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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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23/30

影に隠れて

 月明かりは雲の上。見通しが悪い木々の中を二つの影が動いていた。片方は追い、片方は逃げ。土の上、木の上、宙の中。影達の間は次第に離れ、一つがまるで壁にぶつかったように地に落ちた。


 逃げていく影を見ながら、地に落ちた者はその背中を見つめ。


 「いじらしいわ 」


 恍惚した表情で見逃した。


 一方で逃げた者は振り返る事なく逃亡を続ける。逃げるうちに目の前には道路が見え、そこで足を止めた。


 安心感より焦燥感に襲われる。あそこに足止めしておく事は出来るが、いつまで止められるか。何より、何よりもだ。


 体の至るところから血が溢れ出る、それはこの戦いで受けたものではない。大半が包帯で塞いでいた筈の、完治しきっていない傷からの再出血。こんな姿を見られればちょっとした騒ぎになってしまう。


 体が限界に近い、意識が薄れていく。しかし、ここで倒れるわけにもいかず、己に鞭を打ち、歩道へと降りる。


 考える、奴の対策を。しかし、体がふらつき上手く歩くことも難しい。我ながら情けない事だと呆れていると、後ろから車が近づいてくる。本来なら気にも止めないがその車は男を少し追い抜くと路肩に停めて、窓から顔を出す。


 「にいちゃん。大丈夫か!」


 こんな田舎、こんな時間、こんな怪しい男に声をかけるなんて身の危険を感じないのだろうか。男は車の横までふらつきながら歩いて行くと、強い明かりを放つ方を指さす。


 「コンビニに行くのか、家近いのか? 」


 男は頷くと、車の主は心配の声をかけながらも走らせる。その赤いライトを最後まで見ながら男は溜息を吐いて。


 「さて、どうしたものか 」


 月がようやく覗かせる。男の傷は、包帯すら体のどこにもなかった。





 倉家から帰して貰った図鑑をめくる。今までの人生で花に触れる事は母さんや妹のおかげで多かったけど、俺自身はそんなに詳しくはない。それは父さんも一緒で、母さんに振り回されるばかりで、慎ましやかな人だった。三歩下がって歩いてたのは父さんで、いや母さんが三歩先を走りすぎていたんだろう。


 今の俺を見て父さんはなんて言うのだろうか。妹の顔もわからないこんな薄情な俺を。父さんが怒った事なんて今まで一度もなかったから俺には想像もつかない。


 「なにやってんだろ俺 」


 今日はカフェも休み。暦の上では夏休みも終わるそんな手前の時期なのに、暑くなるばかりのこの頃。


 視界の端に映るそれも、暑さにやられているからに違いない。そんな風に片づけられればどれほど楽か。何もできない俺を嘲っているのか、落胆しているのか。もうその幻覚がどんな表情をしても、無能な俺にはどうでもよかった。


 「葵さん!! 」


 「うわぁ?! 」


 ゼーラが壁の穴越しに話かけてきた。来週には修復の為に業者が確認に来てくれるそれ越しに俺も情けない悲鳴を上げてしまう。


 「ムスリカさんから連絡見ました?! 」


 「いや…見てない 」


 「急いで来てほしいとの事ですよ!! 」


 そして、俺は久しぶりそう呼ばれる事になる。


 「光剣者であるアオイさんに、頼みたいとの事です! 」






 呼ばれたのはまた山の中。前回みたいに人通りが多いような場所ではないが新幹線の停まる駅が近くにある。これがもう少し海沿いにあれば交通機関としてかなりここは栄えたのだろうが、大人の思惑や政治というのはまだ子供の俺には全てを理解できない。


 山の中と言っても、前回の森ではなく林のような場所で日は真上を既に通過したが、木々の間から陽射しがしっかり差し込んでくる。


 「来ましたね 」


 こんな暑さの中、相も変わらず暑そうな服で凛と佇むムスリカ。そんな彼女の横には。


 ムスリカより少し幼いか、けれど目つきや地に座るポージングが妙な妖艶さを持つ魔族が居た。


 「急な呼び出しってなんだよ 」


 先日、あんな醜態を晒してしまった手前もありあまり彼女とは顔を合わせたくなくて、スマホの通知も切っていたのだが、その結果としてゼーラから突撃されてしまった。


 「緊急事態で、私としてもこうなるとは 」


 「あら、あたくしとしてはそんな腫物のような扱い。悲しくなってしまうわ 」


 見た目よりずっと妙齢な声色に身構える。この魔族からは何も、魔力も滅魔力も感じない。魔族として存在するのに必要な物を、そこから何一つ感じられない。だからこそ不気味で、その声に本能的な拒絶をする。


 「オミナ様。貴方こそご自分の立場がわかっていらっしゃるのですか! 」


 「あら怖い。魔王の傍に居た時はもっと大人しかったじゃない 」


 ムスリカの剣幕に驚いたのはゼーラも同じようだった。同じ魔族だろう、それを守る為に立ちまわってきた彼女が他でもない同族にそんな感情をぶつける姿は知らない。


 そしてオミナと呼ばれた魔族。俺自身も遅れて頭を回し始めた。


 「オミナって、確か… 」


 魔族について無頓着だった光剣者だが。それでも戦う相手にどんな奴がいるのかを最低限頭に入れていた。そして、オミナと呼ばれた魔族は。


 「オミナ様は、魔王軍の中でも特に高い戦闘力を誇った『魔族七将』の一人です 」


 魔族七将、戦ってきた魔族中でもとりわけその魔力が高く、滅魔力の扱いに関しても魔王と遜色ないレベルで使ってきた戦闘狂たち。あの頃の俺が言えた事じゃないが、力こそ全てを全員が体現していたような奴らだった。


 「けど、オミナって魔王に反乱を起こして 」


 「はい、魔王様に敗れて。魔術陣による転移追放をされました 」


 魔王に反乱を起こしたのは七将のうち三人。だから俺が戦う時には、七将なんて言葉だけで空席を四人で埋めようと、むしろその分暴れていたような奴らだった。


 だが、その追放された七将の一人がなぜここに。否、答えは既にはっきりとわかっている。


 「オミナ様、私たちとしては貴方とは関わりたくありません 」


 「そう言われても、あたくしここに来たばかりでこの世界の事なんてまるでわからないのよ?助けてほしいわん 」


 「どの面を下げて! 」


 「可愛いわね 」


 感情が昂って殴りかかりそうになるムスリカをゼーラが抑え込む。最近のゼーラは抗魔力の身体強化もあってかかなり力が強い。ムスリカのそんな姿に一歩引きながらその状況に立てることができた。


 「オミナ、だったな 」


 「呼び捨て? 人間の癖にあたくしを見下さないでほしいのだけど 」


 少し前の俺なら躊躇わず首を狙いに行ったのだろう。だけど、今は。


 「どうしてこんな場所に居るんだ 」


 「口の利き方がなってないわね。お前 」


 強く睨まれるが、そんな物は今も見える幻覚に比べれば微塵も怖くはない。


 だが、そんな強気な顔を。オミナは突然崩し、そして突然。


 「あたくしだってねぇ!! 好きでこんな場所にいないんですのよぉ!! 」


 泣き出してしまった。

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