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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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20/30

次の目標

 その日、葵さんはお店に居た。数日会わなかっただけだが、とても久しぶりに会ったような気がする。お店に来るなり、阿久井さんに無断欠勤で説教を少し受けて落ち込んでいたが、開店するなりそれもどこかに消えていた。


 「葵さん!これもお願いします!」


 「そこ置いといて、カップはまだ足りそう?」


 「カップよりも、丸皿の方が!阿久井さんの新作目当てでお客さんが…」


 葵さんが溜息を吐きながら皿洗いをする姿が懐かしくもあるが、久しぶりに客足が多くそんな感慨に耽ってはいられない。私は注文を聞くべくカウンターの方に向かう。


 仕事中、マスターはコーヒーを入れて一人ゆったりしている。その分阿久井さんが調理、掃除、会計までほとんどこなしている。その最中でマスターを睨んでは怯えさせている。ちゃんと働けば良いのにと思いながらも、コーヒーに関してはマスターの腕が全てなせいであまり口を出せない。阿久井さんが「コーヒーの味を再現出来れば俺がこき使ってやるのに…!」と愚痴をこぼすほどなのだからきっと相当な腕なのだ。


 私は飲めないけど。


 そんな考えをよそに忙しなくお店は回る。午前の休みも合間合間にしか取る事が出来ず、閉店頃にはマスターを除いてほとんどが疲れ切っていた。


 「な…なんで今日に限って…」

 

 「葵さんが三日休んだ罰じゃないですか…?」


 さすがに誰も来なくなり、休憩室ではなくカウンターで私たちは座ってまかないを食べていた。お昼を禄に食べられなかった分、まかないで出すには無理があるちゃんとした食材を使って。マスターが咎めようとしたら、新作の為だとこれまたすごい目で言いくるめられて泣く泣くコーヒーを作りに戻っていった。


 「ごめんな、三日間も」


 「私は別に良いんです!…本当に大丈夫なんですか?」


 こちらに優しく微笑みかける、葵さんはなんともないと言ってくれているが。その違和感に気付きながらも私はそう言ってくれる葵さんに閉口するしかなかった。


 雰囲気が前ほどピりついていないというか、なんだか暖簾の手ごたえと言うか。私に向けられている物が何か足りてない感じがしていた。


 「ムスリカにはまた処置の方に戻ると伝えといてくれ」


 「わかりましたけど… 」


 「あ、ゼーラもあんま無理して俺の手伝いしなくても良いからな」


 この違和感は一体なんなのだろうか。





 「葵さんは無事でしたか 」


 その晩はムスリカさんの家に泊まる最終日となった。阿久井さんからも解禁良しと言われて荷物を片付けながら作業に勤しむ。


 「ムスリカさん、葵さんは何があったんですか?」


 「私の口から言うのは少し… 」


 「始まりの五番目との戦いで何があったんですか。私にだって知る権利があると思います!」


 ムスリカさんもこの三日間、葵さんほどではないがどこか弱っているようだった。魔族のみんなにも今回の戦いの全容については詳しく話していない。処置をするのにだった葵さんがいなくては出来ないのに、それをどうして彼を呼べないのかと魔族のみんなから怒りを受けながらもただムスリカさんはそれに何も答えることはなかった。


 「私の立場では、話す事は到底出来ません。これは我々の、魔王様の立場に関わる事なのです」


 なぜ魔王様が出てくるのかわからないが、ムスリカさんの表情はそれ以上の追求を怖がっているように見えてしまい、私はそれ以上聞くことは出来なかった。


 「葵さんが処置については問題なく行えると言ってました」


 「そうですか… 」


 「それと私にもあまり無理するなと 」


 「そうですか… 」


 ムスリカさんの返事は宙に漂うだけで、こちらに向かってはこない。部屋の中で荷物を片付けながら、その背中は震えているように見えた。





 その日の晩は何も見てこなかった。何も傍におらず、何も聞こえてはこない。夏はまだ続くようで、その日はちゃんと暑さを感じられた。


 スマホから着信音が鳴り、画面を見ると倉屋からメッセージが来ていた。相変わらず、ではないか。今回ばかりは心配をさせてしまった。倉屋の返事にちゃんと答えよう。


 『もう大丈夫だよ』


 『本当にへーきなんだよね? 』


 『大丈夫だって、心配かけたな』


 お店に顔を出したかったらしいが、今日は平日。社会という鎖が倉屋を逃がしてはくれず通常通り働く羽目になったらしい。俺自身、今は働いている身ではあるが彼女ほど残業をしたりはしてない辺り、社会人と呼ばれるにはほど遠い存在なんだろう。


 『今日はもう遅いし、私も疲れてるからまた後日電話するからね! 』


 『わかってる、俺も今は長電話はごめんかな』


 そう返して俺はスマホを床に投げると、机の上にある写真立てを見る。そこには俺と、父さんと母さん。そして妹が映っていた。


 脳裏には魔王の最後が過る。今はその涙の意味が少しだけ分かる気がした。その微笑みも。もう妹を探す必要は無い、だけど父さんと母さんはまだ何があったのかわからないままだ。向こう世界に転移、召喚されたままという事だけしかわからない以上。こちらの世界で捜索するだけ無意味だろう。


 俺に探す資格なんて無い、そんなのはわかってる。この写真の中に俺は居るべきじゃない、だけどこの写真の中で生きてるのは俺だけだ。残されてしまった以上、俺にしかできない。


 目標は決まった、もうこの世界にいる意味もあまり感じない。今の俺がすべきなのは家族を探す為、妹への贖罪の為だから。もう一度あの世界に戻る必要がある。


 まず、あの魔法陣を再現する事。それが第一目標だ。


 俺は、あの世界に帰らなくてはいけない。

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