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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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剥がれて

 熱い。


 数日前、魔王の軍に占拠されていた村は人々が戻ってくることでその活気を取り戻していた。その光景は体中に負った傷も疲れも吹き飛ぶほどに眩しく、尊い物だと改めて実感する。この光景を守るため、取り戻していくために一刻も早く魔王を討伐せねばならない。


 そんな誓いを新たにしていると、誰かが俺を呼ぶ。仲間からはアオイと呼ばれているが、光剣者なんて呼ぶのは名前を知らない人々だけ。


 駆け寄ってくるのは何人かの子供たち。その後ろには保護者だろうか、若い神父と歳を取った修道女が遅れてやってきた。


 彼らは孤児らしく、村が魔王軍に占拠された際に身寄りを亡くしてしまった子たち。そんな彼らが一言お礼を言いたいと探していたらしい。まもなく次の目的地に向けて旅経つのだが、こういうのはちゃんと答えるようにしている。子供たちからは尊敬の眼差しを向けられて、目を輝かせながら俺を見てきた。


 子供たちからの贈り物として修道女が俺に渡してきたのは果物。昨日までは避難先で碌な食べ物だって口にしていない筈だ、少し躊躇って受け取りを拒もうかと考えたが、子供たちは果物ではなく俺の方を見ている。どこか後ろめたさを感じながらもその果物を受け取った。


 自分の居た世界では見たことがない果物。あえて形として似ている物を挙げればりんごだろうか。それにしては台形の形をしている為りんごだとは断言できない。味が似ていれば良いんだが。


 果物は箱にそれぞれ二つずつが二箱に分かれて丁寧に入れられており、中には俺とその仲間たちへのメッセージカードも入っていた。傷みやすいので可能な限り早めに食べるように言われ、仲間たちの元に向かう。


 果物は二つ、それが二箱。計四つの果物を持って。


 誰かが足を掴む。


 熱い。


 足元には焼けただれた肉と毛から青い血が流れ出ており、その腕から魔族だとすぐにわかった。けれど、体が動かない。金縛りにあっているように全身が言う事を聞いてくれなかった。


 すると、もう一本の腕が俺の足を掴む。今度は鱗に覆われて緑の光を反射させて爪を食い込ませるように掴んでくる。


 熱い。


 足を掴む腕はさらに増えていき、太ももから腰にかけて絡みつくように掴んでくる。まだ増える、腕まで掴まれて果物を落としてしまうが体が動いてくれない。そして、まるで熱された金属を押し当てられているかのような熱で首を掴まれる。


 熱い。


 その腕は、魔族の腕ではなく。人の腕。持ち主は目の前に立って俺を見つめ、下を指さす。その光景に声すら出せなかった。連綿と積み上げられた魔族たちの死体。誰もが苦しみ、もがき、俺を掴もうと這い上がってくる。


 目の前の少女は、魔王は。こちらをただ見つめてくるだけだった。


 熱い。


 すまない。こんな、筈じゃなかったのに。俺はお前から…。


 熱い。


 魔王城の炎は今もここで燃え広がり、俺の体を焼こうとしてきた。





 「葵さん?」


 目が覚める。夏の暑さで全身が汗まみれになっているのだろう。体を起こして時計を見る。まだ針は三時を指していた。目覚ましのアラームだってまだ四時間先なのに、俺は隣の同居人の声で呼び起こされたらしい。


 「うなされているようでしたが…」


 「すまない、悪い夢を見てた 」


 壁の修理はまだ一か月ほど先になりそうで、お互いに穴を物で塞いでいる。それでも元より壁が薄いこのアパート、声何て大きく出せば近所迷惑なのにそれを取っ払ってしまったこの状況では何も包み隠せない。ほとんどお互いがスルーしている感じだ。


 頬まで濡れている。これが全て汗だと思いたいが、夢の内容を思い出そうとすると気分が悪くなり、吐き気がしてくる。


 「今日の処置、休んだ方が良いんじゃ 」


 三日間塞ぎこんで、その後に復帰は出来たものの。体はまだ本調子には戻っていない。けれど、処置を休むわけにはいかない。


 「いや、問題ない。ちゃんと行える 」


 そう返してはみたが、視界の端に何かが居る気がする。それは窓辺にいたり、耳元で囁いたりするような気がする。


 わかってる、全部が幻だと。だけど、考えるのをやめようとすればするほどそれは近くに来て囁いてくる。そこに恐怖が無いわけではない、しかしそれよりも何か焦りを感じてしまう自分がいた。そしてその焦りの正体も、自分の中で大まかにだが検討は付いていた。


 「魔族を、誰一人消滅させはしない… 」


 光剣者と呼ばれた男が言って良いセリフじゃない。


 だが、妹に後を頼まれているのなら話は別だ。この役割は光剣者ではなく、兄である葵がその役目を全うするべきだ。そこに肩書のいざこざなんてどうでも良い。


 ゼーラからは返事が来ない。黙ったままなのか、それとも二度寝をしているのか。俺も再び寝床について二度寝をしようと思った。


 「葵さん 」


 けれどもゼーラに呼ばれ、穴の方を見る。そこに置いていた段ボールを叩いてこちらに確認を取ってくる。こんな時間にわざわざ顔を合わせる必要を感じないが。向こうから誘って来ているのなら応じるしかない。


 段ボールをどかすと、両腕が伸びてきて。夢で首を掴まれたのを思い出し、小さく悲鳴をあげかけた。


 手は俺の顔を掴んで、穴に寄せる。ゼーラの顔が鼻先まで置かれる。その目は悲し気にこちらを見ていた。俺は首を掴まれなかった事に安堵して息を吐いた。


 「やっぱり葵さんですね 」


 「そりゃそうだろ 」


 「でも、葵さんから魔族を心配するような台詞が出るとは思いません 」


 「俺もそう思うよ 」


 耳元で何かが囁く。体が一瞬震えて、ゼーラをまっすぐ見れなくなる。


 「ごめん、離して貰えないか 」


 目を背けながらの発言、ゼーラに悪い気がするものの。手を離してくれた。俺は逃げるように段ボールを元の位置に戻そうとする。


 「葵さん、変わりましたね 」


 そう言われて俺は自分が今どんな風に見られているのか、少し理解した。


 けれど、ゼーラはまだ魔王の事を知らない。いつ伝えるべきか迷ってはいるが、その事実を彼女はどう受け止められるのか。ゼーラだけではない、この世界に来ている他の魔族もそうだ。みんながこの事実にどんな反応をするのか。それを考えてしまうと、視界にまた映り込む。


 この苦しみを味わい続ける事が俺の罰なのだろう。

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