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第二十八話 思い出?…だって担任ですから

 一晩明けて金曜日の朝。

 引っ越しを日曜日に控え、前日である明日はあいさつまわりとか、色々忙しくなることが予想される。だから今日が最後のチャンスだった。

「分かってるわよね、夕夜?今日こそはもう一度しぃぃぃっかり、穂高くんといちゃつき…違った、し・ん・み・つ・に!話してくるのよ?」

「わーかったわーかった。だからもう少し離れてくんない」

 今朝は二人で仲良く早めの登校、その後教室で飽きることなく恋愛の何たるかを説かれ、今に至っている。力が入るのは分かるが、こちらに身を乗り出しすぎではなかろうか。

 栄理の肩を手のひらで押し返しながら、夕夜はため息をついた。

 でもまぁ、栄理の言っていることは正しい―――いちゃつくかどうかは別として―――と思うので、今日は穂高と帰ろうと思う夕夜であった。

 おしゃべりに興じていれば時間が経つのは速いもので、もうほとんどの生徒が登校を終えていた。ほどなく担任も現れHRも終え、夕夜にとっては『最後となるはずである』授業が始まった―――。

 毎度おなじみのことなのであるが、夕夜たちが通っているこの高校はグラウンドが教室から見えるつくりだ。今日もまた穂高のクラスの体育の授業が被り、夕夜は窓側の席っていいなとかなんとか思いながら頬杖をついて外を眺めていた。

 ―――穂高が体育してるの見るのもコレで最後かぁ…。

 なんとなくセンチメンタルな気分になりながら、夕夜は先ほどから止まらないため息をつく。

 やっぱり授業なんて頭に入るはずもなく、次にはっとした時にはもう昼休みになっていたのだった。

「穂高んとこ行ってくる…」

「いってらっしゃい」

 弁当を片手に、これから彼氏のもとへ行くとは思えないような重い足取りで教室をでる夕夜。栄理は、心配そうにその背を見送ることしかできなかった。




 6組の教室に着いたはいいが、出入口から穂高のいる窓側の席までは遠かった。

 テンションが下がっていた夕夜は大きな声を出す気にもなれず、小さな声でぼそりと彼の名前を呼ぶ。

「穂高」

「―――夕夜」

 昼休みの教室はうるさくて気づいてもらえないかと思っていたのに、彼は一発で気づいてくれて、そのうえすぐさま自分のところまで歩いてきてくれた。そんなことが…たまらなく嬉しい。

 あ―――いまちょっとだけテンション上がったかも。

「あのさ…ご飯いっしょに食べない?」

「―――いい、けど」

 普段こういう恋人っぽいことは自分から誘わない夕夜である。穂高は軽く目を瞠ったあと、是と首を縦に振ったのであった。

 人がいない中庭の芝生の上に、二人は腰をおろす。ここに来るまでの間も今も、夕夜は一向に口を開かない。その目線は遥か遠くの空を見ていて―――数日後には自分がいるロサンゼルスの地を眼裏に思い浮かべているのだろうか。

 確かに隣にいるはずなのに、今にも消えていなくなってしまいそうな―――そんな錯覚を一瞬起こして、穂高は強烈な焦燥感に教われ夕夜を両腕に閉じ込めた。

「うわっ…!ほ、穂高?」

「―――おまえ、今なに考えてる」

「ふえ?なななにって」

 見ると、顔を赤くして焦っている。どうやら抱きしめられていることに緊張して、それどころではないようだった。

 ―――気のせい、か…?

