第二十五話 思い出ダブルデート?
さて。四人が向かった先は、なんてことない、いつも遊んでいる普通のゲームセンターだった。
主役は夕夜、ということで行きたい場所は彼女の一存に任せられたのだが、夕夜は迷わずここを選んでいたのだ。
「夕夜、本当にここでいいのか?」
「穂高しつこい!いいって言ってんでしょっ。ほら遊ぶ」
「しつこい男は嫌われるぞ穂高ッ」
「…おまえは黙ってろ」
「もー!あんた口悪いのよ」
「夕夜に言われちゃおしまいだな?」
「どういう意味よっ!」
「そのままの意味だろ」
「むーかーつーくー!!」
―――と、まぁ。いつものぎゃあぎゃあが始まったところで。
「ハイハイ。その辺にしといてよ、夕夜も穂高くんも。時間もったいないじゃない。イチャイチャなら家で好きなだけしてね?」
と、栄理が絶妙のタイミングで割って入ったのだった。
「イチャイチャしてないっ」
夕夜の反抗の声は、ゲームセンター特有の喧騒に溶けて消えた。
「で?高良さんは何したいの?」
「はぁ…大野くん。何したいってか、普通に遊びたいだけ。それじゃだめ?」
「いいんじゃない」
智也に対して投げかけた質問に、横から穂高が答えた。
「つまり夕夜は、いつもどおりの日常的な時間を思い出に残したいのよね?」
「栄理、さすが分かってる!」
それを聞いた智也が、合点がいったと大げさに首肯した。
「あ、そういうことなら俺遠慮なくバンバン遊んじゃうよ?」
「…だから夕夜がさっきからそうしてって言ってるじゃない。あなた馬鹿?」
栄理はごく冷たい視線を智也に送る。絶対零度ではなかろうかと、疑うほどであった。
「高橋さん。分かり切ったこと言っちゃ可哀想なんじゃない」
「…穂高くん、それもそうね?じゃあ、夕夜遊ぼ」
この話はもうコレで終わり、とばかりに栄理は夕夜の手を引く。
「ちょ、大野くんいいの?」
夕夜はあわてて出入口で墨のようになった智也を指差した。…穂高と栄理、ふたりの他の追随を許さない『口撃』によって、彼は灰と化している。つん、とつついただけでぼろぼろと崩れ落ちそうなありさまだ。さすがに可哀想に思えてくるのだが。
「あぁ、大丈夫よ彼なら―――」
と、栄理が言葉を切ったところで、穂高が智也のそばへ寄った。
「…穂高?」
「大野、遊ぶぞ」
一声かけた瞬間、智也は生気を取り戻したように目をきらきらと輝かせて、元気良く「おう!」と返事をしたのである。
「ほらね」
「…………」
―――夕夜は、智也と穂高の上下関係を一瞬で理解した。
最初に遊んだのはエアーホッケーだった。
「くらえ!消える魔球夕夜スペシャルーっ」
ガコンッ。
「消えてないけど」
「消えてんのよっ!今日はあたしが法律よっ」
夕夜・穂高VS栄理・智也。4人はオーソドックスに、2対2で戦っていた。…余談だが、このペアを組む際、栄理は物凄くいやそおぉぉお〜な表情をしていた。
「どーして私があなたと…」
「まぁまぁそう言わずに」
と、智也がごり押しで強行。ちなみに勝敗は、とりわけ何でもできる穂高と、運動神経ばつぐんの夕夜がいるチームが、当たり前のように大差で勝った。
「大野。おまえもう少し粘れよ?」
「しょっ…正気か穂高!?俺には無理だ!あんな…あんな、人殺せるような破壊力のあるパックなんて防げねーよ!」
そう言って腕に顔を埋めて泣き伏した真似をしながら、智也は、離れた場所で栄理と談笑する夕夜をビシッと指差した。
「人殺せるわけないだろ」
「うそじゃねぇ!穂高、おまえだって見たじゃねーか高良さんの『必殺ファイヤーアタック』!!必ず死ぬと書いて必殺だぞ!?俺はまだ死にたくない!」
大げさだが、智也がこういう反応をするのも無理はないと思う。
だって確かに、さっきのファイヤーアタックは凄かった。何ていったって、パックのゴール穴付近のプラスチックが、当たったとき砕け散ったのだから。
「あんなのに手ぇ当たったら俺完全に骨折だからね?」
「死ぬんじゃなかったの?」
「そっちかよ!」
