わたしが何を思っているか
私は、小説が好きです。
大学時代、それはそれは硬い文面の、新しいうしお、の文庫を買い込んでは、通学や大学の講義の空き時間に読みふけっておりました。
ハードカバーしか生家にはありませんでしたから、重たいものが持ちづらい虚弱な私は、文庫本に出合ってそれはそれは幸せを感じていたのでした。
新宿、紀伊國屋本店さまに、沢山かよいました。
なぜ神保町ではないのかと疑問に思う御方にお応えいたします。
誰かの所蔵で、手入れが徹底されていない本に触ると、私の手は、痒みと炎症と発疹にかぶれてしまうから、古本は読めなかったのです。
インクの臭いが新しい、紙の御本が私の身体は好きなのでした。
私は夢を見ました。
文庫本になる夢です。
物語は素晴らしいのです。
私も本に成りたかったのです。
頁を捲ること、それは愉しい発見なのです。
私は幻想のなかで、この国の文字で、書き終えられ収められた、一冊の文庫本になりたかったのです。
そのために生まれてきたのでは、などと真剣に考えてもしまっていました。
だって、新しい、掌からすこしはみだす、幻想小説はとっても素敵だったのですもの。
日本語で書かれた厳めしい明治文学は、本当に豊かに私の心を満たすのですもの。
わたしも、と。
つい、思いたくなりました。
私も、日本語で書かれた幻想小説の文庫本になるのだ、と。
そう、願ってしまっていました。
けれど、私には致命的な欠陥がありました。
どうがんばっても、長編をかけないのです。
一万字すら、出来なかったのでした。
中編にさえ、ならないのが私の限界でした。
これでは、文庫本に、私はなれない……。
☆★☆
あるとき。
私は二十代で鬱病になった。
掌編さえ浮かんで来なくなった。
生きるのが難しかった。
私は本には、なれなくなった。
私は愛したものを根こそぎ、捨て去るしかなくなった。
いま、私の寝所には、夫の買ってきた芸能人のエッセイや私も好きな漫画の類しか、存在していない。
私は、幻想文学たりえなかったこの生き終わり方を、本当に本当に悔しく思う。
私は、私が夢中になった、あの逆光の文學へ、何一つ程も、届かないでいるしかないのだった。
スマートフォンで即興を打ち込めば、自作未発表作はどんどん削られる。
書き捨てになるのが、苦しくてたまらない。
私がなりたいものは、紙の文庫本だ。
私があなたを愛してやまないことを、どうかどうか、知っていて欲しい。
出来損ないで、届かなくて、足りなくて、それでも私はあなたの、あなたからのデビューを夢にまだ見る日があるのだ。
あの孤独な大学時代に、私の掌と心を温めてくれて有難う。
えんじ、なのか小豆色なのか。
あなたの栞はずっと私の頁に垂れている。
きっと、ずっと、一筋、あなたは私を挟んで居続ける。
有難う、大好きな文庫本。
私は、あなたに。
あなたのもとに、素晴らしい作が持ち込まれつづけるのを、ずっとずぅっと、愉しみにしている。
佳き物語を。
日本文学を。
幻想小説を。
あなたが開いてありますように。
私は祈って、眠りに就くのだ。




