第二十六話 穂高の逆襲
どうにかこうにか土曜日です;;
「…俺も一緒に行くか?」
麻婆豆腐の皿を見つめたまま玄関で逡巡する夕夜に、リビングから出てきて穂高が声をかけた。
「大丈夫。行ってくる」
避けられない『あいつ』への差し入れだった。
自分たちがご飯を食べおわったあとに、絵里が「差し入れよろしく」と言って皿を渡してきたのは言うまでもないが、夕夜は乗り気ではなかった。まぁ、今までも乗り気な日などなかったけれど…。
だけど、彼の分かりにくい心配顔のおかげで夕夜はモチベーションが上がった気がして、扉の取っ手に手をかけた。
…うん、行ける。
「待ってるから早く行け」
「いぇっさー」
―――と言ったところで、たったの2・3歩の距離で隣なんて着いてしまう。
…夕夜は、インターホンは押さず704のプレートをじっと見つめていた。…そして、手に持っていた差し入れを廊下の扉のすぐ横にカチャンと置く。
―――だめ。やっぱり会えない。…どんな顔すればいいのか分かんないし。
フライパンを投げつけたことは悪いと思うけど、かといって朔眞のしたことを許せるわけがないのだ。
だって…キスよキス!?
散々迷った挙句―――差し入れだけは置いていくことに決めた。夕夜はキッと顔を上げたかと思えば―――。
ものすごい勢いで、ピンポンダッシュをしたのだった。
「はーい?」
呼び鈴が鳴ったから、朔眞は玄関の扉を開けた。
けれどそこには誰もいなくて。
「?」
…ふと足元を見ると、そこには見慣れた模様の食器があった。
「あぁ…そーゆーことね〜」
瞬時に状況を理解して、朔眞はひとり頷く。
…高良さんママの手料理食べられるのも、あとちょっとかな。
薄く苦笑いして、朔眞はしっかりと食器を手に持ち家のなかに引き上げていった。
次の日、木曜日の朝。
玄関を出て、二人はエレベーターに乗る。
「おまえ土曜日はもう暇じゃないんだよな?」
「…うん」
穂高は黙考した。
…ということは、時間が取れるのは今日と明日のみ。どうにかして二人でゆっくりしたい。
「夕夜、今日―――」
「あたし今日ね、栄理んとこに泊まりに行くんだっ!」
穂高の言葉を遮るように、夕夜が目線を合わせることなく妙に明るく言った。
「…高橋さん?」「ま、前から約束してて。やっぱ女同士色々語りたいことがあるのよねッ。だから穂高今日はお母さんと二人でご飯食べてくれる?」
「…それはいーけど。おまえ時間ないって分かってる?」
「…分かってるわよ。だから行くんじゃない。友達との別れが寂しいの」
「………………」
夕夜はまっすぐエレベーターのボタンを見つめたまま微動だにしない。
一瞬気まずい沈黙が流れるが、穂高がそれを破った。
「…そーかよ」
ダンッ!!
ビクッ、と肩が揺れた。何事かと思えば、夕夜は壁ぎわに追い詰められていて、顔の横には穂高の右腕。一瞬のうちに籠のなかの鳥と化していたのだ。
唯一の逃げ道であるエレベーターの扉はまだ開かない。無常にもゆっくりと下降中だ。
「な、なに―――」
すんのよ、という言葉は最後まで紡げずに。
「んっ!」
気づけば、乱暴に唇を奪われていた。
「ほだ―――んぅッ」
なにこれ―――。
こんなキス、あたし知らない。
「はっ…」
こんな―――。
奪うような、貪るようなキス。
頭がしびれて何も考えられない。逃げたくても、後頭部を手でしっかり押さえられてて首を動かすことさえままならない。
こいつ、いつのまに―――。
「はっ…」
隙間から舌が入ってくる。簡単に絡めとられて、そのときにはもう抵抗する気力なんて失っていた。
人が入ってくるかも、とか防犯カメラでしっかり見られてるかも、とか。
頭の片隅にあったほんの少しの理性さえ吹き飛んで―――。
もう、されるがままだった。
やっと解放されても、力が入らない体はずるずると壁伝いに落ちていく。
最後にはエレベーターの床に座り込んでしまった。
「…っ」
悔しい。
ありったけの反抗心を込めて穂高を睨む。
しかし、真っ赤な顔と涙目では、迫力など無いに等しかった。
チン!
あんなに開いてほしかった扉はいま開いて。
「ざまあみろ。好きなだけ語ってこいバーカ」
それだけ言い残して、穂高は颯爽と去っていったのだった。
多分毎週これぐらいの時間になるかと思いますm(__)m遅くて申し訳ございません。