呪われた聖女と女神の過ち
吹き抜けの天井にある丸い窓から月が顔を覗かせていた。
視線を少し落とせば光源となっている魔石の輝きが、美しいステンドグラスや神話時代を描いた壁画などを浮かび上がらせている。それに過去の偉人たちの彫像や宗教的な装飾も至る所にあった。
ここは深夜の大聖堂。
わたしは祭壇の後方にある台座に腰掛けて月に祈りを捧げていた。
いつもならば、この台座には女神像が置かれている。だけど、今それはない。いや、あると言えばあるのだが、別の姿をしている。わたしへと姿を変えている。
わたしは神罰を受けた罪人。
遥か昔、女神から罰せられ、この大聖堂に封じられた。昼間は強制的に女神像の姿となり、夜の間に少しだけ人間に戻ることが許されている。
何故罰せられたのかは覚えていない。このような神罰を受けるくらいなのだから、きっと大それたことをしたのだろう。ただ徐々に人間でいられる時間が長くなっているので、いつかは赦される日がやって来るのかもしれない。そう願いたいところである。
「あら、今夜も来たの」
ここでわたしは礼拝堂に入って来た人物に目を向ける。
そこには高貴な身分であることが一目で窺える青年がいた。この国の第二王子、アデルである。
わたしの存在は、この大聖堂を管理する数人の神官と教会の上層部、それに一部の王族だけが知っている。夜になると、よく宿直の神官が話し相手になってくれるのだが、最近は彼が相手をしてくれることが多くなっていた。
「何も変わりないか?」
アデルは台座の前まで来ると、優しい笑みを浮かべて問いかけてきた。
「ええ。最近祈りを捧げに来た者の中には、この国を揺るがす者はいなかったわ」
そう答えて、わたしも微笑み返した。
わたしは女神像になっているとき、礼拝堂で祈りを捧げる者の心を覗くことができる。その能力を活かして、ここで得た犯罪に関する情報や民の要望、不満などを王家に伝えていた。その代わりとしてこの大聖堂の管理をして貰っている。
「君の近況を聞いたつもりだったのだがな」
アデルは苦笑いする。
「そう。それならご覧の通り相変わらずね」
「そのようだな。私も君の呪いを解く方法を探しているのだが、今のところ見当もつかない」
「女神様の罰だもの。きっと人間に解けるものではないわ。赦されるのを待つしかない」
「それでは私が困る」
アデルは肩を竦めて戯けた顔をする。
彼は何故かわたしに惚れ込んでいる。本気で伴侶に迎えようと考えるほどに。そのために縁談もすべて断り、王位継承権さえ捨ててしまった。
わたしは何度も諦めなさいと言ったのだが、彼はまったく聞く耳を持たなかった。仕方ないので、最近は説得するのはやめてこの呪いを解いてくれたらねと無理難題を言って諦めさせようとしている。今のところそれも効果はあまりないのだが……。
「本当に物好き」
「まあな」
「褒めてない」
わたしは得意げな顔をするアデルにムッとして、そっぽを向く。
アデルはそんなわたしを見て鼻を鳴らすと、わざとらしく一つため息を吐いてポツリと呟いた。
「早くあの事件を解決して、君の呪いを解くことに集中したいのだがな……」
彼の言う事件とは、最近王都に出没している獅子の魔物のことだ。
その魔物は夜行性らしく、日中は街の何処かで息を潜めて夜になると活動し始めるという。狡猾で警戒心が強く、捜査に当たっているアデルたちも中々その足取りを掴めないとか。一時は都市伝説ではないかと存在を疑ったこともあったが、少ないながらも目撃者と犠牲者はいるみたいなので実在することは間違いないようだ。(ちなみにアデルは騎士団や街の警備隊を統括する役目を担っている)
