決死の一手
まぁ、いずれバレるとは思っていた。どこまで隠しておこうかと悩んではいた。
一歩、また一歩。床に血の足跡を残しながら、院内を歩いて行く。道中で倉屋と会った際、酷く錯乱をしながら爆発があったと言っていた。おそらくその部屋だろう前には大きな穴が空いて、部屋の各所からところどころうめき声も上がっている。
少しの逡巡、呆れ、変わってしまった己への悪態。けれど、その血の足跡を部屋の中へと向けた。
〈損傷、損傷。躯体ノ56%ガ稼動不能 〉
「ふん、遺物が。我々の転移に乗っかっただけのゴミのクセに 」
なんだこれは。俺は本当に元の世界に戻って来れたのか。そんな錯覚をしてしまうくらいにここまでの出来事に改めて面食らってしまった。
男があの二つ目の機械を蹴ると床に倒れて各部から軋む音が鳴る。
先程病室で襲って来た魔族、それと同じ服装。顔に着けたバイザーの色は違うがどこか同じ組織に属していることは理解出来る。だけど、問題は。
「お前、…人間だろ! 」
「? それがどうした 」
そう、こいつからは魔族のような膨大な魔力を感じない。寧ろ一般人、それより酷い、こちらの世界の人間とすら思える程に魔力が無い。それなのに、だと言うのに。
男は耳に手を当てて何か情報を聞いているようだ。その様子で他にも仲間がいる事、こいつも恐らく俺が居た頃より未来から来ている。あんなものは俺が戦っていた時には一切なかった。
「それじゃあ、死んでもらうか 」
向けられた手から光が発せられると、俺が居た場所に氷塊が発生する。魔力を感じないこんな人間でもこれほどの魔術を行使出来るのか。とっさに翻した体の痛みに顔を歪めながら、やはり目の前の人物が向こうの世界の、未来の者だと実感させられる。
こんな狭い場所でこんな魔術を行使され続けたら、寒すぎて今度は凍傷になってしまう。ドアの方を見ると既にドアノブには氷があり、ここから逃がさないという男の殺意が充満し始めていた。
今の体でどこまで出来るか。抗魔力は完璧、左腕はなるべく動かしたくはない。まだ痛むところはあるが動けないわけじゃない。万全じゃないが戦える、今までもこんな状況に陥らなかったわけじゃない。やりようはある。二つ目は動かないが、その腰にあるものに視線を向けた。
空中に大きな氷塊が発生し、向かってくる。足裏に冷たさを感じながら氷を踏みつけて、飛んでくるそれを避けながら俺は二つ目の躯体に触れて、恐らくそうだろう物を手に取った。
鞘も柄も、似たものではなく刀の形状をしているが。柄頭に見覚えのある石がある、それで判断できた。認めたくないが、こうぽんぽん造られているとなると思うところがある。
鞘を地に刺し、右手で鯉口を切りながらそのまま刀を抜いた。いささか感触は似て非なるが、完全にそれは。
「抗魔力は…しっかり乗るな 」
刀身がうっすら光りながら揺らめいて、男に斬りかかる。
この狭い状況なら魔術の行使をするより早く攻撃をしかけられる。もちろん殺すつもりはない、この男からはいろいろ聞かなければならないのだから。
片手しか使えないため、どうしても大振りになってしまう。いくつかの攻撃を避けられてしまうが、隅に追い詰める。魔術は行使させない、直撃を確信すると上身ではなく棟を当てるようにした。それがまずかった。
刀身を氷で受け止められてしまい、抗魔力を流して破砕を試みるがより早く男の蹴りが腹に入ってしまった。
再び壁に打ち付けられ、背中の痛みに苦しみながら上空から飛来する氷のつぶてを回避する。思っている以上に体が言う事が聞かない、どうしてもぎこちなく動いてしまう。この狭い空間なら魔術行使も難しいと踏んでいたが、立ち回りを考えればそれは長物を振り回す自分も同じで、せめて両手で扱えたらもう少しやりようがあったんだが。場所を移動しようにも吹き抜けで上にしか移動が出来ない。ドアを開けて廊下に出ても良いが、あの男がドアの前で立ち回りながら徐々に隙間すら凍らせて固定を進めている。
「なんだ、意外と大した事がないな 」
「怪我人を襲っといてよく言うよ 」
「そんな強気で誤魔化せる程、お前は強くないだろう 」
バイザーの上からでは表情が読みづらいが、その動作から失意が読み取れた。
「まぁ殺せと言われてる以上、手は抜かないが 」
上に逃げるか、このまま迎え撃つか。冷気が全身から熱を奪うせいで手も足も先が上手く動かない、どちらに行動しようとも不利になってしまう。
剣先を相手に向けたままこの状況を打開する術を思考する、なんとかして動きを封じられれば一撃で屠れるのに。
「それじゃこれで終わりにするか 」
視線を逸らさない、周囲に氷塊が作られていく。回避しきれるとは思えないその数に焦りと恐怖を、自身が今出来る事が逃げの一手な事しか思いつけない情けなさに、戦意が揺らぐ。
そのせいか、相手の動きを見切れなかった。突然、床に倒れた。
〈残リ可動時間、30秒。攻撃不可。攻撃ハ不可、コウゲキデハ、アリマセン 〉
「くそ、ガラクタが! 」
二つ目が足を掴んでいる。そこから氷が徐々に躯体にまで広がっていくが、それによってより強固に掴ませてしまう。今なら。
その状況を理解するのに一瞬気を取られてしまったが、床に倒れたままなら当てられる。
間合いを詰めながらも相手は氷塊をこちらに向けて飛ばしてくるが、これを逃すわけにはいかない。ここで倒せなければ、俺が死ぬだけ。刀身に抗魔力を纏わせて、目前に生成された防御の為の氷塊すら切り裂いて。
その刃をついに届かせる。




