決まり手
その刀身は如何に切れるかではなく、効率よく伝導させる為。柄に嵌められた石は既に採掘が不可能な代物で貯蔵の役割を持つ。持ち手の素材には、抗魔力を浸透させ剣全体に行き渡らせる素材で作られている。
見間違える筈がない。俺の代名詞、俺の強さの象徴。光剣がそこにはあった。
それを振るうのは生気を感じない冷たさを内包した一つ目のロボット。そして今、光剣はオミナえと振り下ろされようとしていた。
「させ、るかぁ! 」
白状すると、これ以上は抗魔力を使いたくない。だが、目の前で誰かが殺さるのを仕方ないと見過ごせるわけもない。それが魔族だとしても。違う、魔族だからこそ。
オミナを掴んで引き寄せる。右手が使えるのは不幸中の幸いだ。利き手の方がまだ細かく抗魔力を行使できる。
振り下ろされた光剣は、地面に叩きつけられて衝撃を走らせる。
これ以上は七将に抗魔力を当てるのはまずいのに、助けるにはこうするしか
なかった。早く、早くしないと。
「大丈夫か七将! 」
そんな自分の言葉に数秒、気付いて血の気が引いた。この状況で、こんな時に。可能性はあった、そしてここまでの経緯から七将が魔術を行使して応戦した、加えて俺との抗魔力での接触と抗魔力を操る敵。そうなってもおかしくはないのだが、それでも今の状況で。
消滅が始まっている。七将の中で滅魔力が暴走を始めた。
既にやけどにケガ、抗魔力の過剰行使で出血も多量にしている。まともに動かせるわけもないが、思考を止めたらそれこそ終わりだと実感していた。
どうする、どうする。こんな容体で処置をすればいくら七将のでも耐えられるわけがない。現状の俺の抗魔力ではそんな膨大な抗魔力は使えない、行使しきれる時間もない。そもそも、こんな状況で目の前のロボットがそれを許すわけがない。
目線が合う。俺ではなく七将を見ている。先ほどまでのように透明にはならずゆっくりとこちらにその金属の棒を複雑に組み合わせたような足を進ませる。
何を考えているのかもわからないこんな機械にどう対処すれば良いのか。思考が遅くなっていく、考えも単純になっていく。逃げる、どうやって。戦う、どうやって。状況が圧倒的に不利なこんな状況で、息が上がってくる、もう頭はおろか全身に酸素が行き届いているのか怪しくなるほど体の重みが増していく。
消滅前、魔族は暴走します。
走馬灯にはまだ早い筈だが、ムスリカとの会話が過る。魔力が極端に減り、滅魔力に対応できなくなった魔族はむやみやたらに暴れ出す。だがそれは消えるほんの数分前の状態。そうなればもう魔族は助からない。
目の前には自分が知る中で最高の武器がある。魔族たちに処置をしている中でどうしても思わずにいられなかった事、もしこの武器があればと。
最悪の仮定、針の穴を通すような行為。それをするのにどれほどの幸運が付いて回らなければならないか。あんなこと良いな、出来たら良いな。そんなふざけた歌詞が聞こえてきそうな無謀に、俺はもう賭けるしかないと思わずにはいられない。
「ごめん、七将 」
俺は抗魔力を捻り出し、目から血を零しながらそれを七将の口に流し込む。処置が出来るほど抗魔力は無い、が。今の状況で魔力が少ない七将にとってその行為は、より魔力を消費する行為に他ならず。
目を開き、俺の首を掴む。わずかに透けている腕を掴み返す事なくそのまま投げ飛ばされた。その先にはロボット、俺は勢いに任せてロボットに体当たり、とは名ばかりの飛び道具としてぶつけられた。
「スフェンダ…コッチヲミロ 」
雄たけびをあげて、地面からいくつもの剣が生えて、それがロボット目掛けて飛んでいく。その余波に呑まれながら、俺は必死に立ち上がりロボットに向かって走り出した。
手にいくつもの剣を持ち、さらに前後上下左右の全方位から剣が飛んできていた。当のロボットはその手数を捌きながら七将の攻撃をもいなしていくが、次第にいくつかの剣が刺さり始め、体勢を崩す。今ならやれる、間に合え。
そんな希望虚しく、ロボットはノイズと共に消えていく。一転して劣勢になったと判断したのか、再度透明になって姿を消す。
「しまった! これだと 」
「スフェンダぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」
当然こっちに来る、戦うのは初めてだが容赦ないその殺意が冷たく剣にのって俺に襲いかかる。今の俺にはこれ以上抗魔力を使える余裕はない。強化がされていない素の身体能力でそれを避けるしかない。向こうの世界でかなり動けるようになってはいるが、それを補うように抗魔力を使ってもいた為回避しきれず何本か体を切り過ぎていく。
「ドウシテワタシトタタカワナイ! ドウシテワタシヲ見ナイ! 」
「まさかの激重感情かよ! 」
そんな悪態を付いて、脇腹に一本剣が刺さる。しまった。
