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第十話 寝坊と追及

「ふぅ〜…もういいよ」

 あの後―――夕夜が玄関から飛び出して戻ってきた後―――、夕夜は家から持ってきたらしい救急箱で、それは素早く、てきぱきと朔眞に応急措置をしていった。随分と手慣れた感じで、朔眞はちょっとだけ尋ねてみたくなった。

「…ありがとう。でも、どうして?」

「…何が?」

 使った器具を片付けながら、夕夜は声だけで答えた。

「なんで手当てしてくれたの?…あのまま家に帰っちゃえば良かったのに」

 そうすれば、あんなに嫌がっていた自分から逃げられたはずなのに。

「そっか…そうよね!あぁー!!」

 気づかなかったぁ!!

 あたしのバカぁ!!

 本当に、悔しそうに頭を抱えて夕夜は唸った。

「……………………」

 そこまで悔しがられると、逆にむかつくなぁ。

「でも」

「?」

「ケガしてる人ほっとくなんて、人として間違ってる」

 そうでしょ?

 何も不思議なことなどない、とうように朔眞を見据えて言った。

「…………………それが理由?」

「そうよ」

 他に何かある?

「…うん、いや…そうだね…。うん、そうだ」

 妙に納得したようにひとつコクン、とうなずくと、「後もう一つ聞きたいことがあるんだけど」と、おもむろに話を切り出した。

「いーよ。何?」

 この際、何にでも答えてやる。

「うん、あのさぁ…」

「ん?」

「どうして手当てあんなに手慣れてるわけ」

「てなれ…あぁ」

 一瞬視線をずらして、何のことか分かったのだろう。

「なんだ、そんなこと。それは…」

 穂高が暴れん坊将軍だったからよ。

「暴れん坊将軍!?」

 朔眞は耳を疑った。

「そう。小さい頃のあいつは、本当に元気な風の子でさ〜。ケガするたびあたしが手当てしてあげてたの。だから自然にこうなっちゃったんだと思う」

 そう言って懐かしむように薄く微笑む夕夜。

 まぁ…驚くのも無理はないだろう。

 暴れん坊将軍なんて、今の穂高には全く似つかわしくないのだから。

「だってあんなスカして…ゴホン、違った。…クールな穂高くんが?」

「スカ……!!ブフッ」

 口を押さえて夕夜は思い切り吹いた。

「穂高のこと、スカしてるなんてはっきり言った奴初めて見た!!そうそう、クールぶってんだよねぇ穂高!いいよ遠慮しないでスカしてるって言って!!あははッ」

 そう言うと思い切り腹を抱えて笑う。

 …ついでに、バンバンと朔眞の背中を叩くものだから、彼は痛くて仕方ない。

 ―――けれど、そんなことよりも朔眞は思う。

「なんか…いいね」

「…っ、えっ?」

 まだ笑いの余韻があるのか、目尻に溜まった涙を拭きながら夕夜は聞き返した。

「君の笑顔、初めて見たけど…いいね」

「っ、はぁ!?」

「今まで怒った顔しか見たことなかったから」

 そう言うとまじまじと夕夜の顔を覗き込んでくる。「そっ、それはあんたがいつも怒らせるようなことしかしないからでしょ!?」

「朔眞」

「…くっ。…さ、朔眞が怒らせるようなことしかしないからでしょ!?」

「そうかなぁ」

「そうよ」

「じゃあ、今度からもっと笑顔が見れるように努力してみようかな?」

「…しなくていいわよ、そんなこと」

 …なんでだろう。

 ―――あんなに、嫌だ嫌だと思っていた奴が。

 今は、そんなに嫌じゃない―――?

 悪い奴でもないのかな…と夕夜は思った。

「じゃ、そろそろ本当に行くから」

「うん…また明日ね。ケガの手当てありがと」

 今度はあっさりと夕夜が帰ることを承諾し、ひらひらと手を振る。

 明日もこなきゃいけないのか…。

 これから毎晩こんなやりとりが行われるのかと思うと、気が遠くなる。

 夕夜は深い深いため息をつきながら、朔眞宅を後にするのだった。

 

 

 

