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第二十二話 クラスメイトVer.朔眞

 ―――午後3時。

 すぐ傍らで、すーすーと規則的な寝息をたてて夕夜は眠っていた。

(朝に比べれば楽そうだな…)

 寝汗を少しだけかいていいて前髪が額に張りついていたから、優しく起こさない程度によけてやる。

 夕夜とあの約束をした後、やっぱり寝たくないと意地を張る彼女に、絵里お手製のお粥を食べさせ、薬を飲ませた。そうしたら眠気が来たようで、わりと静かに眠りについた。意識を完全に手放す前に、夕夜が残した言葉を思い出す。

『どこにも行かないでね、あたしが起きたときここにいて』

 …やっぱり病人というものは寂しがるものなのだろうか?

『どこにも行かないから、寝ろ』

 そう返すと安心したように微笑んで、眠った。

 窓から差し込む日射しが暖かくてなんだか穂高までうつらうつらしてくる。

 どうせ今日はもう学校にも行かないのだからと、30分だけ寝ることにする。

 部屋の隅に寄ると壁に寄りかかって座り、寝る態勢をとった。不思議なもので座ったとたん眠気が襲ってきて、穂高もまたそう時間がかからない内に、規則的な寝息をたて始めた。

 部屋はゆるやかな空気で満たされていた。




(つまんないなぁ。…早く帰りたい)

 木原朔眞は頬杖をつきながら大仰にため息をついた。今はもう帰りのHRの時間で、担任が何か言っていたが朔眞は全部右から左、綺麗に聞き流していた。

 斜め後ろの席をちらっと盗み見る。本来ならばいるはずの、高良夕夜の姿がなかった。

 昨日自分がキスした少女。相当ショックだったようだから、少し心配だった。けどそこは、大丈夫だろうと思う。だって彼が―――結城穂高がいるから。

 朔眞は今朝、来た道を逆走する穂高とすれ違っていた。向こうは全く気がついていなかったけれど、あれは確かに穂高その人だった。学校に着いてみると夕夜がいない。そしてマンションへの道をひた走る穂高。

 つまり、そういうことなのだろう。あの二人はもう、うまくいく。

 確信を持ちながら朔眞はほんの一瞬、目を閉じた。(まぁ…頑張ったよね、僕)

 ポケットから生徒手帳を取り出して、挟んであった写真を取り出す。

 そこに写っていたのは、一言で言うと黒髪美人だった。目鼻だちがきりっとしていて、でも柔和な笑顔で。髪がうっすらウェーブがかっていて長さは背中ぐらいまであるだろうか。30代後半の女のひとなのだけれど、その顔は―――どこか、今朝すれ違った『彼』と似ていた。

(もう、やれることはやったよ。…一応は目標達成、かな?―――麗子さん)

 写真に心のなかで語りかける。

 そう、課せられた使命を果たすために、夕夜に手を出してまで頑張った。

 まさかあんなにボロ泣きされるとは思わなかったけれど…。

 正直、あの反応は想定外だった。普段の彼女から想像すると、間髪入れずにビンタが来ると思っていたから、泣かれるとどうすれば良いのか全く見当もつかなくて。まぁ、そのあとに人を殺しかねない勢いでフライパンが飛んできたから、やっぱりそこが夕夜が夕夜である由縁なのだろうけど。

 くすっ、と笑いがもれる。

 …僕には無理かな、あんな女の子。

「あっ、何笑ってるのー?朔眞くん」

「…ううん、なんでも?」 ―――名前も覚えていないクラスの女子だった。

 知らぬ内にHRは終わっていたようで、皆が席を立って帰り仕度をしている。

「ふーん、まぁいいけどぉ。ね、今日こそは遊んでくれる?」

 可愛らしく小首をかしげてそう尋ねる目の前の少女に、朔眞は笑顔を向けると―――夕夜いわく、胡散臭い笑顔で―――明るく。 「ごめんね、今日は無理」

 全く悪びれない態度でそう答えた。…もちろん彼女はそれで納得するはずもなく。

「嘘つきぃッ!昨日は遊んでくれるって言ったくせに」

「…ちょっと事情が変わっちゃってさ」

 朔眞は以前笑顔のまま続ける。

「何よ事情って。また高良さん絡みぃ?…『今日は』じゃなくて『今日も』遊べないくせに」

「あーまぁ……」

 痛いとこつくね、と苦笑した。

「ふんっ、そんなならどぉして最初に『彼女募集中』って言ったのよ。…私、本気にしたんだよぉ」

「ごめんね、あれも夕夜ちゃ……高良さんの気が引ければ、良かったから」

 ちょっと、口からでまかせ言ってみただけだったんだ。

 そう言って、朔眞は手に持っていた写真に目を落とした。

「バカみたい。…高良さんには、ずっと前から相手がいるのに」

 黒髪の、綺麗な顔した幼なじみ。

 彼女は唇を噛んで悔しそうに、スカートのひだをぎゅっと握り締めながら言った。

 その表情は拗ねているようにも見える。

「…それがそうじゃないんだよねぇ。―――僕にとって大事なのは、高良さんを自分の彼女にすることじゃないんだー」

 けれど朔眞は笑う。

 大事なのはそこじゃなく、全く違うことなのだと。

「…意味分かんないよぉ。じゃあ何が大事なの?どーせ教えてくれないんだろーけどさぁ…」

 むくれる彼女だったが、だからと言って自分が教えるかといったら、やっぱりNoなのだ。

 ―――朔眞の役目は、いつまでもまごまごしている夕夜と穂高を、くっつけることだった。…それは、自分にとって何者にも代えがたい『彼女』のための仕事で。

 朔眞は、持っていた写真を眺める。

 …このことを知っているのは、自分と、この役目を与えてくれた彼女だけでいいと思うから。誰にも―――もちろん夕夜と穂高の二人にも―――ことの真相を言うつもりはなかった。

