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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
英雄だから帰れない

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6/30

真相

 翌日、皿洗いをしていてちょうど三枚目の皿を割ったタイミングだった。


 マスターも阿久井さんも、ゼーラにも何かあったのか尋ねられた。けれど上手い言い訳も思いつかず、かと言って昨日の事を話すわけにもいかないと、何もなかったとひたすら言い繕っていた。


 「葵さんは…いらっしゃいます?」


 店に入ってきたのはムスリカ、俺の顔を見るなり、気まずそうにする。


 「ムスリカさん、いらっしゃいませ」

 「ごめんなさい、今日は少し話がしたくて来たの」

 「ええ、構いません。うちとしてはコーヒー一杯頼んでくれるのなら文句はありません」


 阿久井さんの口ぶりからムスリカ自身この店を利用しているようで、ゼーラの様子を見に来ているとのこと。ゼーラは無論だが、マスターや阿久井さんは普段通りの接客でムスリカをもてなしているが。


 「けど、葵と話すというのなら店内は少し相応しくないのでは?」


 そう言うと阿久井さんは、自室で話すように言ってきた。


 「いえ、そんな時間も取らせないので…」

 「いやぁ、こっちとしては寧ろ時間をかけてもらった方がですね。それに、何か込み入った話のようですし」


 俺の方を見ながらジェスチャーで、少し休んで来い、そう伝えられてる気がした。

 



 俺の部屋にはまだ備え付けの机と座布団しかない。そんな殺伐とした部屋で俺とムスリカは向き合ったまま十分ほど経過していた。


 ムスリカはただ黙って俯いたまま何も発することなく、そして俺自身もどこから切り込めば良いのかわからないでいた。


 そんなとき、玄関を叩く音がした。立ち上がって開けるとそこにゼーラが居た。


 「阿久井さんからコーヒーを持っていけと言われました!」

 「あぁ、ありがとう」


 そのまま部屋に入るなり、机にコーヒーを置く。ゼーラはムスリカの顔を見ると少し表情を曇らせながら。


 「私はこれで…」


 そう言って部屋を出ていった。


 改めて座り直して、ムスリカの顔を見る。こうしてまじまじと魔族の顔を見るのは初めてだ。魔王の側近やその配下はみんなして人に近い顔をしている、魔力は勿論、外見の角や尻尾、そういった特徴がなければ見抜けないだろう。


 「貴方は…」


 ムスリカが口を開く。


 「貴方は、光剣者。ですね」

 「…魔族にはそう呼ばれてたな」


 俺が持っていた剣、俺の抗魔力を通して光ことからそう呼ばれていた。


 「私は、その…。魔王様に仕えていたメイド長でして、あまり戦争の事には関わってなく、人相もよく知りませんでしたので気付けませんでした」

 「俺の顔を見るなり驚いていたようだったが?」

 「それは…」


 言い淀むムスリカ。


 「まぁ良いよ、魔族になんかどう思われてようと」


 話の腰を折るべきではない。本題に入らなければ。


 「昨日の魔族、あれはどういうことだ」

 「あれは、魔王様の力が暴走した結果です」

 「暴走?」

 「はい。私たちがこちらの世界に来たのは、8年前になります」


 八年前?そんな前からこっちの世界に来ていたのか。


 「魔王様は戦況の悪化を鑑みて、私たちをこちらの世界に逃がしてくれました。それから8年、各々がなんとかこちらの世界で生きてきました」

 「まるで馴染んできましたって言い方だな。大方こっちの世界も支配しようって魂胆だったんだろ?」


 ムスリカは首を振る。


 「こちらに来る前に魔王様から言われたんです。絶対に何もせず、平穏に暮らすようにと…」

 「はぁ?あいつが?」

 「私にも意図はわかりませんでした。ですが私を含めて送られた者たちはみんな戦いに積極的ではない者たちです」


 積極的じゃない、そんなことがあるのか?そう考えたが、前線に居なかった以上はそう思うことにした。


 「こちらの世界に一時的に避難するということで私たちはやってきました。それから今まで、私たち魔族であるという事を隠して生きてきました」


 そこまで言うとムスリカはコーヒーを飲む、手が少し震えていたのは俺を前にした恐怖からだろうか。それとも別の意味での震えだったのか。


 「6年程前からです、私たちの中である違和感が生じ始めたのは」 

 「名前か」

 「はい、何名かの名前を思い出せなかったのです。辛うじて思い出せたのは、魔王様に名付けて貰う前の族称のみ…」


 魔王から貰った名前、それを失うということは野良の魔族に戻ること。そうなると知性もなく、ただ周囲に被害を及ぼすだけの存在に元通りだ。


 「そしてある日、目の前で消滅したという報告されました。その経過から…」

 「魔王の滅魔力が原因だと」

 「魔王様の力が弱まったことでそれを補おうと私たちの魔族の魔力を消滅させることでそのバランスを保とうしてるんだと思います」


 つまり、魔王が死んだことでその滅魔力が魔族自身の魔力と釣り合ういを取ろうとしている。魔族の体を構成するのに滅魔力は関係ない、だから魔力そのものを消されると魔族はその体を維持できなくなる。


 「けれど、私たちにはどうする事も出来ません。滅魔力を捨てれば理性を失い、ただ暴れるだけの存在になる。何より、魔王様からの名前を捨てる事なんて…」


 正直、こいつらがどうなろうが知ったことではない。ただ、被害をもたらす事に消極的なのは意外だった。


 「なぁ、一つ聞いて良いか」

 「…なんでしょう」

 「俺が憎くはないのか」


 俺は魔王を殺した張本人だ。それならこの場で襲ってきてもおかしくはない。


 「私は貴方の事をよく知っているわけではありません。それに…」

 「それに?」

 「魔王様が消えたとなれば、それは貴方が直接倒したというわけでもないですし」

 「…ちょっと待て」

 「…何か?」

 「魔王は俺が殺した。お前らは先に逃げたからわからないんだろうが」

 「まさか、そんなわけありません」


 机を軽く叩く、加減をしないと割ってしまいかねない。それでもコーヒーが零れてしまった。


 「じゃあ何か、俺はノコノコ逃げ帰った臆病者にでも見えるのか?」


 沈黙、頭に血が上ってしまった。


 いや、うすうす感づいていた。最初はそんなわけがないと思っていたが、昨日の出来事。そして、この会話。脳裏に焼き付いた魔王の顔と、静かに消えていくその様が一つの解を示していた。


 「魔王様は、自ら消滅したんだと思います」

 「何故そんなこと?俺に勝てないからって自暴自棄にでもなったって言うのか?」

 「わかりません…。けれど、私たちがもう魔王様の名前を忘れているという事は、もう魔王様自身の名を失ってしまった、消えてしまったとしか」


 確かに、俺自身もう魔王の名前を忘れている。昨日の魔族が名前を叫んではいたが、それを思い出す事は出来ない。魔王は族称だから忘れない、ムスリカ達が今陥っている状況と照らし合わせてもそうとしか考えられない。


 「俺は、魔王を倒したと勘違いしてた。道化ってことか」


 多分、魔王が笑っていたのはそういうことなんだろう。俺は別に魔王を倒したわけじゃない。勝手にそう思い込んでる痛い奴ってことだ。


 そこからお互いに黙ったまま、数分程経過したところだった。


 「葵…さま。ひとつ、お願いがございます」


 ムスリカは横にずれて、手を付く。


 「貴方が私たちを憎んでいることは重々承知しています。ですが!ですが…」


 声を震わせながら。


 「どうか…私たちを、助けてくれませんか!」


 俺は、意表を突かれてしまった。

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