5 隣国の皇子との契約
「エレノアの雫」の噂が王都を越え始めた頃、意外な客が別邸を訪れた。
数日前にギルド経由で事前連絡が入っていた。
銀髪に赤い瞳の青年。
ヴァルディア帝国の第二皇子、レイヴェル・ヴァルディア。
護衛は最小限に抑え、質素な旅装で馬車から降り立ったが、周囲に隠れた護衛がいる気配は感じ取れた。
私は応接室で迎え、静かに一礼した。
「突然の訪問、失礼いたします。レイヴェル・ヴァルディアと申します」
彼の声は落ち着いていて、威圧感がない。
赤い瞳が、私をまっすぐに見つめた。
「事前のご連絡をいただいていたので、お待ちしておりました。どうぞお入りください」
私は静かに頷き、テーブルに一本の瓶を置いた。
「まずはお試しください」
レイヴェルは瓶を受け取り、指先の小さな傷に塗った。
傷が瞬時に塞がり、肌のくすみが薄れる。
彼の瞳がわずかに見開かれた。
「……これは予想以上の効力です。単なる回復薬ではなく、美容効果も伴うものですね」
「傷の即時回復が主目的ですが、軽度の若返り効果もあります。一回で数日持続します」
私は間を置いて続けた。
「独占権をお渡しする代わりに、帝国の希少鉱石と古代文献の写本をお願いします。それと……もう一つだけ条件があります。私個人に対する接触は、一切お控えいただきたい」
レイヴェルは一瞬目を伏せ、静かに頷いた。
「わかりました。あなたを不快にさせるつもりはありません。約束します」
彼はすぐに契約書を用意させ、数日後の再訪で正式署名を約束した。
契約成立後、レイヴェルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、エレノア様。あなたのような才能を、帝国は必要としています」
内心で、彼は思っていた。
この女性は、ただの商売相手ではない。
優秀で、冷静で、揺るぎない。
もし可能なら、もっと近くに置きたい――。
私はそれを察しながらも、静かに目を細めた。
「ビジネスパートナーとして、よろしくお願いいたします」
レイヴェルは少し目を細め、頷いた。
「わかりました。では、手配を進めます。またすぐに連絡を」
彼が去った後、私は契約書の写しを机に置いて、息を吐いた。
これで、帝国との繋がりができた。
材料の供給が安定し、ポーションの質がさらに上がる。
王都だけではなく、選択肢が増え始めた。
窓の外、王都の空は穏やかだった。
私は新しい瓶を手に取り、調合を再開した。
まだ、道のりは長い。
でも、少しずつ、私の居場所は広がっている。