「いや、どーでもいいけど」
「ひでぇ…」
「あたしやりたいのあるんだ」
テンションが高いまま、一通り体を使うゲームを終えたころ、おもむろに夕夜が呟いた。
ん?と笑顔で聞き返す栄理。
タフなやつ…とひとりごちる穂高。
今度はなんだ…!?と思わず体を震わす智也。
反応は三者三様だったが、夕夜は構わず続けた。
だって今日はあたしが主役。
「UFOキャッチャー」
『UFOキャッチャー?』
三人がハモった。
「そう。はい、レッツゴー!」
―――間もなく夕夜は、あるUFOキャッチャーの前で立ち止まった。さっきから、これをやりたいと思っていたのだ。
栄理と智也もそれぞれやりたい景品のUFOキャッチャーを見つけたらしく、思い思いの場所で楽しんでいる。穂高は―――先程から見当たらない。
そのほうが都合がいい。
…だって穂高ってば、昔からあたしがUFOキャッチャーやってると絶対手伝ってくれるんだもん。
でも、今回ばかりは駄目なのだ。絶対自分の力だけで取らねばならない。
「よしっ、いっちょやりますか」
気合いを入れて、夕夜はガラスの向こうの目標物を睨んだ。
「ねぇ、うちらと遊ばない?」
「カッコいいねぇ。ドコ高?遊んでよっ」
一方、穂高はといえば。
…知らない学校の女子に捕まっていたりした。トイレに寄った帰りの、ほんの数秒の間のことだった。
―――早く戻りたいのに。
イライラが溜まる。夕夜があと少しでいなくなってしまうと分かっている今は、一分一秒でも時間が惜しいから。
「無理。連れいるから」
目も合わせず、捕まれた腕を振り払う。けれど彼女達は、そんな穂高の言葉など聞いちゃいない。
「連れー?ドコ?いないじゃーん」
「だからぁ〜、うちらと遊ぼって」
周りが見えていない女は始末に終えない。するりと自分の腕を穂高の腕に絡ませながら、ひとりが甘えた声を出した。
…ぶちっ。
何かが切れた音がした。
「馴々しく触るな。…ここはおまえの場所じゃない」
そう言い置いて乱暴に腕を振り払うと、穂高はさっさと夕夜の元へと向かった。
残された彼女たちは、相当惨めなものだった。
―――UFOキャッチャーと格闘している夕夜をすぐ発見して、穂高は歩み寄った。
「いけっ、そこだそこっ。そのままそのまま……、あーっ、なんで落とすのよっ!?この機械おかしいんじゃないの?詐欺よ詐欺」
…どうしよう。やっぱり、他人のふりをしようか。
―――と一瞬思ってしまうほど、夕夜は必死の形相でUFOキャッチャーにかじりついていた。
と、景品出口に手を突っ込んでいるではないか。
なぜそこまで?
「待て待て待て待て。おかしいだろそれは」
穂高は止めに入る。店の注目を集めたら、たまったもんじゃない。
「あ、穂高。あんたどっからわいて出たのよ?」
「ふつうにいたから。てかおまえ何してんの」
「え?…こっからなら取れるかと思って」
…いや、常識で考えて取れないだろう。
「な、なによその目?冗談だってば」
「冗談にしては表情がマジだったんだけど?」
「…じょ、冗談ったら冗談よ!ほら、いいから穂高は黙ってそこにいてッ!」
…ハイハイ、今度は逆ギレね。
いつものパターンである。
穂高は黙って見守ることにした。
二回目。…取れない。
三回目。…取れない。
四回目。…取れない。
五か…
「と、取ってやるか?」
あまりにおかしくて、笑いを噛み殺しながら穂高は聞いた。
ホントに昔から、これだけは下手だよなぁ。
「う、うるさい。体使わないもんは苦手なのよ。ボタンひとつなんて感覚的な…」
「あぁ…おまえ凶暴なうえおおざっぱだもんな?」
「ほぉーだぁーかぁー」
―――その後、引き続き格闘すること5分。
「と…取れない。なんで?」
たったガラス一枚向こうのアレに、どうしても手が届かない。
夕夜は愕然とガラスに手をつき、すっかり意気消沈していた。
「だから手伝っ…」
「だめっ!コレはあたしが取るの!」
いつもなら簡単に取ってもらうくせに、今日は頑なな夕夜を不思議に思う。