「いや、悪い…何でもない」

 穂高はそっと夕夜を離した。

「…??」

 それっきり彼は口を閉じ、自分の弁当を食べ始める。

 夕夜も、昼休みの時間内に食べ切りたいので黙って弁当に手をつけた。

「…最初で最後の学校ランチだね?」

 ちら、と一瞬だけ目線をやって呟いてみる。

「…あぁ」

 けれど穂高は難しそうな顔でたった一言、そう言っただけで。その後はどちらも話かけるでもなく、静かに食事を進めるのだった。

 …ふと、隣で食べる穂高の口元に目線がいった。瞬間、夕夜は昨日のエレベーターでの出来事を思い出し―――。

「うわぁああぁあぁぁ」

「!?」

 そういえばあれきり顔をあわすのは今が初めてだったのだと思い当たって、今さらながら猛烈に恥ずかしくなる。

 頭に浮かんだピンク色の思考を消すように、ブンブンと首を振った。

 穂高は怪訝そうに目を細め、熱でもあるのかと至近距離に顔を近づけたのだが…夕夜は「やだっ」と声をあげてあからさまに顔をそむけた。

「…は?」

 やだ?

 穂高の空気が怒気を孕む。夕夜はそれを敏感に察知して。

 ―――違う!そうじゃ、なくて…!!

「昨日のっ…」

 昨日のエレベーターでの情事を思い出して、恥ずかしかったから―――などとは言えず、それ以降言葉が続かない。

「…なに?」

 ごく近くで吐息のように問われれば、余計に心音は速くなり―――。

「な…何でもないってば!」

 反射的に穂高を両腕で突き返し、夕夜はそこから逃げ出したのだった。

 一方中庭に一人残された穂高は為す術もなく…呆然と夕夜が消えていった方向を見つめていた。

 数秒後、自体を飲み込んだ穂高が思ったことは―――。

 彼女が残していった弁当も自分が食べれば良いのか?…という的外れなものだった。




「ああぁぁあぁあぁぁあ」

 昼休み、走って教室に戻ってきたかと思うと席に座って唸りながら頭を抱える夕夜を、栄理は冷めた目で一瞥した。

 どうせまた穂高絡みなのだろう、知らないからね?と一言言おうと、もう一度夕夜を見てみたのである、…が。

「ぷっ」

 予想に反したその顔に、思わず、吹き出した。

「ななななに笑ってんのよ栄理ぃ」

「だってあんた…」

 ありえないほど顔真っ赤!

 そう一言言ってから、栄理はまた笑った。

「うぐぅ…」

「ほっとこうと思ってたけど前言撤回。あまりにも面白そうだわ…何があったの?」

 興味津々、目をきらきらと輝かせて栄理は言ったが、さすがにあんなこと自分の口からは言えないと思う。

 ―――はい、キスされました。

 ―――それも、ディープなやつ。…いやー、穂高の唇見て、それ思い出して恥ずかしくなったので逃げ帰ってきちゃいました―――。

 なんて、誰が言えるだろうか。

「―――何でもな」

「きゃあー!朔眞くーんッ」

 ところが―――夕夜の言葉はクラスメイトの歓声にも似た黄色い声によって、見事に打ち消された。

 …は?―――朔、眞?

 夕夜は、ゆっくりと教卓側の出入口を振り返る。

 そこにいたのは、紛れもなく木原朔眞…その人だった。

「どおして最近学校来なかったのぉー?」

「ねっ、今日あたしと遊ぼうよォ」

「なんで昼休みに登校なの?」

「私も朔眞くんと話す!あんた退きなさいよっ」

「なによ、あんたこそ―――」

 …おまえらはアイドルの出待ち隊か?

 そう、夕夜が思わず心の中で突っ込んでしまうほど、朔眞の周りには目をギラギラさせた女子たちがかたまりを作っていた。

 ただ―――一人だけ、その群れに混じっていない女子もいたのだが。

「…?」

 彼女は、辛そうな切なそうな表情をして、唇をぎゅっと噛みしめている。両手はきつくスカートを握り締めており、皺になっちゃうな、あれ…と思いながら夕夜は、自分までもどことなく哀しい気分にさせられた。

 …春田さん、だよなぁ。

 目が大きくくりくりしてて、肩よりほんの少し短いふわふわの髪の少女。

 クラスがえ当初、可愛いと思ったものだからしっかりと記憶していたのである。

「夕夜?…大丈夫?」

「あ…うん」

 はっと我に返り、もう一度朔眞に目をやった。不思議なことに、今まであれだけ調子よく女子に接していた彼が、愛想笑い程度で済ませている。

 何かあったのだろうか?

