テンプレートに物申す花嫁
「君を愛することはない!」
扉を開けて開口一番に、本日結婚した夫は言った。
かなりの大声で扉が閉まる前に叫んだので、廊下で控えてた侍従や執事やメイド長にも聞こえたことだろう。
…馬鹿?
ソファに腰掛けてそれなりにめかし込んで、とは言ってもほぼ初対面だしいきなりは始まらないだろうなぁー、とかつらつら考えてたらこれだ。
テンプレート来たる。
嬉しくない。
とりあえず微笑んだまま沈黙した。
「……」
「……?」
「………」
「………あ、あの?」
沈黙に耐えられなかった夫が恐る恐る声を掛けてくる。
最初の声の勢いの割には表情は自信がなさげ。
なんだかアンバランスな人だ。
どうしよっかなー。
あっちも初めが肝心と思って叫んだんだろうし…。
「…とりあえず、お座りになりません?」
ソファを勧める。
嫌だけど仕方ない、夫婦の距離で隣を示す。
「あ、はい」
言われた通りに隣に座る夫。
隣とは言え1席分は空けてる。
背筋を伸ばし、まっすぐ前を向くが少し俯きがちに、拳は膝の上で握りしめ…。
…緊張してる?
「あの」
「は、はいっ!」
呼び掛けた途端、すごい勢いでこっちを向いた。
思った以上の反応に驚いて少しのけぞってしまう。
夫は目が合うなり真っ赤になり、またすごい勢いで顔を元に戻し、今度は恐る恐るこちらに首を動かした。
顔はまだ赤い。なんなら首まで赤い。
確定。緊張してる。
こちらはなんだか気が抜けてしまった。
「改めまして、本日嫁いで参りましたミュリエルです。よろしくお願いしますわ」
貴族スマイルで自己紹介。
うん、夫に自己紹介ってなんだ。
でも自分の口から名乗ったことがなかったな、と思ったのだ。
家の事情、政権の事情、なんだかんだが重なってギネス級のスピード婚だった。
夫と顔を合わせたのが初回と家族顔合わせと本日の結婚式の計3回のみ。
会話をしようにも他に打ち合わせるべき事柄と人が多過ぎて、夫婦間の話は一切してこなかった。
なんなら廊下にいるイケオジ執事と美魔女メイド長の方が5回は話してる。
住む部屋の様式についてとかね。
なので、初夜を始める前に話さなきゃなー、とか考えてました。さっきまで。
「あ、はい。あの、夫になるルシウスです。よろしくお願いします」
夫ールシウス様がペコリと頭を下げる。
素直?
上げた顔は、赤らむ頬にすこしはにかんだ笑顔を浮かべていた。
素直か!
つか可愛くね?!
なんだか負けた気がして思わずムッとしてしまう。
私の目つきに、ルシウス様の目が泳いだ。
いかんいかん。冷静なれ私。
一度深く呼吸をして、再度貴族スマイル。
「ふふ、よろしく…ですの?」
「え?」
「ルシウス様、わたくしたち結婚はしたもののほとんどお話できてませんでしたわね?」
「あ、はい。あの、スケジュール調整がギリギリでして…なんとか頑張ったんですけど」
私の確認に焦り気味のルシウス様。
うん、気持ちはわかるが焦るのはそこじゃない。
「ええ、スケジュールがギリギリだったのはこちらも同じですし。機会が持てなかったのはルシウス様のせいではございませんわ」
「良かった、そう言ってもらえると安心します」
本当に安堵の笑みを浮かべてる。
キラキラ光る金髪と鮮やかな紫の瞳、お義母様から受け継いだ美貌で穏やかな顔になる夫。
天使か!
いらん負けん気が沸々と湧き上がってくる。
容赦なんかしてやらんからな、旦那様。
私はこれより、テンプレートに物申す!
