった。


被害者は夕夜ひとりだけ(笑)今回彼女、2回しか喋ってません。

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