第三十一話 思い出にしたくない。《後編》
土曜日なったので更新しまーす。
穂高が部屋に戻ると、夕夜はベッドを背もたれにして小学校時代のアルバムを見ていた。
「あ、おかえりぃー」
「…おまえそれどこから出したの」
「え?…ベッドの下から」
あっけらかんと答える。
「なぜベッドの下を探す」
「いやいや、ほらー、アレがあるかなってね、…アレが。そしたらコレが出てきてさ」
「ふざけんなっ」
穂高は夕夜のそばに歩み寄るとアルバムを奪い取り、ゴンッと軽く頭にげんこつを落とした。
「いった!!」
「おまえが悪い。そこに直れ」
「…ふーんだ」
夕夜はベッドのうえに正座した。
穂高もそれに向き合って座る。反動でギシッとベッドのスプリングが鳴った。
「おまえはもう少し女の慎みというものを知れ。彼女が彼氏のエロ本なんて探すな」
「だめなの?」
「べつにだめとは言わないけど…おまえ見つけた場合嬉しいの」
「…うーん…、嬉しさ半分悲しさ半分?」
夕夜は首をひねる。
「…とにかく。この行動もそうだけど、その格好も何なんだ。下がはけないにしたって他に方法あるだろ。…挑発してんの?」
穂高は険しい顔をする。
「むっ、何よ。じゃああたしだって言うけどね。なんで完全に泊まりモードになっちゃってんのよ?…風呂上がりにこの服用意したのはそっちでしょー」
ぷくっと頬を膨らまして夕夜は反論した。
穂高はうっ、と言葉に詰まる。
「服は…、楽なほうが良いかと思って」
「だからって風呂にまで入ってあと寝るだけみたいになってるしー。まだ7時だよ?…えろなのはどっちよ」
夕夜は穂高を見ながら言った。彼は言い返してこない。
やった!口で穂高に勝った!!
と、夕夜は全く関係の無いところで、心中喜んでいたところ―――。
「…むかつく」
「え?―――ふわッ」
視界反転。
さっきまで穂高の顔の後ろには、部屋の壁がいっぱいに映っていたのに。
…今は、彼の顔の後ろは、天井の模様でいっぱいになっていた。
「悪かったなエロくて。…そうさせてるのは夕夜だよ。晩飯早く食べたのだっておまえと二人で話す時間を長く取りたかったら」
「え、えっ」
そうなの?てか、穂高がエロくなるのもあたしのせいなの?
「言えよ。なんで昨日急に高橋さんとこ行った?…約束してたなんて嘘。俺を騙せたなんて思ってないんだろ」
「……っ」
確かに、自分の下手な演技で彼が騙されたとは思っていなかった。けれどまさか、こんな形で問い詰められようとは。
自分の顔の横に、穂高の手の平が置かれている。
腕の長さ分だけ離れたその先に、彼の整っている顔があった。
「な…」
「な?」
「泣くと思ったから」
「…誰が」
「あたしが」
「…それだけ?」
「それだけ!?だって、重要なことでしょ!?あたしが泣いて行きたくないっつったって穂高にはどうしようもできないの分かってるし、でもやっぱり離れたくないし。そう考えたら泣いちゃいそうだなと思ったのよ…」
あ、だめ。今のでまた泣きそう。
夕夜は唇を噛みしめ、ぐっと力を入れて嗚咽をこらえた。
穂高は何も言わない。
あたしに呆れた?ねぇ、お願いだから何か言ってよ―――。
「泣いたらいいよ」
「…え?」
ところが、真上から降って来たのは思いがけない言葉で。
夕夜は目を丸くする。
「…泣けって。俺、前にも何度か言おうと思ってたんだ。おまえは何でも一人で我慢しすぎる。―――もっと俺を頼れよ。何の為に隣にいると思ってるの」
そっと夕夜の頬に手を当てると、優しく笑う。
ゆっくり夕夜の上から退けたあと、よっ、と声を出して横たわっていた夕夜も起こしてやる。
「まだ子供だ。さすがにロス行き止めるなんてことはできないけど、子供だから泣いて嫌だって言うこともできると思う。今がそのチャンスなんじゃない?」
ぽん、と頭のうえに穂高の大きな手の平が置かれる。
夕夜は涙腺が緩むのを感じていた。鼻の奥がツンとする。