「その様子だと進展はないようね」
「ああ。一応警備兵の巡回を増やして、騎士団にも討伐を命じているのだが、未だ見つけることすらできていない。徐々に民の不安も広がっているようだし、一刻も早く解決したいところなのだが……」
そう言って、アデルは悩ましげな顔で首を横に振る。
「困ったものね。というか、街中に魔物が隠れる場所なんてあるのかしら? 日が沈んでから街に侵入しているんじゃないの?」
「それはない。その形跡がまったくないんだ。そもそもどうやって街へ入り込んだのか……」
王都には魔術的結界が張られている。それはとても強固なもので魔物が街へ侵入するのはとても難しいのだとか。例え入り込めたとしてもその痕跡を消すことは不可能だという。
「目的も謎だ。犠牲者はこの一月で二人。魔物の被害としては小さ過ぎる」
「確かにそれも不可解ね……」
わたしはうーんと唸り、考え込む。
魔物は新鮮な血肉を好む。ゆえに街にいる限り、人間を糧としているはずだ。一月も街に潜んでいれば、糧にされる者だけで二桁を超えていてもおかしくない。しかし犠牲者は今のところ二人。行方不明者の報告もないということなので、魔物は食事を我慢していることになる。本能に逆らう魔物など聞いたことがない。
「とにかく今は地道に捜索するしかないな。本当に街中に潜伏しているならば、必ず見つかるはずだ」
◇◇◇
この不可解な事件はある一人の青年が大聖堂へ来たことにより、大きな進展を迎えることになる。
青年は少し痩せ気味だったが、それ以外は何処にでもいそうな若者だった。ただ心の内側を覗いてみると、その心は疲れ果てていた。
彼が女神に捧げた祈りはこのようなものだった。
女神よ。
あなたに罰せられて何百年過ぎただろうか。
もう疲れた。
俺はこれ以上罪を重ねたくない。
人間を食いたくない。
だからこそ、ここへやって来た。
俺はきっともうすぐ討伐される。
ここまで生きながらえてしまったのは、もう名前も顔も思い出せない彼女との再会を夢見てしまったからだ。
そんな淡い夢、もっと早く捨てるべきだった。
そうすれば、こんなにも多くの犠牲者を出さずに済んだのに……。
どうか彼らの魂だけでも救ってあげてほしい。
願わくば、俺の命を以て彼女の罪も……。
わたし以外にも女神に罰せられた者がいた。まずその事実に驚いた。そして、彼が受けた罰の残酷さに胸が締め付けられた。
彼は日が暮れると獅子の魔物となる呪いを受けていた。食事は人間しか受け付けない身体となっており、彼はこの数百年間飢えと倫理観の狭間で戦い続けてきた。今回被害者が少なかったのは、彼が必死に本能に抗っていたからである。だが、それも限界のようだ。
彼の救いは死しかない。
女神の罰である以上、彼の呪いを解くことは不可能に近い。それはわたし自身が一番わかっている。
せめて心残りの女性と会わせてあげたいが、その部分の記憶は呪いのせいか曇っていてよく見えない。これではどうすることもできない。
今、自分にできることは少しでも早くその苦しみから解放してあげることだけ。そう結論を出したわたしは、その日の夜にアデルを呼んで事情を説明した。
「にわかには信じがたいが、私は君という実例を知っているからな。それにその話が本当ならば色々と辻褄も合う」
わたしの話を聞き終えたアデルは、少し興奮した感じでそう言った。
「お願い。彼を眠らせてあげて」
「他に救う方法はないのか?」
「わからない。でも、あったとしても、それを見つけるまで待つことはできないでしょう?」
「多少準備が必要になるが、封じるという手段もある」
