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第十一話 おまえは別

 と、いうわけで昼休み。

「なぁーんでわざわざあたしが…」

 口をブスッ、ととんがらかして夕夜は悪態をついた。

 朝、栄理が言ったとおり2人は穂高のクラスへ来ていた。

 栄理いわく、『偵察』。

「もぉ〜…昼休みにまで穂高の顔なんて見たくない」

 そんなこと言いながら視線が追うのは他の誰でもない、結城穂高。夕夜の幼なじみ。

 …だってだって、これは無意識にっていうかクセっていうか。

 『無意識に』姿を追うことが、どういう『意味』をもっているのか、どういうことを表しているのか。

 夕夜は気づいてない。

 ―――2人は扉の影に隠れて穂高の様子を伺っていた。

 すると、

「ほーだかッ。またおまえに客だよ〜ん」

「…ほっとけよ」

 ダルそうに机に腰かける穂高に、明るい髪の色をした男子生徒が近寄った。

「あ、あれ確かあれだ」

「…あれってどれよ」

「うーんと、うーんと…」

 名前が喉まで出かかっているのに分からない。

 話しかけんなオーラにもめげず崩れた態度で言葉を投げ掛けるあの勇者。

「…あ!」

 思い出した、ような気がした。

 けれど。

「結城くーんッ」

 その思考は、背後から聞こえる可愛らしい少女達の声によって打ち砕かれる。 ―――は?結城くん?…誰よアンタら。

 ぐるっと後ろを振り返る。

「夕夜、眉間にしわ」

「…………………フンッ」

 とりあえずこの女の子達が穂高に来た客ならば、穂高はこちらに来るはずだ。

 依然目つきが悪いままの夕夜を半ば引きずるようにして、栄理は穂高から隠れるように教室の扉から離れた。

「なぁ穂高ぁー、せっかく教室まで来てくれてんだから行ったげろよー。5・6歩の距離だろー?」

「…やだ。めんどい。俺が行く義理なんて無い。つーか、なんならおまえが行ってやれば?」

「俺が行ったって意味ないだろー!!あのコ達ははおまえに用があって」

「ちっ、うるさいな。分かったよ…行けばいーんだろ行けば」

 ガタン、と相変わらずダルそぉーに嫌そぉーに、穂高は立ち上がると、入り口に立って今か今かと待っている女子達に近づいた。

「…なに?」

「キャーッ!ほらっあんたから行きなさいよっ」

「やだぁキミちゃんいきなよぉ」

「え!?何で私ッ」

 ひそひそ声で彼女達は誰が先に行くか、トップバッターのなすりつけ合いをしていた。

 夕夜と栄理はその様子を息を潜めて見つめている。 …キャーキャーキャーキャーうるさいわね。アンタらそれしか脳がないわけ?

大体穂高もそんなに嫌そうにしてるくらいなら最初からこっちにくんなっての。あっ!!あいつらお菓子なんか渡してる!!!

「―――穂高!!!!!」

 あーあ…バカ夕夜。

 傍観者に徹することに決めて、栄理は遠巻きにその様子を見ていた。

 本音はこうだ。

 ―――巻き込まれたくない。

「え?夕夜?…なんでここに」

 無論、穂高はここにいるはずのない人物の登場に目を丸くする。

「…っ、あんたがお菓子なんか渡されてるからッ」

「は?お菓子?」

 いきなり出てきて何を言ってんの、こいつは…。

「えー、てかこの子誰ぇ?邪魔なんだけどぉ」

 …は?邪魔なのはどっちよ。

「しかも結城くんのこと呼び捨てだし〜」

 当たり前でしょ。幼なじみなんだから。

「つか、消えて?」

 消えるのはてめぇらだ。 そう言おうとして。

「―――はぁ」

「ひゃっ!?」

 気がつけばぽすん、と穂高の胸に背中を預けさせられていた。

 つまり、穂高が後ろから抱きしめているような格好に近い。

 う、わ……ッ。

 近い―――。

 振り向くこともできず、硬直したままの夕夜の肩に手を置いて。

「あのさぁ…まだよく分かってないみたいだから言うけど」

 穂高―――?