 次の日、いつものように学校へ行くため、これもいつものように穂高の家を訪ねた。

「おはよう」

「……………ん」

「…おはよう?」

「あぁ」

「お・は・よ・う!」

「―――耳を引っ張るな耳を!」

 ベッドから上体を起こして穂高は叫んだ。

 現在地、穂高の家。

 夕夜は穂高を起こしにきていた。

「あんたが返事しないからでしょ。うん、とかあぁ、は挨拶返したうちに入らない!」

 そう言うと人差し指をびしっ、と突き付けた。

「…はいはい」

「じゃなくて、挨拶!ほら返す!」

「………おはよう」

「ん、おはよう」

 夕夜は満足げににこっと笑って。

「ていうか、どうしたの?穂高が寝坊なんて珍しい。あたし、穂高のこと起こしに来たのなんて小学生以来じゃない?」

「俺がお前のこと起こしにいくのはしょっちゅうだけどな」

「…だまらっしゃい。それより、なんで寝坊したのさ」

 あ、こいつ今話逸らしたな。

 そう思いながらもあえて指摘はせず、ベッドからおりて身仕度しながら穂高は答えた。

「別に…理由なんて」

 そう言って目を逸らしたのを夕夜は見逃さなかった。

「うそ。穂高うそついてるでしょ」

「は?…何を根拠に」

「根拠?…あんた、幼なじみなめてんじゃないわよ。自分で気づいてないならあたしが言ってあげるわ!」 ふふん、してやったり。というような表情を浮かべて穂高を見下す。

「あんたはねぇ、都合悪い時とかうそついてる時とかは右に視線そらすくせがあんのよ!」

「………それほんと?」

 大抵無表情な穂高が珍しく驚いた顔をする。

「ほんともほんと!」

 偉そうに腰に手を当て仁王立ちする夕夜だが、穂高はそれを相手にしない。

「…そーですか。―――部屋出てってくんない?」

「なっ…」

 噛みつこうとした夕夜にずばりと穂高。

「着替え見たいの?」

「出ていきます」

 ―――即答である。

「でもねぇ。後で曝くから」

「は?なにを」

「あんたの嘘をよ!」

 全く諦めの悪い奴…。

 蔑みの目で見るが夕夜はそれに気づいていない。

「んっとにアホ…」

「何か言った!?」

「いいや何も。それより…」

 ワイシャツのボタンをかける手を止めて。

「ふ、ゎッ!?」

 夕夜をどんっ、とベッドの上へ押しやった。

「ななななな何すッ…ぅわ!!あんた何で上に乗ってんのよーッッ」

 体が硬直する。頭がパニックになる。

「…別にさぁ…何で珍しくこの俺が寝坊したのかなんて、理由くらいいくらでも教えてやるよ?」

 はだけたワイシャツから見えるその体が、艶めかしい。

「けどな…、だったら俺も教えてもらおうじゃないか」

「な、何を…」

 夕夜の顔の横に肘をつき。

 やだ、やだ、それ以上寄ってこないで。

「何を?………おまえの隠しごとをだよ」

「………っ」

「目、逸らすな。おまえが言ったんだろ」

 何で?何でばれてんのよ。

 穂高に隠してることがあるって。

「夕夜」 

 ぐいっ、と顎をつかまれる。

 視線を合わされる。

「夕夜」

 穂高がもう一度名前を呼んだ。

 ―――もう、目なんて合わせてられない。

 鼻と鼻とが触れてしまいそうなこの距離で。

 どんな顔したらいいの?

 胸が苦しくて泣きたくて。

「いってぇ!!」

 気づけば夕夜は逃げ出していた。

  

 

 

「で?穂高くんの金たま蹴って逃げてきたってわけ」

「きっ…もうちょっと包んだ言い方を」

「じゃー股間?」

「………なんでもない」

 所変わり、学校。

 夕夜は栄理に今朝起こったことを全て―――と言っても押し倒されて隠し事をはけ、と言われただけなのだが―――話した。

 夕夜にとっちゃあそれだけでも一大事だ。

 しかも相手はあの穂高。

 ………あの穂高?

 ―――たかが穂高よ!  自分に言い聞かせるように、強く言い直した。

 というわけで芋づる式にずるずると、今まであったことも話した夕夜である。もちろん以前穂高にされた“イタズラ”のことだって、そうだ。

 …栄理には、「なんでその時に言わなかったのよ!!」とはたかれたが。

 あの時の夕夜には、まだ人に話す余裕などなかったのだ。

「…そんなことより栄理!今あたしに差し迫ってる問題は、違うことなの!」

「そんなことってあんた」「…ま、まず目先の問題でしょう!」

「目先の…って?」

「今日の帰り!」

「帰り…どうかした」

「…穂高が迎えにくるじゃん」

「そんなのいつものこと…」

「じゃないの今回は!」

 バンッ、と机に思い切り平手打ちをする。

 それぞれの机に点在するクラスメートたちが、何人か振り返った。

「あ…。つまり」

 少し控えめに耳打ちするように顔を寄せる。

「今日の朝、穂高置いてきちゃったじゃん?それだけでもヤバいのに…さらに」

「金たま蹴っちゃったから?」

「…はははーそう金たま蹴っちゃったから」

 もうどうでもよくなっている夕夜である。

「だから?」

「か、帰りの制裁が怖くて……!!」

 ガタガタと擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで震えている。

「大丈夫でしょー?穂高くん夕夜には優しいんだから」

「何?何だって栄理?」

「穂高くん夕夜には優しいから」

「…はいー???」

「穂高くん夕夜には優し」

「ストーップ!!!」

「なによ」 

「栄理…なんか勘違いしてない?」

「どこが」

「全てよ全て!穂高があたしには優しい?むしろ逆でしょ。穂高はねぇ…あたしには厳しいのよ!!」

 …駄目だこの娘は…。

 分かっちゃいない。

 栄理は額に手を当てて天を仰ぐ。

 穂高がどれだけ、夕夜のことを思ってるか。

 穂高がどれほど、他の女子には冷たいか。

 …夕夜は、気づいてない。

 ―――それこそ、私だってただ単に夕夜と仲が良いから話してくれるだけ。お情けのようなものなのに。「じゃあ…そこまで言うなら確かめにいこうか?」

「え」

 すっとんきょうな声をあげる夕夜に構わず栄理は話を続ける。

「本当に、穂高くんが“夕夜にだけ厳しい”のか」

「……………………」

「そうだって言ったのは夕夜でしょ?」

「そうだけど……、確かめにいくってどうやって」

「そんなの簡単よ!昼休み穂高くん偵察に行けば一発!!」

 高らかに拳を突き上げて、栄理は宣言したものだった。


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