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エッセイ

わたしが何を思っているか

掲載日:2026/06/24


 私は、小説が好きです。


 大学時代、それはそれは硬い文面の、新しいうしお、の文庫を買い込んでは、通学や大学の講義の空き時間に読みふけっておりました。


 ハードカバーしか生家にはありませんでしたから、重たいものが持ちづらい虚弱な私は、文庫本に出合ってそれはそれは幸せを感じていたのでした。


 新宿、紀伊國屋本店さまに、沢山かよいました。


 なぜ神保町ではないのかと疑問に思う御方にお応えいたします。


 誰かの所蔵で、手入れが徹底されていない本に触ると、私の手は、痒みと炎症と発疹にかぶれてしまうから、古本は読めなかったのです。


 インクの臭いが新しい、紙の御本が私の身体は好きなのでした。


 私は夢を見ました。


 文庫本になる夢です。


 物語は素晴らしいのです。


 私も本に成りたかったのです。


 頁を捲ること、それは愉しい発見なのです。


 私は幻想のなかで、この国の文字で、書き終えられ収められた、一冊の文庫本になりたかったのです。


 そのために生まれてきたのでは、などと真剣に考えてもしまっていました。


 だって、新しい、掌からすこしはみだす、幻想小説はとっても素敵だったのですもの。


 日本語で書かれた厳めしい明治文学は、本当に豊かに私の心を満たすのですもの。


 わたしも、と。


 つい、思いたくなりました。


 私も、日本語で書かれた幻想小説の文庫本になるのだ、と。


 そう、願ってしまっていました。




 けれど、私には致命的な欠陥がありました。


 どうがんばっても、長編をかけないのです。


 一万字すら、出来なかったのでした。

 

 中編にさえ、ならないのが私の限界でした。


 これでは、文庫本に、私はなれない……。






☆★☆


 あるとき。


 私は二十代で鬱病になった。


 掌編さえ浮かんで来なくなった。


 生きるのが難しかった。




 

 私は本には、なれなくなった。

 私は愛したものを根こそぎ、捨て去るしかなくなった。


 



 いま、私の寝所には、夫の買ってきた芸能人のエッセイや私も好きな漫画の類しか、存在していない。


 私は、幻想文学たりえなかったこの生き終わり方を、本当に本当に悔しく思う。


 私は、私が夢中になった、あの逆光の文學へ、何一つ程も、届かないでいるしかないのだった。



 スマートフォンで即興を打ち込めば、自作未発表作はどんどん削られる。


 書き捨てになるのが、苦しくてたまらない。


 私がなりたいものは、紙の文庫本だ。


 私があなたを愛してやまないことを、どうかどうか、知っていて欲しい。


 出来損ないで、届かなくて、足りなくて、それでも私はあなたの、あなたからのデビューを夢にまだ見る日があるのだ。


 あの孤独な大学時代に、私の掌と心を温めてくれて有難う。


 えんじ、なのか小豆色なのか。


 あなたの栞はずっと私の頁に垂れている。


 きっと、ずっと、一筋、あなたは私を挟んで居続ける。


 有難う、大好きな文庫本。


 私は、あなたに。


 あなたのもとに、素晴らしい作が持ち込まれつづけるのを、ずっとずぅっと、愉しみにしている。


 佳き物語を。

 日本文学を。

 幻想小説を。



 あなたが開いてありますように。


 私は祈って、眠りに就くのだ。



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