「だ、だってぇ〜」
「ん?」
「嫌なんだもん。なっ、涙なんて見せたくないのー!」
「だからどーして」
「女の武器使ってるみたいで嫌なの〜。あたしはあたしでいたいのに。それに、泣いたら負けたみたいで悔しいじゃない〜」
もう半泣きの状態で、それでも我慢しながら夕夜は心の内を明かした。
その言葉を聞いて、穂高は思わずふっと笑ってしまう。
「おまえがそんな器用な奴じゃないって、分かってるよ。何年一緒にいると思ってるの」
「…う」
「ほら。泣かなくていいのかよ?」
穂高が目尻にたまった涙を指で拭う。
「…ふん、もう引っ込みましたっ」
照れ隠しに視線を逸らし、夕夜は憮然とした声で告げるのであった。
「…あ、そういえば」
「ん?」
夕夜はいきなり思いついたかのようにポンと手を打ち鳴らすと、ちょっと待っててと言って自分の家へ戻っていった。
「うわぁあぁぁっ」
「!?」
夕夜が入ったであろう隣の家から、直後、叫び声が聞こえる。
何かあったのだろうか。
「おかーさんっ」
え?…絵里さんが帰ってきてたのか。
微妙に緊張するが、大丈夫、夕夜には何もしていない。
穂高は息をつく。
隣が静かになってから数分後、夕夜が疲れた顔で穂高の部屋に戻ってきた。
「絵里さん、帰ってきてただろ。何か言われた?」
「…ううん、なにも」
ただ、意味ありげな含み笑いで頭のてっぺんから爪先までじろーっと見られたあと、「ふーん…あんたもとうとうねぇ」と、言われたのだが、穂高には黙っておくことにする夕夜であった。
「そう?…座れば」
穂高がベッドに腰掛けて、ポンと自分の隣をたたく。
「あ、うん」
夕夜はおとなしく座った。
「で、それ何?まさかそれ取りに戻ってたわけ」
…忘れていたけれどそうだった。
夕夜は手元にある、禍々しい熊のぬいぐるみを見て大きくうん、と頷いた。
「これ、あげる」
「…はぃ?」
「だから、あげるってば」
ずいっと目の前に突き出されたそれを、穂高は微妙な心境で受け取る。
「それ…この間おまえがまぐれでとったあの熊だよな」
「そーよ」
忘れもしない、恐ろしい形相をしたこのぬいぐるみ。夕夜が必死になって『自分で取らなきゃ意味ないの!』と豪語していたあのUFOキャッチャーの―――。
なぜ、これを今自分に?
「…あたしだと思ってね」
「…は?」
「これからあんたのそばにはずっとその熊がいるから。だから寂しがんなよっ、穂高」
「…はぁあぁぁ?」
穂高は目の前にいる夕夜と、手元の熊を見比べて思い切り首を傾げた。
意図は分かった。分かったのだけれど―――。
「…なんでこれ?ぬいぐるみ置いてくにしたって、もう少しマシなのがあるだろ」
そう尋ねる穂高に、夕夜は「チ、チ、チ」と人差し指を左右に揺らす。
「仮に、可ッッッ愛らしいぬいぐるみ置いていったとして、あんたそれからあたし連想できる?」
「……………」
「ほらね、できないでしょ。だからこれなのよ。この方が何倍もあたしらしいでしょ」
夕夜は歯見せてをにっと笑った。
まったく…適わないな、こいつには。
「―――あぁ、ほんと、納得したよ」
「えへへー」
「…夕夜、会いに行くから」
「へ?」
いきなり真剣な顔になって言う穂高に、夕夜の胸が大きくひとつどくんと鳴った。
「だからおまえもあっちで外国人かっこいーとかいって、他の男に乗り換えるなよ」
「あたりまえでしょ。あたしを誰だと思ってんの」
「ははっ、さすが」
言葉と同時に、穂高がちゅっと軽く触れるだけのキスをした。
「っ、ちょっと!そーゆー不意討ちやめてよね?」
文句を言いながら夕夜は、あたし歯磨きしたよね!?うん、大丈夫なはず!と心の中で再確認。
…色々言いながら結局は嫌じゃないのである。
「つまり、不意討ちじゃなければいぃんだな?」
「は!?」
「夕夜。今からキスするから?」
「なっ…、ふっ」
反論の声は虚しく、唇によって塞がれた。
そっ、そういう意味じゃないってばー!