…そこまで言うならほっとこう。
と、再度黙ってみたのだけれど。
「だぁーっ、もう辞めよやめっ」
あ、キレた。
夕夜は叫びとともに、二度バンバンッ、と手を叩きつけた。…そこはちょうど、ボタンの上で。
と、次の瞬間。
ピッ。
ウィーン、ガシャン。
「あ」
「え?」
―――ボトッ。
…除くと、景品出口には大きめのくまのぬいぐるみ。
俗に言うテディベア―――などというかわいらしいものではなく、リアルな熊顔の、それはそれは禍々しい一品だった。
くわっと開いた口からは、赤い口腔が伺える。
「…良かったじゃん、取れて」
なぜこれが欲しかったのかは甚だ分からないが。
「あたしの今までの苦労って…」
「ふーん…まだ機械に200円残ってたんだな。ラッキーじゃん。あれで取るとかおまえある意味天才?」
すると夕夜はさらりと前髪を掻き分けながら。
「ふっ…まぁ、持って生まれた実力ってやつかしらね?」
「ふっ…調子いーやつ」
穂高が眉を下げてくしゃっと笑った。
「……あー?」
「…なに?」
「べつにぃ?穂高笑うと、あたしも嬉しいなぁと思って!」
今度は夕夜が屈託のない笑みでにこっと笑う。
穂高は驚いたように目を軽く見張った。無言でふい、とそっぽを向く。―――その耳は、赤い。
「あー、穂高照れてんの?」
「…………………」
「照れてるんだー」
夕夜は後ろから頬をつん、とつつく。
―――どうしようもなく、愛しい。
「…おまえいつからそんなうざキャラになったの?」
「ひっど!あたしは最初からこうですー」
「つまり最初からうざキャラだったと」
「違うっつの!」
そんなこんなでまたぎゃあぎゃあ騒ぎに発展するのだが。
「夕夜ー、穂高くーん。プリクラ撮らない?」
自分たちを呼ぶ栄理の声で振り返ると、プリクラの機械の前で、栄理と智也が手を振っていた。
「夕夜、どれにする?」
「あたしべつにモードとかフレームとかどーでもいい。四人写ってればそれで」
「…ん、まぁそれもそうね。じゃあおまかせで」
嫌がる穂高を無理矢理連れて、四人は適当な機械へと入ったのがついさっき。
栄理がタッチパネルのおまかせモードをピッと押した。
「…俺入んなきゃだ」
『だめ』
満場一致で穂高の参加が決定する。
「穂高ー、おまえこの期に及んでそれか?彼女とプリクラ写らないとかありえませんから!」
「べつにプリクラ写りたがらない男なんて、俺以外にもこの世には大勢いますから?」
「この世に大勢いても今のおまえには関係ないですからー。ね、高良さん」
「穂高。撮りやがれ」
語尾にハートマークをつけて、夕夜がにこっと笑った。
「カウントダウン始まったわよ?」
「え!!」
『いっくよ〜!』
機械音が明るく告げる。
「待って待って、穂高ほら早くっ」
「はぁ…」
『3・2・1、カシャッ』
―――結局のところ。
穂高は夕夜に、勝てないのだ。
「うへへへ」
「…不気味なんだけど」
「だって、ねぇ。楽しかっから」
―――栄理と智也と別れ、ふたりは帰路についていた。
「思い出し笑いはいいけどその声はやばい」
「何とでも言って〜」
今や気分上々。何を言われてもむかつかない。
夕夜は穂高より一歩前に出て夜道をスキップする。
穂高の嫌みなんて痛くも痒くもないんだからっ。
ほどなく家に着いて、すでに帰ってきていた絵里に迎え入れられた。
「おかえりー。穂高くん、今日の晩ご飯は麻婆豆腐よ」
「いいですね。いただきます」
「待て待てっ。ふつう先に娘のあたしに声かけるもんなんじゃないの?」
「さっ、穂高くん早くテーブルついて?」
「ありがとうございます」
「話を聞けッ」
「さぁ食べましょっ」
「あ、いただきます」
「―――家出しようかなぁ」
…夕夜がそう思ってしまうのも、無理はなかった。
自分の遅筆さと稚拙さに辟易としています…。そんなわけで更新日を決めることにしました!毎週土曜日週一で更新します☆今までより文量少なくなるかもしれませんが…頑張ります!