3 隠れ家と初めての自由
馬車が王都の喧騒を離れ、郊外の静かな道を進むこと数時間。
夕暮れの柔らかな光が木々の間を差し込む頃、ようやく目的地に着いた。
小さな別邸は、蔦の絡まる石造りの壁と、控えめな庭が印象的だった。
五年前に匿名で購入したこの場所は、母方の祖母が遺してくれた資金で手に入れたもの。
公爵家に知られぬよう、幼い頃からこっそり調合したポーションを街の薬屋に売りさばいて貯めた金で。
扉を開けると、埃っぽい空気が鼻をくすぐった。
家具は最低限、窓辺に古い机と椅子。
それで十分だった。
私は荷物を下ろし、まず暖炉に火を入れた。
ぱちぱちと薪が燃え始めると、部屋が少しずつ温かくなる。
ここは、誰にも邪魔されない、私だけの場所。
「ようやく……自分の家ね」
小さく呟いて、私は机の上に錬金道具を並べ始めた。
ガラス瓶、薬草の束、鉱石の欠片。
公爵家では隠れてしか使えなかった道具たちが、今は堂々と日の光を浴びている。
まずは、回復ポーションの調合。
高級傷薬の十倍効くものを、三十本。
材料を計り、魔法陣を描き、無属性の制御力を注ぎ込む。
これは、私の得意分野。
幼少期から祖母の古い書物を読み漁り、独学で極めた古代錬金術。
一晩で三十本が完成した頃、外はすっかり夜だった。
瓶を一つ手に取り、中の淡い青い液体を眺める。
「これが、私の本当の力」
胸の奥で、何かが熱くなった。
公爵家では「地味で無能」と蔑まれ、王太子には「便利な道具」扱いだった。
でも、このポーションは違う。
誰かの傷を癒し、誰かの命を救う。
それが、私の価値だ。
翌朝、馬車を借りて王都の冒険者ギルドへ向かった。
受付の女性が、三十本の瓶を見て目を丸くした。
「これは……一体何のポーションですか?」
「回復薬です。通常の十倍の効き目があります」
彼女は半信半疑で一本開け、試しに小さな切り傷に塗ってみた。
傷が瞬時に塞がり、赤みが引く。
「嘘……!」
ギルド内がざわついた。
冒険者たちが集まってきて、次々と試す。
一瞬で治る傷。
痛みの消える感覚。
「いくらでも買います!」
「これがあれば、ダンジョンが楽になる!」
三十本は瞬時に完売した。
金貨が袋いっぱいに詰まる。
受付の女性が、興奮気味に言った。
「これ、貴女の名前で売ってもいいですか?『エレノアの雫』ってどうでしょう?」
私は小さく頷いた。
「結構です。どうぞ」
ギルドを出るとき、背中に感じる視線が、昨日の嘲笑とは違っていた。
好奇と、羨望。
馬車の中で、私は静かに微笑んだ。
「これで、始まったわね」
別邸に戻り、新しい材料を買い足すための計画を立てる。
まだ序の口。
これからが、本当の始まりだ。




