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第三十三話 朔眞の正体-1-

今回、何度直しても機会が受け付けず、変なところで行替えになってる場所が二ヶ所あります。…スルーしていただけたらうれしいデス。

 一夜明けて、土曜日の朝。本当ならば今頃は荷物の積み込みや挨拶回りで忙しかったはずなのに、どうして自分は絵里と二人、ゆっくりと朝ごはんを咀嚼しているのだろう。

 引っ越しが嘘だったことを喜びながらも、やっぱりどこか腑に落ちない夕夜であった。

 ―――昨夜。

 結局あれから、二人はそれぞれの家でいつもどおりに寝ることになった。絵里は夕夜に「穂高くんちに泊まってきてもいいのよ」と言ったのだけれど、それは両者ともに拒否した。

 だって、キスより先のことをしようとした後で一旦頭が冷静になってしまったら、それ以降、二人きりになっても気まずくなるのは目に見えていたから。

 しかも引っ越しが嘘だった以上、今キス以上のことをする理由も、勇気も、度胸も、全部全部消え失せてしまった。

 箸をくわえたまま、知らず知らずのうちに、はぁとため息をつく。

 残念だと思っている自分がいる。

 夕夜はそのことに、戸惑いを隠せなかった。

「ねぇ夕夜、もう怒ってないー?」

 向かいの席に座る絵里が、ばつが悪そうに聞いてくる。

「…初めから、怒ってないってば」

「嘘!だって、目つきが怖いもの」

「気のせいだよ」

「そうかしら…。でも夕夜、あたしの嘘のおかげでちょっとは穂高くんと進展あったでしょ?」

 さっきまでのしおらしさはどこへやら。

 絵里は目を爛々と輝かせて野次馬よろしく、夕夜に鋭く切り込んでいった。

 う、とどもる。

「いいわよ答えなくて。あんたの顔見てれば分かるわー。あぁ楽しい…」

 箸を置いて手を祈るように胸の前で組んで。

 絵里は、恍惚の表情になっていた。

 楽しいってどういうことよ!

 我が母ながら、気持ち悪い。

 夕夜は食事のピッチを上げた。

「いやぁでも…朔ちゃんも良い働きしたわよねぇ」

 ―――は?サクチャン?

 聞き捨てならぬ単語が耳に届いて、夕夜は眉をひそめる。

 いや、まさか、そんな。

 …そんなわけないわよね。うん、ないない。

 現実を受け入れられなくて、自己完結させた。

 夕夜は止まっていた箸の動きを再開させ…ようとしたのだが。

「ねぇ、夕夜。世界は意外と狭いものよ」

 絵里の声が、それを許してくれなかった。

 やだ。やめて。聞きたくない。

「朔ちゃんっていうのは」

 見ざる言わざる聞かざるー!あたし、聞かないんだからね!

 しかし、夕夜の願いは届くはずもなく。

「察しの通り、木原朔眞くん。彼も今回の『夕夜と穂高ラブラブカップル大作戦!』の協力者の一人よ」

「―――はい?」

 なんだか今、それはそれは薄ら寒い、聞いてはならない単語を聞いてしまったような。

 夕夜は耳を疑った。

「その気色悪い作戦名に突っ込みたいのは山々だけど…、それよりも、つまり朔眞がうちの学校に転校してきたのは偶然じゃないってこと?」

「そうよ。そもそもこれはね、私が立てた計画じゃないの」

 絵里がいたずらっ子のように、目を細めた。

 絵里がたてた計画じゃない?