わたしは一瞬その提案に引かれたが、結局首を横に振った。
「例え人間に戻れたとしても、彼はずっと拭うことのできない罪悪感に苛まれることになる。心を覗いた感じでは、もうそれに耐えられる精神状態ではなかった……」
「そうか。やるせないな……」
アデルは悲しげな顔をして俯く。そして一度目を閉じて呼吸を整えると、覚悟を決めたような表情でこう告げた。
「わかった。彼の苦しみを終わらせよう」
その後、事件は程なくして解決した。わたしの伝えた特徴から青年を割り出して監視していたところ、夜になって獅子の魔物へと変貌したそうだ。監視していた者は半信半疑だったそうで慌てたらしいが、アデルがあらかじめその周りに騎士団を配置していたおかげで、一人も犠牲者を出すことなく無事討ち取ることができたという。
しかし、話はそこで終わらなかった。事件が解決した日、何故かわたしの呪いも解けたのだ。
当然、似た境遇である彼の死が何か関係しているのではないかと考えた。だから、わたしはアデルに頼んで獅子の魔物の亡骸と対面させて貰った。
それは真っ白な毛並みの獅子だった。ぱっと見た感じでは魔物というより神聖な生き物に見えた。
その身体には所々切り傷や刺し傷があり、乾いた血で茶色く染まっていた。特に胸部の出血が酷かった。おそらくそこにある刺し傷が致命傷となったのだろう。
(救われたのね……)
わたしは獅子の穏やかな死に顔を見て、心の中でそう語りかける。その瞬間、頭の中で過去の記憶が駆け巡り、すべてを思い出した。
遥か昔、わたしはこの地に聖女として生まれた。
その頃はまだこの一帯は瘴気に満ちていて魔物も活発に活動していた。そのため、わたしは当時この周辺を治めていた王に命じられて、魔物の討伐や瘴気の浄化をしながら各地を巡っていた。
過酷な旅だった。
道中で魔物と遭遇するのは日常茶飯事。また瘴気のせいで何処に行っても土地は痩せ細っており、今よりもずっと食料を手に入れるのが難しかった。
それに救われない人々もたくさん見た。
犯罪に手を染めるしかなかった者やひたすら酷使され続ける奴隷、口減らしにされる子供など、何処に行ってもそこら中に不幸が転がっていた。
そんな旅路の中、極限まで心身を擦り減らしたわたしは、共に旅をしていた彼、聖騎士のレオンと恋に落ちた。
素敵な時間だった。わたしは聖女の役目をこなしながら僅かな空き時間で彼と愛を育んだ。どんなに疲れていてもその時間を大切にした。それだけが心の救いだった。
やがて子供を授かり、旅を一時休止しなければならなくなった。そのことを王に報告すると、怠慢だと断罪された。きっと彼にはわたしが聖女の役目を放ったらかしにして、恋に現を抜かしていたように見えたのだろう。
王はわたしを性に溺れ堕落した聖女と罵り、民に悪評を広めた。それは聖女を遣わした女神様への疑念にも繋がり、女神様への信仰が薄まることにもなった。
その結果、わたしは女神様の怒りを買うことになった。そしてお腹の子を取り上げられ、この地を守る女神像として封じられた。(どうやらこれには、わたしの持つ聖女の神気を女神像から大地に流し込むことで、時間をかけてこの一帯の瘴気を払う意図もあったようだが……)
一方、取り上げられた我が子は、後に遠方で魔王が出現した際、救世主として生を与えられてその役目を全うしたようだ。
きっと壮絶な人生だっただろう。聖女の役目なんかよりもずっと過酷だったはずだ。
(ごめんね……)
わたしは下腹部に触れて、この手に抱くことのできなかった我が子に謝る。自然と涙も出てきた。
わたしはそんなに許されないことをしたのだろうか?