勢いで木に叩きつけられ、そのまま木に剣が刺さる。固定されてしまった。木から抜き切るほどの力はない。この土壇場でこの判断が出来たのはやはり戦場に身を置いていたのが大きい。剣を貫通させる、持ち手の部分には装飾なんかないほぼ形だけの一本の棒のような形状のおかげでそのまま脇腹を貫かせられた。
別に体に穴が空くのはこれが初めてじゃない。痛みに悶えながら、続く剣の雨を躱していく。
七将の体はもうガラスのように透き通っている。こんな事をしている暇なんかないのに、肝心のロボットは七将以上に透明になって姿を現さない。
体を流れる液体は血だが、それに交じって汗も流れる。焦りで心拍数も上がり、血も汗もより多く流れている。せめて、透明ロボットがどこにいるのかさえ分かれば。
回避が間に合わず、もう使えない左手でそれを防御して二本も刺さったそれを振りかぶる勢いで引き抜く。
こんなバカげた賭けをした自分の顔を殴りたい。いや、そもそもここに来た事が間違いだった。魔族の為なんてご丁寧なお題目をかかげて、突っ走ったバカが俺だ。これは自分にしかできない事だと勘違いして、先走って。だから、こんな最悪な状況を招いて。
思考は止めなかったが、それが却って悪い考えばかりを走らせるようになる。この状況を打開する方法よりも、後悔がひたすらその先に来る。こんなはずじゃないのに、きっと上手くやれると皮算用した。もうすぐ暴走が終わる、七将は消えてロボットは俺を無視してまた魔族を殺しに行く。俺だけが、置いて行かれいていく。取り残されている。ここに来るんじゃなかった、最初から。
頭に響く、手を叩く音。別れ際、追いかけるでもなく阿久井はそれだけをした。その姿を思い出して。再び、脳が動きだす。
「これ以上は無理だってのに、けどこれが最後だ。これで上手く行かなかったら 」
もう誰にも会いたいと思わないだろう。自分に出来る最大限を今。
七将の姿に魔王の姿が重なる。髪も背も似つかないが、自然とそう映っていた。
恐らく捻り出せる抗魔力はこれが最後だ。覚悟を決めろ、賭けたのは俺だろうが。成功を考えないでどうする。集中しろ。
抗魔力を捻り出して、視界が赤くなる。目からの出血で世界が赤一色に染まった。鼻と口からは出過ぎて顎から洪水のように垂れ流れているだろう。
ほんの一瞬。抗魔力による衝撃波を周辺に放った。超音波みたいに周囲からその余波がどう返ってくるのか、耳さえ無事なら聞き取れる。大きく、荒波のように帰ってくるのは七将だろう。もし七将の後ろに隠れているのなら、それで終わり。俺の運が無かった。
けれど、その遥か上に何も返ってこない箇所がある。何も無い宙、七将の真上。そこだけ何も存在していない穴のような箇所。迷うことなく、駆け出す。
間に合え。目が塞がれてまともな回避も出来ない、急所と足にさえ当たらない事を祈るしかなく、痛みは太もも、肩。側頭部と増えていくが、止まるほどの物でもない。多分、目の前くらいで俺は無事な左足で跳ねると。
「捕まえたぞ、透明ロボット! 」
その体の一部を掴んだ。ここは足だろう、瞬きをして景色が少し見えるようになると不気味な光を放つロボットが俺の顔を覗き込んでいた。ようやく俺が見えたらしい。
「そいつの使い方、教えてやるよ! 」
地面に叩きつけると、体勢を整えさせる事なくロボットの腕を掴んで。背後に落ちた俺たちに気付いた七将。振り向きながら手に持った剣を振るう。もう防御は間に合わない、尤も最初から考えて居なかったが。左腕を差し出して、その先がかなたに飛んでいった。
これで良い。今の俺なら競馬で一儲け出来そうだ、ロボットの腕越しに抗魔力の流れを感じる。しかもこいつそんな消費してなさそうだ、ならありがたく使わせて貰う。
消えゆく七将の胸に、光剣を突き刺す。さぁ、もう一踏ん張りだ。
光剣を、ロボット越しのおかげか存分に抗魔力を七将に流し込める。本来ならここからの細かい作業なんて土台無理なのだろうが、流石は光剣。指を動かすより繊細に抗魔力の流れを操作出来る。ロボットの方は急激なエネルギー流失で胸部の光が点滅、隙間からの光も無くなっている。動かないのは良いが、処置が終わるまでに抗魔力が切れないでくれ。
事が全て上手く運んだ高揚感で、首から上が軽い。冴え渡って、滅魔力の発生している臓器がどこなのか、すぐに検討が付いた。
倉屋とムスリカ、二人の泣き顔が浮かんできた。大丈夫、これ以上泣かせはしない。
光剣を引き抜いて、その流れで傷口を抗魔力で塞ぐ。上手く行ってるなら、もうオミナは抗魔力が平気な筈だ。
地に転がり、右手を使いながら体を支える。目線の先には、倒れるオミナの姿があった。いや、名前がわかる。それならあとは。
ロボットの方を見るとその体には僅かに光が残っており、ぎこちない動きで体を起こそうとするが、立ち上がれない。よく見るとロボットにはもう両腕がなく、残されていた方も俺がしっかり握っていた。
持ち替えようにも左手が無い。俺はそのロボットの腕に握られている光剣を。
「これで終わりだ 」
ロボットの胸に突き立てた。