「…じゃあ、誰が」

「ふふ、誰だと思うー」  絶妙のタイミングの問いかけに、夕夜には一人だけ、うっすらと頭に浮かんだ人物がいた。

 いや、でもまさか…まさかね。

 けれど、考えれば考えるほどにその線の推測は色濃くなる気がして、夕夜は信じられない思いだった。

 だって、どう考えてもあの人しかいないのだ。このとんでもない母と、くだらない―――彼女『たち』にしてみればくだらなくなんてないのだろうが―――作戦を画策して、それを実行する人物。

「あのさぁ…全身全霊で信じたくはないんだけど」

「うんうん」

 この余裕綽々とした感じが癪に触る。だけどここは、はっきりさせるしかない。

「…もしかして、穂高ママ?」

「ピンポーン!そう、麗ちゃん」

「ありえないんだけど…」

 食欲など消え失せて、夕夜は箸を置いた。

 頭がずきずきする。

 でも同時に、納得もしてしまうのだ。だって、絵里と麗子、二人は昔から何かと夕夜と穂高をくっつけたがっていたから。

 いや、厳密にいえば絵里より断然麗子の押しが強かった。絵里は、言葉では穂高とくっついてほしそうでも、常に夕夜には

「ほんとうに好きな人と付き合っていいんだからね」と、再三言ってくれていた。ただ夕夜はそっち方面にはてんで無頓着で、それこそつい最近

「好き」という気持ちを知ったから、今までそういう人ができたことがなかったのである。

 それに、たとえ恋愛をしていたとしても、その相手はやっぱり穂高だと思うのだ。「それで…何で朔眞と穂高ママとお母さんが知り合いなわけ。…理解できないんですけど?」

 絵里を責めることはやめて、純粋に疑問をぶつけた。だって、絵里はどうせ押しの強い麗子にたきつけられて、勢いのまま気分とテンションだけでここまでやったのだろうことが、手に取るように分かるから。

「それはね…んー、私の口から言っていいことじゃないわ。―――朔ちゃんと麗ちゃんが、いいと思ったらいずれ話してくれるわよ」

「いずれ…」

 絵里の言葉を反芻しながら、夕夜は昨日の朔眞との会話を脳裏に描いていた。

 ―――晩ご飯。差し入れは今日で最後。

 ―――はぁ?なんでよ

 ―――いなくなるから。

 ―――ってあんたが?

 ―――そー、明日。

 そしてその瞬間、夕夜は椅子から立ち上がる。

「だめだ!お母さん、今日ね、朔眞いなくなる日なの!」

「えぇ?」

「しかも何時に行くかとか全然分かんない。だからあたし、今行ってくるね」

 とるものもとらずに、夕夜は玄関へ向かった。

 サンダルをつっかけて、家を出る。

「朔眞!朔眞!」

 二度三度インターホンを押しても何の応答もなかったから、夕夜は扉をどんどんと叩いて叫んだ。

「―――夕夜?」

「穂高…」

 出てきたのは、反対鄰の穂高だった。騒ぎを察して様子を伺いに来たようで、扉から半身だけをこちらに覗かせている。

「何してんのおまえ」

「あ…」

 一言では説明できない。

 煮え切らない夕夜の様子に、穂高は今度こそしっかり身体を出して夕夜の元に歩み寄ってきた。

「木原に用?」

「うん…あの、信じられないかもしんないけどさ?」

「なに」

「その…朔眞が、偶然じゃなくて故意的にあたしたちに近づいてきてたとしたら、どうする」

「…は?」

 夕夜からの突拍子もない質問に、穂高は眉を寄せた。

 夕夜はいきなり何を言っているのだろう?根拠もないただの憶測?

 けれども、目は口ほどにものを言うというか。

 今の夕夜の瞳は、嘘などではなくて、本当に狼狽の色を湛えているように見えた。

「し、しかもね?その、穂高ママが―――」

「母さん?」

 彼女が、どうかしたのかと。

 問い返そうとした、その時―――。

「高良さん?」

 今までうんともすんとも言わなかった厚い扉の向こう、ガチャリとドアノブを回す音がして、そこには朔眞がいたのだった。

「どーしたの?」

 よっしゃ、まだいた!