あのとき、聖女の役目に追われていたわたしは、心身共にボロボロだった。
彼の支えが必要だった。
彼との安らぎの時間が必要だった。
その僅かな時間すら許されないというのなら、心を奪って使命を果たすだけの人形にしてほしかった。
そう願うほど、当時のわたしは疲弊していた。
きっと不完全な人間と違い、完全な女神様には、わたしの苦しみがわからなかったのだろう。
わたしの痛みがわからなかったのだろう。
だからこそ、このような残酷な罰を与えることができたのだ。
「大丈夫か?」
アデルが泣いているわたしを心配して声をかけてくれた。
わたしは涙を拭いながら頷く。
「全部思い出したわ」
「そうか」
アデルはそう相槌を打つだけで、それ以上何も訊いてこなかった。
多分気を遣ってくれているのだろう。こういう王族らしくない気遣いは、子供の頃から変わらない。わたしの好きな彼の長所だ。
それから獅子の白い鬣を少し貰って大聖堂に戻った。そこでレオンの魂が安らかに眠れるように祈ったあと、アデルに取り戻した過去の記憶を話した。それには自分の気持ちを整理する意味合いもあったが、何より彼にわたしという人間を知って貰いたかったのもあった。
アデルは最後まで真剣に話を聞いてくれた。わたしは所々で感情が高ぶり取り乱すこともあったが、その都度彼が優しく宥めてくれた。
本当は昔の男の話なんて聞きたくなかったはずだ。それでも落ち着いてわたしに寄り添ってくれた彼には感謝しかなかった。このとき、わたしは改めて彼の懐の深さを再確認した。
「ねえ、まだわたしのことがほしい?」
すべてを話し終えたあと、気持ちが落ち着いたわたしはアデルにそう問いかけた。
「ああ」
彼は即答する。
「話した通り純潔ではないよ」
「構わない」
「きっとわたしの心にはずっと彼と彼の子もいる。あなただけということにはできない」
「それでも構わない」
アデルの返答にはどれも一切の躊躇いがなかった。
「そう。気持ちは変わらないのね。でも、今はまだ先のことは考えられない。返事は少し待って」
「ああ、わかっている。なんせ、最大の難関だった君の呪いが解けたんだ。あとは気長に待つさ。時間は余るほどある」
そう言って、アデルは戯けた感じで目配せをた。
わたしはそんな彼を見てクスッと笑うと、女神像があった台座に目を向けた。
呪いは解けた。
きっと名も知らない我が子の功績と彼の死を以て、わたしは赦されたのだろう。
つまりこれからの時間は二人から与えられたもの。二人の犠牲によって得た時間だ。だから、わたしは絶対に幸せにならなければならない。
(必ず幸せになるから。そして、いつかあなたたちの仇も……)
◇◇◇
懸命に生きた。
聖女の力は失われていたが、それでもわたしは困っている人々を救いたいと願った。
アデルはそんなわたしの意思を尊重してくれて、人道援助団体を作ってくれた。わたしはそこの代表となり、戦争や災害、貧窮など、困っている人々がいれば何処でも駆けつけた。
最初は小さな組織だったが、活動していくうちにその取り組みが認められ、国や商会、教会など様々なところから支援を受けることができるようになっていった。今では近隣諸国の多くに支部があり、その規模は冒険者ギルドと並ぶものとなっている。
そして、わたしはというと、その活動の功績から再び聖女と呼ばれるようになっていた。
「女神様の祝福がなくても意外とやれるものね」
寝室のベッドで横になっていたわたしは、アデルに精一杯の笑みを見せる。
「本当に大したものだ」
そう言って、アデルは愛おしげにわたしの髪を撫でてくれた。
結局あの後、アデルとすぐ結婚することになった。彼はわたしが根負けするまで毎日あの手この手で求婚してきたのだ。本当にどれだけわたしのこと好きなのと呆れるくらいにしつこくアプローチされた。
二十年経った今でもそれは変わらない。彼は相変わらずわたしの虜で、毎日愛の言葉を囁いている。今ではそれを聞くのがわたしの一日の楽しみだ。
でも、そんな幸せな日常も終わりに近づいていた。今、わたしは病に冒されている。おそらく長年の無理が祟ったのだろう。わたしの質問に言葉を濁す担当医を見る限り、残された時間はそんなに多くはなさそうだ。
「アデル、あなたには謝っておかないと。自己満足でしかない復讐に付き合わせてしまってごめんなさい。そのせいで、あなたの子を産んであげることもできなかった。妻として失格だったわ」