どんどん、と彼の胸をたたいても、微動だにしない。
触れるだけのキスを、角度を変えて幾度もされた。
「はっ…」
ようやく離してくれたと思えば、そっと肩を押されてベッドに押し倒されて。
「ほ、穂高!」
「ん?」
「そ、その、あのね」
「…何だよ」
答えながら、動きを止めることなく頬へ、耳へと唇を移動させた。
「言っておきたいことがあるの…っ、んくっ、ひゃあ!」
耳を舐められて、そのうえ耳朶を甘噛みされる。
夕夜はびくんと大きくはねた。
「おまえ、反応大きいんだよ」
「あっ、だ、だってぇ」
「安心しろって。…最後までするつもりないから」
「―――っ」
あたりまえよ!ばかじゃないの!?
…そう返されるつもりで言った言葉だったのに、彼女から出た言葉は予想を裏切っていた。
「何で…?」
「…え?」
「あたし、さっきお母さんに今日は泊まってくるって言ってきたんだよ?」
「え!?」
「え!?はこっちの台詞よっ、ばかっ。…っ、ふっ、うわぁーん」
「ゆ、夕夜?」
言葉の途中で、夕夜は泣き始めた。
いくつもの涙の粒が目尻からこぼれ落ちて、シーツに染みを作っていく。
穂高はどうしていいか分からず、ただおろおろとするばかりであった。
なんで泣くのか全くもって分からない。
すると、夕夜が胸の内を明かした―――。
「穂高は、寂しくないの?」
「…寂しいに決まってる」
「じゃあなおさら何で?あたしは…あたしは、何か支えになるものが欲しくて。いくら言葉で約束したって、やっぱり不安だよ」
「夕夜…」
「穂高はあたしのものだって、あたしは穂高のものだって。…そう、実感できる保障とか、形が欲しいよ」
「…………………」
「そう思うのは、いけないこと―――?」
夕夜が、涙で濡れた瞳で穂高を見上げた。
ここを発つ前に、どうしても穂高とひとつになりたかった。
そうすれば、向こうでも頑張れる。そう、思ったから―――。
「…穂高がお風呂に入ってる間、ずっと考えてたの。どうすれば、そう実感できるかなって。だから、だから、あのね―――」
「待って」
夕夜の言葉を、穂高がか細い声で遮った。
「それって、つまり…。最後までしていいってこと?」
「―――うん」
揺らがない瞳で、はっきりと夕夜は答えた。
「……………っ」
「…穂高?」
「ばかだよ、おまえ。…ばかだ―――」
そう言う穂高の表情は、どこか苦しそうで泣きそうで。けれどやっぱり、優しく、優しく笑ってた。
「ばかでも、いいよ。穂高があたしを愛してくれるなら、どんなばかだっていい―――」
そして二人は、また唇を重ね合った。
もう、触れるだけではない深い深いキス。
「あっ、穂高―――」
「っ、喋るなって夕夜。舌、噛むぞ?」
「…っ!!」
なにこれ、なにこれ。あたまがおかしくなりそう―――。
部屋に、二人の吐息だけが響く。
エレベーターでしたのよりも、もっと深くて激しくて、それでいてやさしい―――そんな、キスだった。
「ふぁ…」
いつの間にそうしたのだろう。穂高の右手が、裾の長いTシャツをめくって夕夜の服のなかに滑り込んでいた。
おなか辺りを触れられて、思わずびくっと身体が揺れる。
中途半端な意識の中で、夕夜は思った。
終わらせたくない、終わらせたくない、このまま時が止まって欲しい―――。
どうして離れなきゃいけないの?
―――こんなに好きなのに。
どうしてこの時間を思い出にしなきゃいけないの?
―――こんなに幸せなのに。
思い出になんか、したくないよ―――!!
「…夕夜?」
穂高が、異変に気づいて動きを止めた。
夕夜がかすかに震えている気がして。
「…っ」
暗闇のなか目を凝らしてみると―――彼女は声を押し殺して、音もなく、ただ静かに泣いていた。
というわけで、ひたすらいちゃつかせよう企画は作者の中では成功。ものたりねーよっ、て方。これ以上書くと小説がR18化してしまいます(笑)ところで私、毎月月末と月初めはケータイが使えません。なので恐らく土曜更新2・3回止まるかと思われます。申し訳ございませんm(__)mでも話はきちんと書き溜めるので、復活した週の土曜にはまとめてUPしたいと思ってます。しばしお待ちを…。