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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
英雄だから帰れない

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8/30

変えなければならない

 カフェの閉店時間は19時。ゼーラからの誤解をなんとか受け流しながらも、ムスリカと夜に話が出来るように手配してくれた。


 それなのにバイトをしながら、どうやって話すか悩んでいた。断った手前それを取り下げるってのは何というか言うか、切込みづらい。いざこうして話すとなるとなんだか落ち着かなくなってしまう。


 向こうの世界での事や、今の俺自身の現状、そして俺の魔族に対する感情、いろいろと話さなくてはいけないと考えながらも、それを他でもない魔族に話さなければいけないという嫌悪感が余計に思考を鈍らせる。


 そうなると、自然と力加減を間違えて。


 パリン。


 「あ~~~お~~~い~~~?」

 「ひ!いつのまに後ろ居たんですか?!」

 「お前が空を仰いで何か悶々としてる時から居たぞ」


 なんで阿久井さんはこう、人の意識外から近づくのが得意なんだ?この手の魔族とは何度か戦った事があったが、それらとは比較にならないほどの気配遮断、いったいどこでそんなものを身に着けたんだ。


 「ゼーラに聞いたぞ。お前ムスリカと今晩会うんだってな」

 「阿久井さんまで真に受けてるんですか…」

 「?、いや俺はそんな事ないと思うが」


 そりゃそうだ、ゼーラの頭がお花畑なだけで。普通に周りには特別な関係とかに見えるわけがない。


 「特別な関係って程でもないが、同時にお前らが普通の御近所さんって関係でもないようには見えたがな」

 「そう見えますか?」

 「まぁムスリカは5年くらいここに顔出してくれてるからな、前来た時の顔を見なかったわけじゃない。というより、何か抱えているのはわかるしな」


 表情を一切変える事はない仏頂面そのものではあるが、その口調には探るような、どこまで踏み込むべきか、ブレーキをかけているような慎重さがあり、俺はそれまで感じなかった阿久井さんの人間らしさを初めて感じた。


 「けど、ムスリカが来た時のお前。最悪だったぞ」

 「別に普通だったと思いますけど」

 「いーや表情の問題じゃない。彼女を見るお前の目だ。いくら取り繕っても隠せてなかったぞ、見下すような冷めた目」


 ムスリカが来たあの時、マスターもゼーラも、その場の客だって彼女を見てたような気がするけど。阿久井さんは俺の方を見てたのか。よく見てるなとは思うけど、阿久井さんはその目線はゼーラにも向けている事に気付いているのだろうか。或いは気付いてないのか、それこそ今は踏み込むべきではないと判断して話さないだけなのか。


 「お前らがどういう関係性なのか知らん。というか興味もない。だが、何を思ってお前の方から会おうって言うのなら、その目を向ける理由と考えを改めるべきだ」

 「簡単に言いますね…」

 「簡単なわけあるか。コロコロ変えられりゃ苦労なんかしないからな。ただそうやって変わらないって決めつけるべきでもない。存外人ってのは変われるものだぞ」

 

 ならそれは、人に限った話だ。ムスリカもゼーラも魔族で人間なんかじゃない。奴らは人の言語を喋るだけの人外で、俺たちより長い年月を生きている。そんなやつらがすぐに変わるわけがない。


 何より魔族の奴らが向こうの人間にしてきた事を考えれば、そんな思考なんて持てるわけがない。


 「阿久井さんに何がわかるんですか」

 「だからわからないと言っている」

 「なら無責任な事言わないでくださいよ。もう一枚皿割りますよ」

 「やってみろよ」


 頭に血が上り、瞬間何も考えられなかった。まさに衝動だけが体を動かして皿を横に投げつけた。


 「どうした?割れてないぞ」


 背後に居たとは言え、阿久井さんは俺が投げた皿をキャッチしている。しかもそれはほとんど手元から離れていないような、至近距離での人間離れしたような芸当だった。

 

 「お前、まさかとは思うが今までわざと割ってたとかはないよな?」

 「そんなわけないでしょ!」

 「ほんとかぁ?そんな体の動かし方で皿なんて割れるわけないだろう。俺じゃなくたってマスターだって同じこと出来ぞ」


 何故かマスターが驚いている様子が浮かんだ。そんなわけないからだ。


 多分この時からだろう。俺が阿久井さんに感じた違和感というか、異質な雰囲気を感じ始めたのは。俺と似たような力のそれを。


 「ま、今ので気も抜けたろ。俺が言った事を鵜呑みにしろとは言わんがよく考えてみろ。ほらどうした、手が止まっているぞ。体を動かした後ほど思考もよく動くぞ」

 

 そう言って、顔色も、眉も、口角一つ動かさず、何もなかったようにキッチンから出ていった。

 

 後に残った俺は、言いくるめられたと感じながらただ皿を無心で洗い続けた。





 19時でも外は薄っすらと明るい。けれどそんな夜にもなっていないような空なのに空気は蒸し暑さで階段を上る事すら億劫になる。俺は自室の鍵を手に持つと。


 「葵さん」

 

 ムスリカが玄関の前に既に立っていた。こんな暑い中でよく長袖と長いスカートでいられるなと呆れるような物を覚えながら。


 「ゼーラは?先に来てただろ」

 「自室ですよ。洗濯物を取り込んでます」

 「そ、そうか…」


 魔族が洗濯物を、どんな顔をして向き合おうかと迷っていたがなんだか毒気が抜かれしまった。

 

 「まぁ良いか。先に入ってくれ」

 「はい、お邪魔します」


 邪魔するなら帰ってくれ。そんな冗談が思い浮かんでしまい、何よりも自分に呆れてしまった。

 

 どこか迷いというか、どこまで譲歩すべきなのか思い悩んでしまったけれど。覚悟を決める。そうだ、これは俺自身の為でもある。


 俺も部屋に入ろうとしたところで隣の玄関が開く、ゼーラも洗濯物を取り込んだようで、スリッパにダボダボのTシャツとお手本のような部屋着で俺の方に来る。


 「貴方はもう少し恥じらいを覚えてください…」


 様子を見ていたムスリカの言う通りだ。ラフな格好だが、目の毒にもなりえるそれは俺も直視が出来なかった。


 「でもさっき取り込んだばっかりですよ?」

 「そういう問題じゃないんだ」


 これから大事な話をすると言うのに、大丈夫なのだろうか。俺は。

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