誰のせいだ
セミの声がやけにうるさく聞こえる。暦の上では夏も終盤に差し掛かっているんだが、暑さはむしろ増している気がしてならない。十年前とさほど変わらない暑さだとは思うが、この時期に暑さが増してるとはあまり感じなかった。温暖化というのは進んでいるのだなと実感する。
そんな暑さに耐えながら俺はムスリカとの待ち合わせ場所に向かっていた。今まではゼーラを通して連絡を取り合ったいたのだが、それを面倒に感じて連絡先を教えてもらった。今後は直接やり取りが出来るようになる。
場所は空港近くにあるグランド。こんな暑い中で健全な少年たちが野球をしていた。倒れてしまわないか心配をしてしまうような暑さの中で彼らは大きな声を出して戦っている。
「きましたね 」
大きな帽子で日を遮っている。服装と相まって季節感がすこぶるおかしな事になっているが、彼女だと一目で分かるからありがたい。もっともここが人数の少ない町だろうと、大都会だろうと、こんなグランドの端っこだろうと、彼女の姿を二度見ない奴なんていないだろうが。
「暑くないのか? 」
「この服は私の魂です。暑さや寒さでおいそれと着替えるつもりはありません 」
「いや…見てるこっちが暑く感じるからさ 」
口ではああ言ってはいるが、よく見ると首筋に汗が流れている。もしすれ違ってしまったのなら、健全な野球少年たちにはあまりに刺激が強かっただろう。俺ですらあまり直視は出来ない。
「先日の… 」
「うん? 」
「先日の件は…その、大丈夫ですか? 」
「うん…まぁなんとか」
とりあえず、平静を保ててはいるつもりなんだが。やはり顔色というか、雰囲気にそういったものが出ているのだろうか。今も幻が見えている、こうして何か考えていたり動いていたりした方がその幻も遠くにいる気がしている。
「正直、まだ実感がわかないのです。魔王様が元人間だということ、そして貴方の妹だと言う事が 」
そんな事、俺の方が信じられない。何がどうなって妹が魔族になったのか、妹がなぜ俺が転移した時間より何百年も前に居たのか。何がどうなっているのか何もわからない。
「もしかしたら、えっと…その5番目?ってやつの妄言の可能性だってありえるだろけど… 」
「そうだと言いきりたいところですが 」
「わかってる。消滅前に過るのは魔王に関する記憶なんだろ 」
「そうですね…、私が見てきた者たちは皆それを口走っていました 」
各々が魔王に対してか。妹がその魔族たちに如何に慕われていたかわかるのが兄として嬉しいが。
吐き気に襲われる。幻に見られている。頭の中を覗かれて、指されている気がして口を抑える。
「…やはり今日は 」
「いや、大丈夫だ。やらせてくれ 」
魔族に対して今の俺が出来ることはこれだけだ。少しでも、消えてしまう可能性を無くさねばならない。この処置は現状、俺が出来るただ一つの。
「貴方がそう仰るのであれば止めはしませんが 」
「それに、むしろ今日は調子が良いくらいなんだ。もしかしたら全員成功するかもしれない! 」
その日は魔族の誰にも処置が出来なかった。抗魔力の調子が悪いとかでもない、処置をしている最中に幻がこちらを見てくる、囁いてくる。処置をしてしまうとどうしても魔族は苦しい思いをしてしまう。それを指しながらこちらに囁いてくる。集中する事が出来ず、魔力の発生器官を探るのにも時間かけてしまい魔族たち自身がまずもてなかった。一人に失敗し、二人目も同様に処置をしたがその魔族は想定より暴れてしまい急遽中断。そして三人目も一人目と同様に集中が出来なかった。
わざわざ時間を割いてまでこんな苦しい事をさせてしまっているのに、肝心の俺が全員失敗してしまった。ちゃんと処置をして誰かが耐えられず暴れてしまうのにはまだ良い。けれど。
「ごめん… 」
その日の自分の不甲斐なさに苛立ちと怒りを覚えながらムスリカに謝っていた。
「こんなはずじゃ、ないのに 」
建物の外にあったベンチに座って、地面を見つめる。見上げればそこに幻が立っている気がして顔を上げられない。
「葵さん 」
例え彼女に呼ばれても顔を上げる事は出来ない。それほどまでに前を見るのが怖かった。
「実は、ゼーラからとある提案を受けているのです 」
「提案? 」
「はい。率直に申し上げますと 」
その言葉は目の前の恐怖を遠くに追いやってくれた。しかし。
「葵さんはもう処置をしなくても大丈夫です 」
幻が、遠くで笑ってくる。
「は? 」
「葵さんが処置をしてくださった魔族たちは皆少なからず抗魔力を扱えるようになりました。ゼーラは特に。そこで彼らに頼んで処置が出来ないか試してもらったんです 」
顔を上げて、彼女の方を見る。夕日を帽子が遮って目元が良く見えない。
「結果として。処置は滞りなく、寧ろ葵さんが施すときより拒否反応も無く安全に確実に行えました 」
「なんで… 」
「魔力の扱いに関しては我々の方が上、どこに器官があるか、どう抗魔力を流せば苦しまないか、それを我々は探るのではなく魔族同志で分かり合える。だからより安全に 」
「ちょっと待ってくれ! 」
それは、めでたい事だ。俺なんかの力に頼らずとも同じ魔族同士で助け合える、願ったり叶ったりじゃないか。
「俺の方が抗魔力は多い、一日に処置出来る人数だって俺一人の方が多い 」
「ですが、同時に負担も大きい。魔族にも、貴方にも 」
「俺なら心配いらない。多少の出血だってするが、これくらいなら平気だ! 」
俺はどうなる?今の俺が魔族にしてやれるのはこのくらいしかないのに、それを取り上げたら俺は彼らに何をしてやれるんだ?
「三人目の時点で葵さん、貴方は口から血を出してましたね 」
「上手くいかなかったから通常より多く抗魔力を使っただけで、それは… 」
「我々としては、生き延びる道筋を見つけてくれた貴方には感謝しています。そして、魔王様の言葉も間違っていなかったと確信も出来ました。 」
俺がしてやれるのは、俺にはこれくらいしか。
「ご家族の探索には今後もゼーラに言って下されば手伝ってくれますのでご安心ください。 」
まだムスリカには伝えていない、家族はみんなもうこの世界には。だから妹は、魔王は、俺が。
「嫌だ… 」
「葵さん? 」
「頼む! もっと上手くやれる!何が悪い?どう使えば良い?教えてくれ!そうしたら今以上に効率よくやってみせる 」
多分、酷い顔をしている。ムスリカは困惑した表情を見せてはいながら、どこか怖い物を見ている表情だった。
魔王を結果的に消滅させたのは、魔王から全てを奪ったのは、妹の居た場所を壊したのは。そんな俺に出来るのは今目の前にいる魔族たちを助ける事しかできないのだから、だから。
「だから…許しくてれ 」
幻が背後で嘲笑ってくる。




