その者、感知できず
その現場を目撃した者は誰しもが確信する。おおよそこの世に生を頂いた者が、同じ命を頂いた者に対して行う事ではないと。
一昨日に続いて、これで二人と三人目。しかも現場はデパートの中、幸いにもその姿はあまりに原型を留めていない為一般の人々にはそれが人外の者だと判断するのは難しいだろう。そう信じたい。
俺はカフェで働いていて、その現場を見れたわけじゃない。だが人が多数居て、その中に混じった二人だけの魔族。それをピンポイントで殺害したとなれば、最早確信犯だ。
現場に駆け付けた時には、人混み、野次馬。そこから外れた場所に一人隠れて、泣き崩れていた彼女を発見する。傍で倉屋が背中をさすっている。
「大丈夫か 」
冷静に、冷静に振舞え。倉屋に悟られるな。
「葵君… 」
倉屋はムスリカ達がただの外国人だと認識している。彼女たちは少なくとも5年以上の付き合いをしている筈だ、その中でムスリカはその事を隠し通している。
「ごめんね、葵君。私も…、ちょっとむりかも… 」
ムスリカに寄り添うように、声を押し殺しながら。
遠くから見つめる幻覚はまだ笑っていた。何がおかしい。何がおかしい!!
そいつが笑うのは俺の不甲斐なさ、情けなさだ。それだけならまだ良い、だけど今は俺を笑っているんじゃない。妹の姿形を真似てりゃいい気になりやがって、幻覚の分際で俺以外を笑ってんじゃない。
「倉屋、少しムスリカを頼めるか 」
「葵君は? 」
何か言葉を返したかったけど、それ以上は抑え込める自信がなかった。多分、何かを悟られてしまうだろう。
今は、犯人を追おう。
「こっちは大丈夫だよ、魔族のみんなに声をかけて可能な限り一カ所に集まって貰ってる 」
「そうか、悪いな。移動の魔術行使までさせてしまって 」
ゼーラには魔族達に犯行場所から遠い場所に避難するようにお願いをした。県外まで移動させるのは少しやり過ぎな気がするが、それでも今回の件を考えればやり過ぎくらいが良いだろう。
「こればっかりはね…それに抗魔力のおかげで魔術行使が楽になってるし、葵さんのおかげでもあるんだよ! 」
果たしてそんな言葉を受け取って良いほど自分は何か役に立てているのかわからないが、冷静さを取り戻せる心地よさだった。通話越しだから軽く受け止められたが、目の前で言われたらどう反応すべきか。
通話を切ると、一呼吸。
魔族達が殺されてまだ1時間も経っていない。そう遠くには行ってない。
手には、魔王の髪。探索の魔術行使を使って探すのは殺された魔族たちの血。あれほど残酷に、ばらばらに割いたのならその一滴ぐらいはついているはずだ。それを頼りに探索させる。
魔力に関しては、腕に着けている趣味の悪いブレスレットから魔力を関節的に供給して貰っている。ゼーラの魔力が込められていて、これなら俺でも一時的に探索魔術程度なら行使できる。見た目さえよければなぁ、なんかこっち見てる感じがして怖い。
昨日オミナと会話した後、改めて魔族殺しを行ったであろう人物について整理していた。特異な魔力を持ち、魔族に対して情報を得ている。
同じ向こうの世界の人間か、或いは俺のように帰還を果たした人物か。そのどちらかの可能性が高い以上、一つ問題があった。俺を知っているのかどうか。転移陣による移動には時間の指定が出来ない。もしかしたら解決する方法があるのかもしれないが、少なくともそこを突き詰めるのは不可能だし、俺は門外漢だ。陣について詳しいのは俺を呼んだサリィか、あるいはあのうさん臭い魔術師団の隊長。
そして、陣を調べていたという魔王。
誰にしてもコンタクトは取れない。転移陣について調べる事が出来るのなら、こちらの世界に来た他の魔族達もとっくの昔にやっている。
一度使用された転移陣は消滅する、再度描く必要がある。だからどの時代から来たのかを知るのは不可能だ。けれど、もし俺の事を知っているのなら。それは少なくとも俺が魔王を討伐した時期より以降の人物になる。恐らく存在は周知されているし、どんな戦い方をするのか手の内がばれていると考えた方が良い。
「くっそ、考え出したらよけいなことをまた考えそうになる。落ち着け、俺が思考しなきゃいけないのは 」
探索魔術が対象に近づいていると仄かに光からその反応を見ながら追跡する、店を抜け出してまで来たんだから相応の収穫が欲しいところだ。
探索魔術とは別に先程から抗魔力による索敵を行なっているが、異常な魔力を感知は出来ない。あんな魔力壁を生み出した人物ならそれを隠し通すのにも限度がある筈。
索敵の範囲を広げ過ぎて抗魔力を消費もしたくない、最大まで広げればこの市の範囲はカバーできるが、それをしても今の俺ならその日は抗魔力を使った戦闘は出来ない。可能ならしたくない。
くそ、光剣が欲しい。こんな平和な世界でそんな物を必要としたくなかった。あんな物を必要としたくなんて。
うだうだ考えていた。今は魔力を感知できる状態、戦闘をいつでも行える体運び。こんな町中で仕掛けてくるなんて考えもしなかった。平和な世界、そんな考えを俺は捨てなければいけなかったのに。
「なにしてんだ 」
目の前、声の主、それに気付けなかった。最大限の警戒をしていたはずなのに、俺はその気配も、魔力も、一切を感じ取れなかった上に視覚として認識すらできずにそこまでの接近を許した事に動揺して。
「まだ昼前だぞ、戻れ 」
いつにも増して、目が怖い阿久井さんが居た。
「え、いや… 」
「業務中は別にスマホ禁止してるわけじゃねぇ。使ったあと手を洗うんなら基本不問だ 」
極端に集中していたせいもあって、言葉を返しそこねる。おまけに事情を説明しようにも全部理解というか、無関係な阿久井さんに伝わるわけがない。
「今日が平日じゃなかったら、お前。マスターが過労死してたんだぞ! 」
「いや、阿久井さんが居てそれはないだろ 」
「良いから戻れ。お前は皿だけ洗ってりゃ良いんだよ 」
そういえば、妹の事を知って以降はまた皿洗いさせられる時間の方が増えた。皿を割る枚数も前と同じペースで割ってる。なんでこの人は俺に皿洗いさせたがるんだろうか。
「ごめん、阿久井さん 」
普段なら頭を下げて足ぐるぐるさせて戻っていたけど。今は少しでも時間が欲しい。
頭を下げ、阿久井さんの隣を駆ける。
「今日は欠勤で、マスターにもごめんって伝えといてほしい 」
後ろから阿久井さんが追いかけてくる気配は感じない。いや、もしかしたら振り返るとそこにいるのかもしれない。あれほど上手く気配を消せる人なら。
「葵! 」
声は離れていて、やはり追ってはきていない。少しだけ振り返ってみた。
阿久井さんは俺が見ているのを確信すると、何故か手を叩いて開く。たったそれだけの挙動。なんでそんな事をしたのか意味がわからない。
わからないが、その手を叩く音だけは鮮明に耳に届いた。
立ち止まっている時間も惜しい。阿久井さんの行動の意味と、以前から感じて違和感を、置き去りにして妹の形見を握りしめる。




