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第十四話 穂高のきもち

 ―――ケンカしてから、5日が過ぎた。未だに二人は、仲直りしていない。

「…また今日も一人で登校?ほ・だ・か・く・んッ」

「…大野。―――ほっとけよ」

 朝、時間もまだ早く人のいない玄関。

 穂高の(自称)友達、大野智也は一人で靴をはきかえていた穂高に声をかけた。

 ちなみに、前に夕夜が昼休み穂高の教室を覗きに行ったとき、穂高に話しかけていたのも大野智也である。…結局夕夜は彼の名前を思い出せなかったのだが。

「なーんか違和感あるんだよなぁ。穂高と高良さんが一緒じゃないと」

 揃って教室に向かっているとき、智也が独り言のように言った。

「…違和感?」

「あぁ。―――ちょこまか動いてる高良さんを、穂高が問答無用に連れてくる。くーっ、これなんだよなぁ俺的朝の風景は!それ見ると、あぁ…今日も1日始まるんだなぁって思うよ」

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 聞き返さなきゃよかったと、穂高は心底後悔した。

 智也を置いてきぼりにしてスタスタと先を歩く。

「無視!?無視ですか、へー。じゃあその登校のときに、教室では絶対見せないようなふにゃふにゃした表情するの、どこのどいつだろうな?」

「は!?」

 これには穂高も黙っていられなかった。

「ふにゃふにゃって何だよ?」

「ふにゃふにゃしてんじゃねーか!」

 おまえ自分鏡で見てみろよ!!と智也は叫ぶ。

 …登校途中に自分を鏡で見るなんてふつうしない。してたら、余程のナルシストだと穂高は思う。

「見るわけないだろアホ」

 言うだけ言って穂高は自分の席に着いた。

 アホ扱いかよ?

 意気消沈の智也だが。

「後から俺の言ってることがホントだったって、よく分かるよ」

 穂高には聞こえないように、確信を持った声でそう言った。




 数学の時間。

 窓から見える校庭で、夕夜のクラスが体育をしていた。

 …そういえばこの時間、体育だったな夕夜。

 目線だけで走る夕夜を追う。

「あいつとこんなに長いあいだ話さなかったの、初めてかもしれないな…」

 小さな小さな声で呟く。

 …そう、夕夜と話さなかった日なんて一度もない。

 どんなに会話が少ない日でも、最低2回以上は絶対話す。全く話さないのは…今日で6日目。

 …話さないようにしてるのは自分なのだけれども。

 それなのに、何か物足りないような、淋しいようなこの感じ。

「俺も、大抵バカか…」

 人のこと言えないな、と穂高は自嘲気味に笑った。



 そうして今日もまた一日が過ぎ。

 穂高は、家路についていた。もちろん、一人きりでだ。

 マンションに着いて、ガチャッと扉を開ける。今日は途中寄り道をしてきたものだから、もうとっくに晩ご飯の時間になっていた。

「…ひとりで飯、か」

 静まり返ったリビングで、誰に向けるでもなく呟く。

 ―――夕夜とは今、距離を置いている。

 …夕食に呼ばれないなんて、当たり前のことなのに。

 …一人でご飯を食べるのも、そう珍しいことでもないのに。

「…っ!」

 穂高は、二人掛けのソファーにドカッと身を沈めた。

「何なんだよ、この苛々…っ」

 そう。…思えば、このモヤモヤとしていて、苛々する感情がはっきりと自分の目に見えて表れるようになったのは、あいつが現われてからだ。

 あの、転校生。

「木原朔眞…」

 何かといえば、夕夜に近づいて。

 何かといえば、夕夜にベタベタする。

 いきなり現れて簡単に夕夜と打ち解けて。

「は……。今じゃもう、家に行く仲だもんな」

 穂高は、昨日偶然目撃した夕夜の姿を思い出していた。

 別に、見たくて見たわけじゃなかった。

 …ただ偶然、コンビニに行った帰りに見てしまっただけで。

「朔眞来たよ、開けて、って…初めて行く奴の台詞か?」

 泣き笑いのような表情で穂高は言った。

「…ふざけんな」

 じゃあ、俺のこの16年間は何だったんだ?