「そんなことはないさ。特等席で君が再び聖女へと駆け上がる物語を観ることができた。素晴らしい体験だったよ」
「あなたにそう言って貰えるだけで、もう報われた感じがするわ。ありがとう」
彼は本当によく尽くしてくれた。
女神への復讐を試みた愚かなわたしのために。
本当に感謝しきれない。
「あとはあなたが巻き込まれないことを祈るだけね」
「何を言っているんだ。君と私は共犯だろ?」
そう言って、アデルは肩を竦めて笑った。
わたしは種を蒔いた。
女神を貶める種を。
わたしは聖女として名を広めたあと、自身の半生を記した本を出版した。それは王家や出版業界の後押しもあったおかげで大ヒットすることになった。
その結果、多くの者が女神の仕打ちに対して同情してくれた。余りにも残酷だと哀れんでくれた。
皆がそのような反応をしてくれるのも、この二十年の慈善活動が土台にあったからだろう。ただ単に王家に嫁入りした者が実は元聖女でしたと公表しても民の信用は得られなかったはずだ。行動をもって聖女という肩書を再び手にしたからこそ、皆わたしの過去を事実だと受け入れてくれたのだ。
――できることはすべてやった。
今、人々が抱く女神への疑念は、あのときとは比べものにならない。きっと女神はさぞかしお怒りになっていることだろう。もしかしたら、この病もまた神罰なのかもしれない。
どちらにしろ、この状況でわたしが死ぬことになれば世間は勝手に神罰だと捉えるはずだ。それで女神への疑念はさらに強まることになる。ましてやアデルにも神罰を与えたら尚更のこと。
わたしは窓に目を向ける。その遠方にはかつて暮らしていた大聖堂が見えた。
わたしはそこを見ながら女神に問いかける。
きっと信仰心は神々にとって糧のようなものなのでしょう?
疑念の混じった信仰心は、あなたを殺す毒となるのかしら?
それともただの不味い食事ということだけなのかしら?
どちらにしろ、これから当分あなたへの信仰は薄まることになるでしょう。
もしかしたら、あなたは人々から忘れ去られるかもしれない。
はたして、あなたはそのとき神として存在を保つことができるのかしら?
勿論、これらの問いかけに答える者はいない。それでも、わたしの頬は緩んでいた。
◇◇◇
白獅子の聖女アリア。後の世で彼女はそう呼ばれていた。白獅子というのは彼女が立ち上げた組織の通称で、そのシンボルマークからきているという。
彼女の死後、教会はその功績を称えて彼女を祭り上げた。そこには女神への不信で弱まった教会の権威を回復する思惑もあったという。結果的にそれは上手くいくことになるのだが、聖女アリアを崇める者が増え、いつの日からか教会の主神が女神から彼女へと入れ代わることになった。
やがて女神の名は人々の記憶から消えることになる。それはある意味神としての死を意味していた。
「君の復讐は成就したよ。だから早く私の下へ戻っておいで」
月を司る男神は、青白く輝く人間の魂を愛でながらそう呟いた。
その魂は男神がわざわざ下界に降りて、最期まで寄り添い手に入れたもの。今では人々の信仰を集め神格化したそれは、新たな神へとして生まれ変わろうとしていた。月の男神はその瞬間を今か今かと待ちわびていた。
「姉上はもっとこの輝きの根源に目を向けるべきだったんだ」
月の男神は物憂げな表情で下界を眺める女性に向かって言う。天地創造の女神である彼女は、信仰を失った影響で神としての力が大きく弱まっていた。
彼女は決して邪な神ではなかった。むしろ聖女や勇者を遣わすなどして、人々に寄り添ってくれた慈悲深き神だった。
ただ完璧な存在ゆえに理想が高かく、自身が聖女として遣わしたアリアには心の弱さを許さなかった。彼女にはそれを克服できる力を与えたのだからと。
しかし、女神の祝福を受けた特別な存在とはいえ、アリアが人間であることに変わりなかった。ゆえに例え強い心を持って生まれたとしても、それを確固たるものにするには成長が必要だった。残酷な日常を前にして現実から目を背けてしまったことも、身心の負荷に耐えられず誰かの支えを求めたことも、自身を見つめ直すため一度立ち止まろうとしたことも、すべては彼女が成長するために必要な過程だったのだ。
成長と無縁の女神にはそれがわからなかった。わかろうともしなかった。
それだけが女神の唯一の過ち。そして、取り返しのつかない過ちだった。
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