 夕夜は心の中でガッツポーズをすると、掴み掛からんばかりの勢いで自分の疑問符を一気にぶちまけた。

「失礼承知で聞くけど!あんたと穂高ママ、一体どういう関係なのよ。それから、あの気持ち悪い作戦の協力者ってのもほんとなわけ?何でそれだけの為にわざわざ転校までする理由があるの」

「―――………」

 朔眞は二、三度ゆっくりと瞬いた。その間、夕夜はひたすらじっと待っていて。穂高はといえば、何が何だか分からないといったふうに黙りこくっていた。

 すると、朔眞はふんわりとやわらかく笑う。

「…なぁんだ。絵里さん、ばらしちゃったのか」

「!!」

 朔眞のこの言葉は、肯定を意味していた。ということは、やはり…?

「質問に答えるよ。僕が、君たち二人に恋人同士になってもらうための協力者っついうのは、本当だよ。けしかけて、って言われたんだよねー。それから、何でそれだけの為にっていう質問だけど。…他人からみれば小さいのかもしれない。けれど、僕にとってその『お願い』は、何にも代えがたい…一番にやり遂げるべきことだったんだよ」

 静かな語り口調で、淀みなく。何か、大切なものを思い描いているような…そんな風体で朔眞は真実を告げた。

 二の句が告げなかった。朔眞の、真剣な気持ちが伝わってきたものだから。

 静寂。

 夕夜は、思いの外真剣な朔眞の態度に。穂高は、今初めて知った事実に。誰も口を開くことなく、まるで時間は止まったようだった。

「それで、僕と麗子さんの関係だっけ。その質問の答えだけど―――」

「きゃー、夕夜ちゃん?久しぶり〜。それに、穂高じゃない」

 それは、ここにいるはずのない人物の声によって、かき消され。

 あぁもう、ここが一番知りたいとこだったのに!

 誰よもう、と夕夜が声のしたほうへ視線をやると。

「えっ?ほ…、穂高ママ?」

「―――母さん…」

 朔眞の後ろ。部屋の中から出てきたのは、他でもない、穂高の母親で絵里の親友―――結城麗子であった。

「もう、麗子さん出てきちゃったの?…中にいてって言ったのにー」

 朔眞が、あまりにも自然に麗子と会話をする。

 夕夜はその光景を信じられない思いで眺めていた。そしてそれは、穂高だっておなじで。『なんでここに…』

「あ、それ聞くぅー?」

 穂高と麗子、三年ぶりの再会。だというのに、この目の前の結城麗子という女性は、緊張感の欠片も感じさせないあっけらかんとした声音で、唇を尖らせるのだった。

「あたりまえだろ。説明してよ」

 穂高も穂高で、驚いていたのは初めのうちだけで、すんなりとこの状況を受け入れたようだ。

 親が親なら子も子だ。

「説明ねぇ。…朔ちゃんを引き止めるため?」

 麗子は小首を傾げて、尻上がりの調子で言った。

 夕夜がはっと我に返る。

「あっ…、今日どっか行くって言ってたから?」

「そうよーん。夕夜ちゃん察しが良い〜」

 朗らかに笑って、ぱしっと夕夜の肩をはたく。なんというか…相変わらず『若い』と、夕夜は思った。

 麗子は、言動が可愛くて本来の年齢が分からなくなるような女性だ。それに見合って容姿も可愛らしい。ちなみに穂高の父もかなりの男前で、穂高はこの二人のDNAを受け継いで生まれたことがありありと見て取れる子どもに育っっていた。

「こいつにけしかけろなんて言ったの、母さん?」

 穂高が親指で朔眞を指し示す。

 普通に考えて、外国にいたはずの母と朔眞に、接点があったとは思えない。けれど実際、二人はこうして親しげに話していて。

「まぁまぁ。とりあえず質問には全部答えるから。―――『私達の家』で話しましょ、穂高?」

 麗子が完全に廊下に出てきて、穂高にふんわりと笑いかける。穂高は苦虫を噛み潰したような顔した。

 ……昔から、この笑顔には誰も勝てないのだ。


予定ではあと二話で終わりになりますね(^∨^)

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