第一話 変わらない日常
「いってきま〜す」
「気をつけてね、夕夜」
うん、と返事をすると、夕夜と呼ばれた少女はカチャ、とドアを開けた。
「あ」
「げ」
声を発したのは2人の人間。1人は夕夜、もう1人は――……
「『げ』って何よ、穂高」 夕夜は穂高をじとっ、と睨めあげる。
そう、この2人は、あのときの赤ちゃんだ。
「別になにも…」
視線をそらして歩きだす。それを夕夜は追う。
「なんなの朝から」「だからなンもねーって」 朝っぱらから言い合う2人が住んでいるのは7階。街を見下ろしながらマンションの廊下を並んで歩く。 普通なら男の穂高の方が速いはずだ。
さりげなく、夕夜に合わせてくれている。
…穂高ってふだん意地悪だけど、こーゆートコあるから嫌いになれない。
斜め下からちらっ、と穂高を盗み見る。
カッコイイ。
「何見てんだよ。見物料とるぞ」
・・・・
…顔だけはね!
「フンッ」
ずだっ、と足を思い切り踏んづけて。
「てっめ…」
待てコラ、という制止の声を振り切って、夕夜は学校へと駆け出した。
「ぅわっ」
「おまえ俺から逃げ切れると思ってんの?」
走りだして約200メートル。夕夜はあっさりと穂高に捕まった。
「……………………」
そりゃあ、思ってるワケないけど。
―――でもここで認めるのも悔しい。
「強情なやつ」
穂高が捕んでいた首根っこを離すと、また2人で並んで歩きだす。
ふと、今度は穂高が夕夜を見下ろした。
―――にしてもコイツ、ほんとちっちぇな………………―あ。
意外にまつげ長ぇ。
―――思わずじっと見入る。
「何見てんの?見物料とるわよ」
・・
…黙っていれば少しは可愛いものを。
心のなかで悪態をつく。 ―――少し空気がピリピリし始めるが、夕夜がそれを破って話しだす。
おずおずと、伏し目がちに顔をあげて。
「あのさぁ…あたし…」
――キーンコーンカーンコーン――
学校の予鈴だ。
「おまえのせいで遅刻だっつーの」
ほら、と穂高は夕夜の手を握って走りだす。
「何であたしのせいなのよ…」
そう言った夕夜の瞳が揺れていたことに、穂高が気づくことはなかった。
教室に着いた夕夜は、後ろの席に座る栄理の元へ近づいた。
栄理は、中学校からの友達だ。
「あ、おはよ夕夜。…どした?」
「栄理…」
今にも泣きだしそうな表情で栄理の名前を呟く夕夜に異変を感じ、「ここ、座って」と自分の隣に座らせる。
「何があったか言って」 「…あのさ」
そう言って話し始めた夕夜の言葉に、栄理は開いた口が塞がらなかった。