「俺そういうのいらないって前から言ってる。…消えるのはどっちだよ」

「…………ッッ」

 彼女たちの顔が歪んだ。

 夕夜の顔は驚きに満ちていた。

 ひぇ〜穂高くんキッツ…ッ。

 心中栄理は思った。

「ほらー、私の言ったとおりだった…」

 あの穂高くんがみんなにまともに接するわけがない。

「そういうわけだからこれもいらない」

 そう言うと淡々と彼女たちが調理実習で作ったであろう、可愛くラッピングされた(おそらく)クッキーを、トンと胸に突き返す。

「そんな…」

 ひどい!!

 ―――泣きそうな顔をして、彼女たち3人は走り去っていった。

「…………………………………………………………………………………穂高」

「ん?」

 くるっと体ごと振り返って、夕夜は何を思ったのか無言でズイッ、と拳を突き出した。

「なに…―――」

「手!!」

「は」

「手!!!」

「???」

 ゆっくりと差し出した手のひらにポトンと落とされたのは。

「あめ…―――?」

「そーよ。あげる」

「いきなり何…―――」

「いいから!!」

「?…ありがとう」

 戸惑いながらも穂高は飴を受け取った。

 そう、『受け取った』のだ。

「何よ…受け取るんじゃない」

 ―――夕夜は、笑った。

 心底嬉しそうな顔で。

 安心したような顔で。

 …少し、泣きそうな顔で。

「―――っ」

 それを見たとき、穂高はなぜか無性に夕夜が愛しく思えて、思わず抱きしめたくなった。

 けどそれは、公衆の面前だし、何より抑えられなくなりそうなのでやめた。

「当たり前だろ…おまえは別。あんなどーでもいいやつらなんかと同じだとでも思ったわけ?」

「………穂高………?別ってどーゆぅ」

「そ、れは………―――」

 ―――空気が、止まった気がした。

 穂高―――?

「はいーそこまで!道の真ん中で2人の世界作らないでねー」

「高橋さん…」

「2人の世界なんか作ってない!!!」

 顔を赤くして叫んでも説得力ないってば。

「とにかく昼休みもう終わるから。穂高くんバイバイ。ほら、夕夜いくよ」

 ぐいぐい引っ張って廊下を行く。

「あ、あぁ。また後で」

「はーい。ほら、夕夜っ」

 ―――自分たちの教室に向かいながら栄理は本当に呆れ半分にため息をついた。

「はぁーーーーーーー」

 分からない…ほんとに分からない。

 ここまでお互い分かりやすくて、どうしてくっつかないの!?

 今世紀最大の謎である。 もう!もう!!もう……!!!

「…栄理?何怒ってるの?」

「何怒ってるの!?そんなの決まってんでしょ!!アンタたちがあんまりにも…!!」

 くっつくのが遅いから! ―――そう、言おうとして。

 結局、栄理は言うのをやめた。

「な、なに?」

「…いい。なんでもない」

 どうしたってこれは当人同士の問題だ。部外者が首を突っ込んでよけいややこしくなるのは避けたいし、何より栄理は夕夜と穂高には、自分たちだけの力でうまくいってほしかった。

 そうこうしているうちに教室について、2人はそれぞれ席に着く。

 ―――て、ゆうか?

「穂高って、本当に知らない子には冷たかったんだ…」

 衝撃の事実…!

 しかも、『あたしは別』って。

「……………………………………………へへ」

 な、なんか顔がゆるむ。 穂高が実は他の女子には冷たくて、あたしのこと『おまえは別』って。

 そんなことが、異常に嬉しい。

 どうしようもなくにやけてしまう顔を抑えて、ふと気が付けば、斜め前から視線を感じた。

 そこにいたのは、木原朔眞。彼は目が合うと、ニコッと笑ってひらひらと手を振ってきた。

 うわ…。いやな奴と目ぇ合っちゃった。

 せっかくいい気分だったのに。

 手を振り返すことなく視線を逸らした夕夜だが、あれ?と思う。

 ―――今日のあいついやに静かじゃない?

 昨日は、あんなに絡まれたのに…。

 そしてまた、悪寒が背中を走る。

 嵐の前の静けさ…?

「ま、まさかね」

 気のせい気のせい、と自身に言い聞かせて、夕夜は5時間目の授業を受けるための準備を始めるのだった。


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