 この目の前のクラスメイトなんて、論外だ。

「あははー。その通り。言う気なんてこれっぽっちも?」

 親指と人差し指でほんのちょっとすき間を作って見せて、底抜けに明るく笑い飛ばす。そんな彼を、彼女はじっと見つめた。

「…朔眞くんって、いつも笑ってるけど肝心なところで人に心許してない。…いっつも一線引いてる感じっ」

 のけ者にされてるみたいな感覚に、頬をぷくっと膨らまして彼女は言った。

 朔眞の方はといえば。

 ―――正直、驚いていた。ただのクラスメイトにそこを突かれると思っていなかったからだ。

 なるほど、ただ自分の外見だけに寄せられて色恋にハマっている子だと思っていたけれど、案外洞察力はあるのかもしれない。

「…ふーん、そうかもね?でもこれが僕だからさ。…それが嫌なら、君僕に近寄るのやめたら?」

 …彼は笑顔のまま言っているはずなのに、彼女はなぜかぞっとした。

 ハッとして、一泊遅れて言い返す。

「…やめれるなら朔眞くんが30代のおばさんの写真見てデレデレしてるの見たときにやめてるよっ」

 彼女は一息で言い切った。

「………………………………………………………」

 朔眞は唖然。

「君すごいこと言うね…」

「君じゃなくて春田るみッ。朔眞くんホントは私の名前なんて覚えてないんでしょ?」

 腰に手をあてて、仁王立ちでるみは問いつめた。

 デレデレか…。

(そんなふうに見えるんだ)

 新しい発見だ。

「あはは〜ごめん。…今覚えたから」

 彼女の名前は、今日のインパクトが強く残るだろうからきっと覚えられる。

 …それに、牽制のつもりで言ったさっきの言葉。

 ひるむかと思いきや、るみはとんでもなくまっとうな理由で朔眞に言い返してきた。

 この子面白いなぁ、と思う。

 こっちに来て初めて、夕夜と穂高以外に興味を持った人間だった。

「ほんとに覚えたぁ?」

 大きくて丸い目をくりくりさせながら、るみは朔眞を覗き込む。

「うん。春田さん」

「…やだっ。下の名前がいぃー」

「…るみちゃん?」

「そぉっ」

 彼女は満足気ににこっと笑った。

 …可愛い。なんか、こんな子もいいかもしれないなー。

 ふとそんなことを思った自分にちょっとびっくりしながら、朔眞は席を立つ。

「じゃ、るみちゃん?僕帰るからね。バイバーイ」

 手をひらひら振って帰ろうとしたのだけれど。

「あっ、待って」

「ん?なーに?」

 制服の袖をくっと引っ張られ、るみに引き止められた。

「…ひとつ、聞いてもいーい?」

「ん?どうぞ」

「…あの写真の女のひと、だぁれ?」

「…あぁ、あれ…」

 見られていたのか。本当に、洞察力とか観察力は鋭いのかもしれない。

「すっごい黒髪美人だよねぇ?…もしかして、朔眞くんのお母さん?」

 その言葉に、朔眞は目を見開いた。

「…お母さん…」

 ―――お母さん―――。

 るみには、朔眞が一瞬ピタッと止まったように見えた。

「あれぇ、違った?」

 朔眞は瞬時にいつもの笑顔に戻る。

「………………違うかな。よーく考えてみなよー。色素が、全然違うでしょ。僕は凄く薄いし、写真のひとは真っ黒。漆黒ってくらいね〜。…この人は」

 すると、朔眞は今まで見たことのない、寂しそうな笑顔になって。

「―――僕の、命の恩人なんだ―――」

 静かな声で、そう告げた。




 朔眞が帰った後の教室で、るみは一人彼のことを思ふけっていた。

 …すっごくいい顔して写真眺めてたから、親族だと思ったのになぁ。

 そんなことを思いながら顎に手をやる。

 …自分が「お母さん?」と聞いたとき、彼は「違う」と断言したけれど。

 ―――でもね朔眞くん?…お母さん?って聞いたとき、「そうだったら良かったのに」って顔、してたよ―――。

 もう見えなくなった背中を眼裏に浮かべ。…るみはなぜか、自分までが寂しいような、悲しいようなきもちになっていた。




「ああー遅くなっちゃった」

 絵里は会社から家への帰り道を、かなり急いでいた。信号は守って安全運転。でも、できるだけ早く。

「夕夜大丈夫かしら」

 熱が上がって苦しんだりしてなきゃいーけど。

 車内にかけているラジオから、8時の時報が流れる。

 途中、果物と軽食を買うためにスーパーに寄った。すぐに再び車を発進させる。

 マンションまでは、あと5分くらいで着くだろう。 今朝の夕夜の様子を思い出して、ハンドルを握りしめる。

 夕夜がいる家へとより一層急ぐため、絵里はいつもよりアクセルを少しだけ深く踏んだ。


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