 会って一週間ちょっとの奴に、あっさり取って代わられるような、そんな薄くて、簡単なものだったのか?

 考えれば考えるほど、苛々は募るばかりで。

 どうしてこんなに悩んでしまうのかなんて、さすがにここまでくれば見当もつく。

「…俺は、夕夜が好きだ」

 そんなことは、とっくに気づいてた。

 ただ、認めていなかっただけで。

 …いつからだったかなんてわからない。

 中学生の頃から?

 小学生の頃から?

 幼稚園の頃から?

 …もしかしたら、生まれたその瞬間からかもしれない。

 夕夜のことを想うきもちは、きっとずっと、昔からあって。

 ―――ただそれは、自分にとっては当たり前すぎる感情で…だから、この16年間気づけなかったんだと穂高は思う。

 だけど、あの日。

 あの、夕夜が自分の家に泊まったあの夜。

 ―――あの時から、自分の中の夕夜に対する感情に火がついた、と穂高は思う。

「そもそも、あいつが人のベッドで寝るのが悪いんだ」

 頬杖をつきながら、あの時の夕夜の姿を思い出す。

 脚なんか出して寝てんじゃねーよ、と少し赤い顔で呟いた。

 …ふと、脳裏に最期自分を引き止めたときの夕夜の顔が浮かんだ。

 弱々しく伸ばされた手に、か細い声。今にも泣きそうなくらい瞳いっぱいに涙を溜めて。

 …「穂高」と夕夜は呼んだのに。朔眞じゃなくて自分を呼んだのに。

「ごめん、夕夜」

 拳を握り締めて穂高は決意する。

 ―――もう、木原朔眞なんか関係ない。

 自分は、夕夜が好き。

 …大切なのは、それだけだ。

 穂高は勢いよく立ち上がると、玄関をくぐり、隣にいるはずの夕夜の元へと向かった。




 インターホンを鳴らすと、出てきたのは夕夜ではなく絵里だった。

「あの、夕夜は」

「あら、穂高くん。えーと…夕夜?」

「はい。…いますか?」

「あ、えーとねぇ…」

 一瞬、ちらっと視線をずらしたあと、絵里はためらいがちに言葉を続ける。

「夕夜、今いないの」

 いない?

「じゃあ、どこに…」

 穂高の疑問に対して、絵里はふわりと笑うと。

「木原、朔眞くんだっけ?…この時間はあの子のとこに、―――つまり隣に行ってるわ」

 穂高はガツン、と頭を殴られたような気がした。

 木原…また?

 しかもこの時間は、って言い回しを聞いたかぎり、毎晩行っているふうな口ぶりだ。

 …一体、いつから?

 穂高は自分の表情が険しくなるのを感じていた。

「…すみません、また来ます」

 再び自分の家に入って、穂高は重いため息をつく。「…んで、いないんだよ」

 せっかく、謝ろうとしたのに。

 しかも、行き先は。

「木原かよ…」

 ―――それでも。

 夕夜を突き放す気になんてなれない自分はすでに、重症なのだろう。

 このきもちを知らなかった頃の自分にはもう、戻れない。

 ―――戻りたくもない。

 …少し変化が起きた今の自分も、嫌いじゃないな。

 穂高は不思議と、静かなきもちだった。

 ガキの頃から一緒だった夕夜を、いつのまにか「女」として見てた。

「…それもそれで面白いしな」

 ―――たとえ夕夜がどんな理由で木原朔眞の家に行ってたとしても…今度はちゃんと、最後まであいつの話を聞こう。

 そして、夕夜にこのきもちも伝える。

 そう心に決めて、その夜穂高は眠りについたのだった。


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