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第十九話 告白

 学校から家まで、歩いて15分。走って10分。

 その距離を、穂高はこれまでの最高記録を打ち出して7分で完走した。

 エレベーターを待つのももどかしい。

 やっとの思いで夕夜のいる704の扉の前にたどり着くと、急いで鞄から合鍵を探す。

「あった」

 以前、『何かあったときの為に』と絵里に渡されたものだ。

 穂高はそれを取り出すと、鍵穴に差した。

 ガチャン、と音がして玄関の扉は開いた―――。




 夢を、見ていた。

(俺もうおまえに付き合ってらんない)

 ―――穂高?

(意地張ってばっかのおまえより、こいつのほうが素直で可愛いよ)

 ―――なに、言ってるの?

(行こう)

 問いかける夕夜を無視して、穂高は隣にいる女の子の肩を抱く。

 それは、いつか見た穂高に調理実習のクッキーをあげに来ていた、女の子の中のひとりだった。

 ―――そんな、待ってよ。…あたしはどうなるの?

(木原朔眞と仲良くな)

 ―――穂高……!!

「置いてかないでよ、穂高―――!!!」

「…ここにいる」

 えっ…?

「置いてってなんかない」

 寝言だったはずの叫びに対して、返事があった。

 置いていかないでと上に伸ばした手が、誰かにそっと握られている。

 …すごくすごく、温かい手。

 あたしはこの手を、知っている―――。

 ゆっくりと瞼を開ける。

 そこにいたのは、予想していたとおりの人物で。

「穂高…」

「…ん?」

 いつになく優しく笑うから、夕夜は胸がきゅうっと締めつけられる。

「なにおまえ。泣いてたの」

 言葉と共に、空いている方の手で目尻に溜まっていた涙を親指で優しく拭う。

「………っ」

 ドキドキして、心地よい緊張感とあまい空気が流れた。

 けれどすぐに、昨日朔眞にされたことが脳裏をかすめて、夕夜は反射的に繋がれた手を振り払っていた。

「…夕夜?」

 穂高は驚いた顔をしている。

「…ごめん」

 でも。どうしてもそばに来られると唇が気になって仕方なくて、後ろ暗い。

 …実は穂高に気づかれてるんじゃないだろうか?とか、いろんな思いが頭を巡る。

 ベッドから上半身だけを起こして、夕夜は無意識に袖口でゴシゴシと唇を拭っていた。

「な、何でもないから」

「あのな。何でもなくはないだろ。…風邪引いてたんだな」

 そう言うと穂高はゆっくり夕夜の頬に手を寄せて、優しく触れる。

「あつい」

「……ッ」

 息が止まるかと思う。

 そのまま撫でられるものだから、硬直して動けない。

「夕夜」

 名前を呼ばれただけで動悸がおきて、胸が締めつけられて、泣きたくなった。

 あぁ、やっぱりあたしは…。

 対穂高限定の…病に陥ってしまったんだな。

「―――っ」

 ふいに、さっきの夢を思い出す。

 あんなふうに他の女の子と一緒の穂高は見たくない。こんなふうに優しいのはあたしにだけでいい。

 ―――そばにいて。

「うっ…」

 止まっていた涙がまたあふれだした。

「ふぇ〜」

 最近涙腺が弱いと思う。

「は!?夕夜!?」

 突然泣き出す夕夜に穂高は訳が分からなかった。

「どうしたんだよ?」

「苦しい〜」

 子どものように泣きじゃくりながら夕夜は言った。

「は?」

「苦しいんだよー」

「苦しい?熱のせいじゃないくて?」

「違うバカ…そんな簡単なもんじゃない。あ、あんたのせいなんだからねッ」

 夕夜は泣きながらもキッ、と強気に顔を上げた。

「あんたがっ…あんたがあの夜あたしに変なことするからッ!あの時からあたしおかしいの…」

 ベッドから降りて穂高の目の前に座り込む。

「なんなの?…あんたの顔見ただけで脈拍そろわないんだからっ!い、息だってうまくできないしッ。そ、それに、あんたのとなりにあたし以外の女の子がいるのがすごくいや」

 握りこぶしを作ってドン、と穂高の胸をたたく。

 ボロボロと零れる涙が穂高の膝のうえに落ちて、ズボンにいくつも丸い染みを作っていった。

 穂高は何も言わない。

 ―――ただ。

 驚きに見開いているだけだった目を一瞬だけ和ませて、

「せ、責任とれっ」

 そう言った夕夜をやわらかく、それでいてつよく抱きしめた。

「え、何っ、ちょ…ッ」

 事態を飲み込めない夕夜はひとりあたふたとする。

 涙なんか今のできれいさっぱり引っこんだ。

 そんな夕夜に穂高はゆっくりと顔をちかづけた。

 至近距離すぎて、軽く上目遣いでないと夕夜に視線を合わせられない。

「ひぇ!?」

 間近で見る穂高の整った顔に、夕夜は胸の高鳴りを押さえられない。

「あ、あの、穂高?」

「なんだ…。俺もおまえも同じじゃん」

「へっ?」

 なぁ夕夜、と穂高は名前を呼ぶと、

「キスしてもいい?」

 小さい声でそう言って、「ぇ」

 夕夜が返事をする前に、その唇を自分の唇でふさいだ。

「ん…っ」

 触れるだけのキス。それなのに、なんでかそれはすごくあまかった。

 角度を変えて、何度も、何度も口づける。

「ふぁ…」

 夕夜が苦しそうに声を上げても、やめることをしなかった。

「……っ」

 とけてしまいそうだ、と夕夜は思う。

 不思議。

 …朔眞相手だとあんなに気持ち悪くて、いやだったのに。

 穂高だと全然いやじゃない。むしろ、その逆。

 もっとしてほしいとさえ思う。

 …完全に力が抜けてしまった夕夜を見て、穂高はやっと彼女を解放する。

「悪い。やりすぎた」

 熱があることを忘れていた。

「…謝るくらいなら最初からしないでよ」

 ぐったりと穂高の胸に完全にもたれた状態で、夕夜は言い返す。つっけんどんな物言いは、恥ずかしさから。

「はは。こんなことならもっと前に言えばよかった」

 珍しく声を上げて笑って、穂高は明るく言った。

「何を?」

 きょとんとしている夕夜の頬をつまんで引っ張る。

「なにすんのよいたいじゃない」

「…一度しか言わないからちゃんと聞けよ?」

「はぃ?」

 まだとろんとした目の夕夜の耳に口を寄せると、穂高はとびっきり色気のある優しい声音で、たった一言。

「好きだ」

 ―――そう、呟いた。


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