6 王太子の不調
王都の王宮では、表面上は平穏が保たれていた。
しかし、カイルは次第に荒れ始めていた。
婚約破棄から数ヶ月。
エレノアが毎月欠かさず渡していた魔力回復ポーションが途絶えて以来、カイルの体調は緩やかに、だが確実に悪化していた。
訓練後の疲労が抜けにくくなり、頭痛が頻発するようになった。
最初は「気のせい」と思っていたが、最近は顔色が青白く、鏡を見るのも嫌になった。
「どうして……こんなに体が重いんだ」
カイルはベッドに腰掛け、額を押さえた。
ミレイユは隣で心配そうに寄り添っていた。
しかし、その目は優しい光を装いつつ、内心で苛立っていた。
「カイル様、大丈夫ですか?お医者様を呼びましょうか」
彼女はカイルの手を握り、甘い声で言った。
実際、ミレイユはカイルの体調を気遣うふりをしながら、浪費を続けていた。
新しいドレス、宝石、舞踏会の費用。
すべてを「王太子妃の威厳のため」と言い訳し、宮廷の金庫から引き出していた。
カイルはミレイユの手を振り払い、苛立った声で言った。
「医者など必要ない。ただ……あのポーションがあれば……」
彼の言葉に、ミレイユの表情が一瞬固まった。
「エレノアお姉様のポーション……ですか?」
カイルは頷き、目を伏せた。
「あれが一番効いた。毎月、訓練後に渡してくれると……すぐに回復したのに」
ミレイユは微笑みを保ちながら、内心で舌打ちした。
(どうしてあの女のポーションに頼るの……私がいるのに)
彼女はカイルの肩に手を置き、甘く囁いた。
「私が看病しますわ。きっと、すぐに良くなります」
しかし、実際の看病はほとんどしなかった。
カイルが寝込んでいる間、ミレイユは宮廷の社交に忙しく、浪費を繰り返していた。
貴族たちの間では、噂が広がり始めていた。
「最近の宮廷舞踏会で殿下のお顔色が悪かったわね」
「エレノア様のポーションがないとダメなのかしら」
「ミレイユ様は看病より、買い物がお忙しいようで……」
そんな囁きを耳にしながら、ミレイユはますます苛立った。
ある日、カイルが深い眠りについている隙に、ミレイユは侍女のふりをして私室に忍び込んだ。
隠し持っていた薄めたポーションを瓶に詰め替え、カイルの机にそっと置いた。
実家時代にエレノアの研究室から持ち出したものを、薄めて高値で転売していた残りだ。
「これで、少しは機嫌が直るかしら……」
ミレイユは部屋を出た。
カイルはそれを見つけて、すぐに飲んだ。
効果はわずかだったが、痛みが少し和らいだ。
「……これで、なんとか……」
しかし、薄めたポーションは本物に比べて効果が弱く、根本的な回復には至らなかった。
カイルの不調は、徐々に深刻さを増していく。
王宮の廊下では、騎士たちが心配そうに囁き合っていた。
「殿下の体調が……エレノア様のポーションがあれば……」
ガレスはそれを聞き、胸が痛んだ。
殿下の愚行を知りながら、傍らで見守るしかなかった。
一方、別邸で調合を続けるエレノアは、そんな噂を耳にすることもなく、静かに作業を進めていた。
彼女の元に届く注文は増え続け、工房はさらに拡張されていた。




