第1話 顔で選んだ執事さん
「この人がいい!」
机の上に置かれた沢山の履歴書の中から、即答で選んで父に渡す。
高校への入学を控えた私は、父から付き人をつけることを提案されていた。
高校生になれば、これまでより一人で外出する機会も増える。そこで、私専属の付き人を雇うことになったのだ。
父は少し困ったような表情を浮かべる。ここまで早く決めるとは思っていなかったのだろう。
「えっと、詩乃、どうしてこの人がいいんだ?」
正直に言えば、理由は「かっこいいから!」の一言に尽きる。
だが、流石にその答えが適切でないことくらい分かる。
「家にいるお手伝いさんは皆さん女性でしょ。それに私は小学校からずっと女子校だから、付き人は男性の方が良いかと思って」
父は黙って私の話を聞いている。どうやら、まだ決め手に欠けるらしい。
「それに、年齢が近い方が安心できるから」
履歴書で生年月日なんか見ていない。顔だけで選んだ。
残りの履歴書に目を向ける。年齢なんて確認していないけれど、たぶんこの人が一番若い。
そう信じて、私はさらに言い添えた。
父も納得したようで、最終的には了承してくれた。
自分の部屋に戻ると、すぐにテンションが上がってベッドにダイブする。
高校生になるというだけで、人生の中でも上位レベルのイベントだというのに、そのタイミングで自分専属のイケメン執事まで来るとは。
ベッドにうつ伏せになりながら、無意識に足をパタパタとさせ続けた。
これから、私の生活はどう変わるのだろう。
勉強を教えてもらったり、車で送り迎えをしてもらったり、困ったときには助けてもらったり。
そう考えると、なんだかこれまで以上に高校生活が楽しみになってきた。
期待に胸を膨らませながら、私は彼を待った。
──────
そして、高校の入学式を翌日に控えた日。
「お嬢様の付き人を務めます黒羽誠です。よろしくお願いいたします」
目の前で、黒いスーツに身を包んだ青年が一礼した。
整った輪郭に、すっと通った鼻筋。涼しげな目元が印象的な、塩顔のイケメンだった。
背が高く、手足も長い。黒いスーツがよく似合う、モデルのような体型をしている。
履歴書の写真で見たときもかっこいいと思ったけれど、実物は想像以上だった。
しかも、声まで良い。
……こんな人が、これから私の付き人になるんだ。
「……っ!」
思わず声を上げそうになり、私は慌てて口を押さえた。
いけない。ここで浮かれてはいけない。
明日から高校生になるのだ。少しくらい大人っぽく振る舞わなければ。
「よ、よろしくお願いします!」
……声が裏返った。
「それで、本日のご予定は」
誠さんは、私の声が裏返ったことには触れず、何事もなかったかのように続けた。
気づいていないのか、気を遣ってくれているのか。
どちらにしても、ありがとう。
「それよりも、私の方が年下なんですから、敬語は不要です」
「……いや、そんなわけには」
誠さんは少しだけ眉を寄せた。
やっぱり、いきなりそんなことを言うのは無理があっただろうか。
「いいんです」
私が押し切ると、誠さんは少し困ったようにため息を吐いた。
距離を縮めたいからとはいえ、序盤から飛ばしすぎただろうか。
「……分かった。こっからはタメ語でいかせてもらう。俺としてもこっちの方が話しやすいしな」
少しの間を置いて、誠さんが折れた。
「本当ですか!」
思わず身を乗り出してしまう。
やった。これで少しは距離が縮まっただろうか。
「あぁ、むしろ助かる。堅苦しい言葉遣いは苦手なんだ」
そう言って、誠さんは肩の力を抜いた。
さっきまでの丁寧な口調より、今の方が親しみやすく感じた。
「分かりました。じゃあ、これからよろしくお願いしますね、誠さん!」
私は改めて笑顔で頭を下げた。
「ああ。よろしく」
誠さんも軽く頭を下げる。
その仕草まで様になっている。
やっぱり、かっこいい。
履歴書を見たときの直感は正しかったのだ。
……何も見ないで落としてしまった他の方には少し申し訳ないけど。
そんなことを考えていると、誠さんが手元の書類に目を落とした。
「それで、明日の予定を確認したいんだが」
「あ、はい!」
私は慌てて背筋を伸ばした。
そうだ。明日は入学式。
新しい制服に、新しい教室、新しいクラスメイト。
考えるだけでも緊張するのに、今年からはそれに加えて、誠さんがそばにいてくれる。
「明日は入学式だよな。式は午前中で、そのあとに説明やら何やらがあると聞いている。学校までは俺が送っていけばいいんだな?」
「はい。お願いします!」
明日の朝、誠さんが車で送ってくれる。
そう考えるだけで、なんだか特別な一日になりそうな気がした。
「分かった。出発時間は余裕を持っておこう。持ち物の確認は済んでるか?」
「もちろんです!」
胸を張って答えた。
……たぶん。
いや、待って。入学案内に書いてあった持ち物って何だっけ。
筆記用具と、書類と、それから……。
「あとで一緒に確認するか?」
「……お願いします」
「了解」
あまりにもあっさり引き受けてくれたので、かえって申し訳なくなる。
うう、情けない。大人っぽく振る舞うつもりだったのに、さっそく助けてもらってしまった。
でも、こういうことを頼めるのが付き人というものなのだろう。
そう考えると、ちょっと嬉しい。
「ほかに、何か聞いておきたいことはあるか?」
誠さんがこちらを見る。
せっかくの機会だ。誠さんについて気になることなら、いくらでもある。
好きな食べ物は?
休みの日は何をしているの?
どうしてそんなにかっこいいの?
聞いてみたいことは尽きないけれど、さすがに初日から質問攻めにすることはできなかった。
……特に最後の質問は聞く覚悟を決めるだけで三日はかかりそうだ。
「えっと……誠さんは、私の付き人として、これからずっと一緒にいてくれるんですよね?」
口にしてから、少し子供っぽい質問だったかもしれないと思った。
けれど、誠さんは特に気にした様子もなく答えた。
「契約上は、そういうことになるな」
「そっか……!」
ずっと一緒。
もちろん、四六時中隣にいるわけではないだろう。
それでも、これからは今までよりずっと近くにいてくれる人がいる。
そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「何か楽しそうだな」
誠さんに指摘されて、私はハッとした。
「はい! だって、明日から高校生ですし。それに……」
言いかけて、口をつぐむ。
それに、あなたがいるからです。
……なんて、さすがに言えない。
「それに?」
「な、何でもありません!」
危ない。危うく本音が出るところだった。
誠さんは少しだけ首を傾げたものの、それ以上は追及しなかった。
「そうか。まあ、何かあれば遠慮なく言ってくれ。俺にできることなら対応する」
「はい。頼りにしていますね、誠さん!」
今度は、声が裏返らなかった。
少しだけ成長した気がする。
……いや、たったそれだけで成長を実感するのは、さすがに気が早いか。
でも、いいのだ。
明日からは高校生。
そして、私には誠さんがいる。
これからどんな毎日が待っているのだろう。
勉強に、友達に、初めての高校生活。
そこに誠さんとの新しい日々まで加わるのだから、きっと毎日が楽しくなる。
私は、そんな期待を胸にそっと笑みを浮かべた。