「お話が出来てない、すなわちほぼ初対面ということですよね?」
「そうですね、そうなってしまいます」
「で?」
「え?」
「初対面の相手に対して『君を愛することはない』と叫ぶのは、こちらの地の風習なんですの?」
にこやかーに、爆弾を落としてやった。
ルシウス様がピキッと凍りつく。
まだ行きますよー。
「嫁いできたばかりでまだ勉強不足ですの。ルシウス様、あなたの育ってきたアイゼンバーグ領では新婚初夜をこのように始めるのでしょうか?」
「あ、いや、あの」
「それとも地の風習ではなく世代の差、でしょうか?ルシウス様はわたくしより五つ歳上、学園も年齢が重ならなかったのでジェネレーションギャップかもしれませんね?」
「じぇ、ね?いや、あの、あれは」
「そもそもわたくしたち政略結婚ですし。必要なものは経営であり協力、信頼、縁。愛があるには越したことはございませんが、必須条件と言う訳でもないでしょうね」
「あの、ミュ」
「ただ政略結婚=商売相手、と考えると。先程が初顔合わせとなりますのに、扉を開けていきなり叫ぶ商談は成り立ちませんよね。まったく信用できない相手とみなして席を立った上に、酷評もすることでしょう。もちろん周囲にも伝えます」
「……」
「ねえルシウス様。破滅願望でもお持ち?」
最後に、貴族スマイル・極みを向ける。
ルシウス様は色々口を挟もうとしたが聞いてやらん。
あわあわして手を無意味に上げ下げし、話す言葉がなくなり…。
「すみませんでした!」
ソファの前の絨毯に土下座した。
わかればよろしい。
扉から覗いていた執事のセザールと、メイド長のメリッサもうんうん頷いてる。
合図を送って扉を閉めさせた。
ここからは夫婦の話し合いの時間です。
◇◇◇◇◇
「で?何をトチ狂ってあんな発言したんです?」
長々まくしたてたので、少し冷めた紅茶で喉を潤す。
もちろんその間も夫は絨毯の上で正座のまま。
躾、最初、大事。
「とち…いや、あの発言はそういう意味じゃなく。勢いがあまり過ぎて言葉がおかしくなったと言うか…」
もじもじ、もぞもぞ。
正座で足が早くもしびれたのか、落ち着き無く体と目線を動かしてルシウス様が弁明する。
…視線?
ハッと気付いた。
自分の服装が初夜仕様で、ルシウス様の目線の高さに生太ももをさらしてる!
全開ではないがこりゃいかん!
「ルシウス様、ソファにお戻りください」
咳払いをひとつして、ソファの座面をポンポンと叩いた。
しびれた足を刺激しないよう、ゆっくりとルシウス様が体を起こし再度ソファに座った。
さっきより半身分近い距離。
「言葉がおかしくなった?」
「その、僕は女性慣れしてなくて。特定の人と親しかったこともないから、どういう感じで接していいかわからなくて。侍従に相談したら『参考にしろ』って恋愛小説を渡されたんだ」
天使がなんか言っとる。
この顔で?女性慣れしてない?
嘘でしょ??
思わず凝視。
私の勢いに今度はルシウス様がのけぞる。
「なに?」
「女性慣れしてない?」
「うん」
「この顔で?」
「…よく言われるけど、学園の頃も今の職場も男ばかりだし。家は身内か母世代の使用人ばかりで、関わりがないよ」
「関わりがなくとも寄ってくるでしょう?」
「そういう人は怖いから断ってる」
きっぱりと凛々しく断言する夫。
怖いって…。
「…まぁ、じゃあそこは疑わないでおきましょう。それで?恋愛小説?」
「僕らの関係性に似た設定の。ほぼ初対面、結婚式が初顔合わせに近い、みたいな。それで仕事の合間に少しずつ読んで、声掛けの参考にしようと思って」
「あぁ、なるほど。確かにその手の恋愛小説は、かなりの確率で例の言葉から始まりますね」
「でも言う気はなかったんだ!あ、愛することはないとか思ってないし!ただまだそこまで親しい訳じゃないから、時間を掛けたい的なアレンジをしようとは考えてて、ここに来るまでの間に一生懸命セリフをこねくり回してたのに!」
ルシウス様は両手で顔を覆って蹲ってしまった。
うん、かなりの黒歴史だしね。
ちなみに私は言いふらしますが。
セザールとメリッサもそれぞれ義父母に報告してることだろう。
はっはっは、可哀想ー(棒読み)。
かわいそかわいい、と思えてきたぞ旦那様。
蹲ってる、形のいいキラキラ頭をよしよししてやる。
ルシウス様の肩がピクリと動いた。
「愛することがない、とは思ってない、と?」
「…思ってない」
「どなたかこっそり愛する方がいるとか?」
「ないよ!そんなのいない!!」
突然勢い良く頭を上げないでよ旦那様。
びっくりするじゃん。
そして勢いのあとに、やっちゃった!てな表情になるのもお約束か?