 朔眞と目が合う。

 彼はこっちに向かって歩いてきて―――。

 夕夜は、反射的に身構えた。けれど、朔眞は夕夜のところへ来るわけでもなく、まっすぐに自分の席に着いたのであった。

「…………」

「あら珍しい」

 隣で栄理も意外そうな声をあげる。

「…フライパンが効いたのかな?」

「あっはは!そうかもねー」

 栄理は笑ったが、夕夜は本気でそうだとはもちろん思っていなかった。

 …気にはなる。気には、なるけど―――。

 でももう、自分はあいつと関わる気は毛頭ない。絡んでこないのならこれ幸いと、夕夜は授業の準備を始めるのだった。

 ―――鐘が鳴って授業は全て終了し、担任がHRのため教壇に立つ。

 いつもの通り淡々と連絡事項だけを伝えると、彼はパタンと手に持っていた自前の連絡ノートを閉じた。そして、夕夜を注視する。

「…?」

 な、なによ―――?

「―――高良」

「…はい…」

「おまえは今日で最後だなぁ」

「…はぁ…」

「思えばおまえは入学当初からなにかと注目の生徒だったなぁ?あのイケメンの幼なじみのおかげで」

 夕夜は苦々しい顔をする。

「その割にクラスでの存在感は薄いっていう不思議な生徒だったよ」

 そりゃあ、悪かったですねぇ。どーせあたしは穂高と比べりゃ平々凡々なふつーの女子高生ですよ。

「だがな」

「まだ何か」

「―――先生は良いと思うぞ?」

「…はい?」

「普段は目立たないがやるときゃやる。これはある意味最強の形だ。日本古来の忍者だって、だから強いんだぞー?…まぁ、つまりだなぁ」

 齢50の担任が、普段のニヤニヤした笑いとは違う温かい微笑みを見せた。

「おまえは、大丈夫だ。向こうに行ってもうまくやれる。―――がんばれ」

 この男が自分の担任になって、初めて教師らしい一面を見た気がした。夕夜は不思議な気持ちになりながらも、これは先生からの励ましなのだと、ありがとうございますとぺこりと頭を下げた。

 見ると、他のクラスの面々も、「この男腐っても教師だったんだ」と同じような衝撃を受けているようだった。

「さっ、帰るぞー。おまえらも早く散れー」

 が、そう思ったのも束の間、数秒後にはいつもどおりの『教師としてありえない男』に戻っているのだった…。

「おー、そうだ」

 ところが、教室を出て行きかけていた彼は足を止め、夕夜の方を振り返る。

「?」

「高良ー」

「…はい…?」

「離れるの寂しいから、って今日いちゃこいてうっかりガキなんか作るんじゃねぇぞー」

「なッ……!!」

 奴はいけしゃあしゃあと言ってのけると、何事も無かったかのようにひらひらと手を振った。

「ふっ…ざけんなぁあぁぁ!!!」

 顔を朱に染めた夕夜は、担任を思い切り罵倒するのだった。

「なに言ってんだ、大事なことだぞー。できないように、ひに…」

「言うな!!!!」

 あぁ。皆の視線が痛い…。

「お?噂をすれば結城じゃないか」

「え!!!!!!!!」

 どうやら迎えに来た穂高と鉢合わせしたらしい。

 ちょ、ちょっと待て。つーことは何?もしかして、今の話聞かれて―――!?

 とたんに焦る夕夜。

 よりにもよって、本人に!?しかも、「頼んだぞ、結城。おまえにかかってるんだからな」なんて親しげに肩をポンと叩いたりなんかしちゃっている。

 こ、これ以上余計なこと言うなぁ!

 夕夜は慌てて鞄を掴むと、栄理にじゃあねと手を振って人混みを縫って教室を出るのだった。


第二十九話は、遅ればせながら明日更新させていただきます。

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