不明な存在
三日もここにいる。オミナはそう言ってわーわー泣き出した。周りに木があるだけで何もない場所に、飲まず食わずで精神的に参ってしまったようで。
そう言えば魔族は食事なんているのか?そう問いかけたが、魔力を生み出すのにもその糧にしなければならない物が必要。向こうの世界では空気中にも魔力が混じっていたが、こちらそうではない。そうなれば、魔力で構成されていない肉体の方で魔力を生成しなければならない。つまり食事を摂らなければ生成出来ないとの事。魔力さえあればどこでも生きていける生物と認識していたが。
「でも、この魔力壁。いったい誰が行使したんだ? 」
よく見るとオミナの周囲を見えない壁で囲われており、それのせいでここから移動もままならないとの事。
「これ凄いですよ!魔力だけで構成されてます! 」
「それって行使した結果、魔力で生成された物ではなく? 」
「はい。なにかの媒体を通したような澱みがありません。私達の抗魔力にだってここまで出来るかどうか… 」
抗魔力を纏わせて壁に触れてみる。そして、その魔力壁の凄まじさに身震いしてしまった。魔力で構成されているがそれは魔力とは違う別の力で構成されていて、抗魔力で触れられない。壁の冷たさを肌で直に感じられる。
「これは…いったいなんだ? 本当に魔力なのか? 」
「え? 魔力ですよねこれ 」
「いや、魔力かこれ? どっちかと言えば 」
抗魔力や滅魔力に近い感じだ。けどそのどちらでもない、目の前のそれは向こうの世界でも決して感じてはならない温度と感覚を、触れた箇所からは冷徹な、内側からはまるで赤熱化された鉄を当てられたようだ。
相反する感覚。その違和感に何故か引き込まれてしまう。
「どうでもいいわよん。そんなこと 」
オミナはその壁を蹴るが、壁には音すら響かない。
魔力を完全に遮断するこの壁のせいで、誰もそれを破れない。魔術で行使すればそもそも触れられず、純粋な力だけでも揺るぎはしない。
それは七将の力も受け付けない。もちろん、俺も例外じゃない。
「あたくしがその気になればこんな壁ぶち破れるのよ! 」
「なんかこんなのが魔王に反乱したなんて信じられないな 」
「まぁ、オミナ様はのせられた側だと聞いています。七将の中で一番アホだったと聞いてるので 」
ムスリカ、言葉が強いな。魔王に仕えたこいつとしては、それに反逆をした奴なんて軽蔑の対象に過ぎないのだろう。
それはきっと、俺も同じはず。
「しかし、私としてはオミナ様のこの現状はとても好都合です。この状況も理解はできませんが、最大限利用しましょう 」
「というと? 」
ゼーラは魔力壁に対して抗魔力、魔力を合わせた魔術行使を使って壁を殴っているが何も響いてはいない。どこか楽しそうではあるが。
「魔王様は陣を利用して、三人の七将を世界から追放しました。一人一人を時間差を持ってこちらの世界に送っていました 」
「なるほど、俺も聞かなきゃいけない話ではあるな 」
あの転移陣は、魔術陣としては不完全なまま。送る場所はある程度絞れはするのだろうが、その時間を指定はできないのではないか。少なくともそう考えなければ、俺が10年後のこの世界に送られるわけもないし、俺の家族も…。
「この世界にもいずれ七将が、或いは既に送り込まれている可能性があります 」
オミナは現状こうしてここに囚われている以上は問題はない。だが残りの二人がそうとは限らない、そして俺の知っている七将の性格を考えれば。
おとなしくこの世界に居座るわけがない。
「あー死んでるわよん 」
「…はい? 」
「なんて? 」
「こっちの世界に送られた他の七将、フジバ、ナシコの二人はもう死んでるわよん 」
「なんでわかるんだ 」
そう尋ねるとオミナは首にかけた宝石を俺たちに見せる。
「やっぱムスリカは知ってるわよねん。七将同士で互いの生存を確認できる、繋がりの魔術行使の媒体。これを使えば他の七将が生きてるのか、どこにいるのかを把握できるのよん 」
その赤い石はもう輝く事はなく、光を持ってしてもそれを屈折させることはない。
「あたくしが最初にこの世界に送られた。だからといってその順番通りとはいかないだけれどん、少なくとも生きてはないわ 」
「ムスリカ 」
「はい、私も名前を言えます。ナシコ様にフジバ様、まだ消滅はしていないだろうと思ってはいましたが。まさか… 」
そうしたやり取りをして、俺の中で何か音が鳴った。確信があるわけじゃない、そうだと断言できるわけじゃないが何かが嵌って合致した高揚感に駆られて。
「オミナ、お前は誰に閉じ込められた? 」
もし、このレベルの魔力壁を展開できるような奴なら、魔族にとってはかなり脅威だ。少なくともこんな物を行使できるような奴が七将に後れを取るわけがない。誰かはわからない、だがもしやれるとしたら。
「この魔力壁を展開した奴が、その二人の七将を殺したんだろ 」
同時に、オミナ自身もそいつに狙われてこうして捕らえられている。目的はわからないが、もしかすると魔力切れによる衰弱を狙っての事だろうか。
「あー、えーっと。その事なんのだけれどね… 」
急に歯切れが悪くなる。さっきの自信というか、不遜な態度が引っ込んでいく。
「…覚えてない、のよ。ね… 」
「嘘付くなよ。そんなわけないだろ 」
「ほんとうよん! ほんの3日前の事だったはずなのだけれど。なんかこう…ボヤ~っとして上手く思い出せないのよ 」
「葵さん 」
ムスリカに声をかけられる。彼女の目つきに少々驚きながらムスリカにそれを譲る。
「オミナ様が少なくともその事で嘘を付く事にメリットはないでしょう。それに、もう一つ尋ねたい事もあります 」
ムスリカはオミナに向けてスマホを向ける。そこに映っていたのは。
魔族の亡骸。四肢が無く、顔は。
亡骸自体を見るのは初めてじゃない。魔族の物なら猶更見慣れているが、それにしてもあんまりなありさまだった。
「これは昨日の発見された物です。この出で立ちに見覚えはありませんか 」
昨日。そんな最近の話なのか、これが?
「誰だいそいつ、そもそもあたくし3日前からここにいると言ってるじゃない 」
ムスリカが壁越しに殴りかかろうとするのをゼーラが必死に、という程でもないが後ろから羽交い締めで止める。
そりゃそんな表情されたら俺だって殴りにかかるが、今のオミナには触れることすら叶わない。
「第一わたくしはこっちに来て始めて会った魔族はあなたに連絡した魔族よ。そんな奴については知らないわよん 」
オミナの腹の虫が鳴いている。もう開き直って恥じらいも感じていないようで。ここまで大っぴらになれるのなら、ここまでの情報で確かに嘘を付く気にもなれないなだろう。
「じゃあ、いったい誰が… 」
瞳が潤んで、スカートを強く握りしめる。ムスリカが今まで自分の仲間たちの為に動いてきた、魔王の仇であろう俺にも頭を下げてまで守るという意志見せた彼女にとって仲間である魔族の死を見るのは、とても。
「決まってるだろ 」
俺は、多分自分でも少しテンションがおかしくなっていたんだと思う。自分の中でいろいろなピースを並べてそれがなんとなく上手く繋がって、そこにまたそれらしいピースを当て嵌めてしまった。けれど、それでもこの場において一つの結論が必要だ。それがこんな根拠もないホラを拭かせた。
拳を掌にぶつけ、気合を入れる。
「オミナを閉じ込めた奴の仕業だ。」