はは、本当に可愛いな!
つい笑ってしまう。今度は貴族スマイルではなく、心からの笑顔だ。
私の笑顔に釣られて、ルシウス様もおずおずと微笑む。
「…ミュリエルが笑ってくれて嬉しい」
「ミュー、とお呼びくださいなルシウス様」
「ミュー?」
「親しい人にのみ許してる愛称です」
ぱぁぁっ、とルシウス様の笑顔が一段と輝いた。
くっ…本物の天使…だと…?!
「じゃあ、僕はルゥがいい」
「親しい方が呼んでるんですか?」
「呼んでない」
「え?」
「ミューだけ。僕の奥さんになる人だから」
そう言って、こちらの手をギュッと握り込んだ。
なんだこの天使、攻撃力高過ぎじゃないの?!
思いがけない攻勢に、思考が停止する。
顔は天使のくせに、手の大きさや固さはしっかり男性のものだった。
「ミュー、さっきはごめんね。今はまだ愛してるとは言えないけど、君のことはきちんと妻として愛したい。たくさん話をして、たくさん思い出作って、幸せな夫婦生活にしたいんだ」
「る、ルシウス様」
「ルゥだよ、ミュー」
「…ルゥ」
愛称で呼ぶとさらに笑顔の輝度があがった。
私の夫は人外だった…。
「ミュー、僕と夫婦になるのは嫌?」
「…嫌じゃないですよ。色々な事情で決まった結婚ですが、きちんとわたくしの意思で決めました。先程はまぁ、驚きましたけど。ルゥは素直だし、きちんと謝れる人なので許します」
「うん、ありがとう。僕は優柔不断なところがあるって周りに言われるから、ミューがビシッと言ってくれるのは助かるよ」
「わたくしは発言が鋭すぎる、と言われます」
「そうだね、鋭かったな。抉られた」
でもそこがいい、と笑う旦那様。
「…相性は良さそうですね?」
「そうだね」
「じゃあ始めましょうか」
「?」
キョトンとしてるわー。おい。
「今日は初夜ですよ、旦那様」
顔を近付けて耳元で囁いてやる。
ついでに頬にキスしてみた。
一気に顔から首まで赤くなるルゥ。
いや、私だって恥ずかしいですけど?!
至近距離で見つめ合うと、ぎこちない動きで唇が触れた。
昼の式以来、二度目だ。
「…ちなみに、経験は?」
「…っ、聞かないでほしい…」
「でも有無で気遣いが変わりません?」
「ないよ!気を遣ってほしい!」
ヤケになって叫ぶルゥが、はたと気付いた顔をする。
わっかりやすいな!
「わたくしもないですわよ?貴族令嬢ですもの」
「そ、そうか…うん、そうだよね」
「安心しました?」
「安心と言うか…もし誰かとそういう経験があったら…嫌かも…」
悩ましげに眉を顰めてる。
うむ、いい傾向ではない?
「ついでに言うと、式の誓いがファーストキスでした」
「!」
またもやパッと顔を明るくする旦那様。
いいのかこんなにわかりやすくて…。
夫の貴族としての資質に疑問を抱いていると、本日3回目のキスが始まった。
こうして、なんだかんだ騒いでた私達の初夜もなんとか無事に完遂されたのだった。
◇◇◇◇◇
「バッカじゃねえの、なんでよりにもよってそのセリフ叫ぶんだよ。普通の貴族令嬢だったらその時点で結婚生活破綻してんぞ、若奥様に土下座しろ土下座。本当に本番に弱えのなお前」(侍従兼乳母兄弟)
「……(もうした)」
「ルシウス、ミュリエルさんにきちんとお詫びしたの?大声で叫ぶなんてどれだけ行儀が悪いのよ。もう一度学園の一年生から作法を学び直させるわよ?」(母)
「……すみませんでした勘弁してください」
「ルシウス、緊張するのはわかるんだがな?もうちょっと気の鎮め方を学びなさい。いくらミュリエルがお前の好みそのものだからって、初顔合わせから半年も掛けてまだ慣れないのはどうなんだ?」(父)
「!!(なぜ父上が好みを知ってるのだ?!)」
「?!(好みそのもの?は?)」




