婚約していました
渡された書類をそのまま床に叩きつけ、わたしはヒステリック気味に怒鳴りつけた。
「勝手に婚約だなんて有り得ないわ! わたし、絶対に認めません!」
「アリシアは本当にいい子なんだから、いつかきっと素敵な人が現れるよ」
わたしの初恋は、その言葉とともに見事に崩れ去った。そしてそれと同時に、もう二度と恋なんてするものかと心に誓った。いい子だの、素敵な人が現れるだの、自分が十歳以上年下の子供と一緒にいて好きな相手に変な勘違いをされたくないからと、てきとうに嘘を言って逃げられた。好きな人がいるから無理なんだと本当のことを言えばいいのに。幼いながらにそう思った。それ以来、わたしからしてみれば他人なんて自分勝手で、都合のいい道だけを選び続ける、取るに足らないものにしか思えなくなった。無論、わたし自身もそういう振る舞いをして、自分にとって楽なように生きてきた。だから毎日楽しくて、悩みなんてものも全くなかった。
なのに、それなのに。
父はまた余計なことをしてくれたものだ。わたしは勝手に婚約させられていて、数日後にパーティーで顔を合わせるから準備しろだなんて言い出した。多分土壇場になってわたしが破談にできないように、たくさんの偉い人の前で婚約発表をするつもりだろう。なんて意地の悪い。
でもわたしにだって自分というものがある。たとえ偉い人がいようと、わたしの気持ちを殺してまで望まない婚約発表を迎える義理はない。どうにかして破談にしてやろう。そうしたら父もきっと諦めてくれるはずだ。
わたしはそれからパーティーまでの数日間、部屋にこもって破談にする方法を出来うる限り考え続けた。