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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
英雄だから帰れない

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安寧は許されない

 時計を見ると針は六時を過ぎていた。


 カフェのテーブル席。もちろん開店するには二時間早い。だが中に入れたのは正面に座る彼女のおかげだ。


 自分の前にコーヒーと少し多めの砂糖とミルクが置かれる。カフェのマスターは少し頬が痩けているが、俺がこっちの世界にいた頃からその姿はあまり変わっていない。


 「えっと、倉屋…さん?」

 「倉屋、ずっとそう呼んでたじゃない」


 あの後、彼女に連れられてこのカフェに入った。入った時、マスターは困惑と驚きで腰を抜かしかけなければ今の落ち着きも様になっていたんだが。


 道中で彼女の名前を聞いてもどこか納得が出来なかった。それもそのはずで俺が知っている彼女、倉屋の姿は眼鏡におさげの地味な見た目で、教室でも誰かと話してるより本と向き合っている事の方が多かった。多分そんな風だった。


正直、そんなに関わりがあったわけじゃない。高校まで一緒だったから覚えているだけで、これと言った会話もしてない。呼び捨てだったかも曖昧だ。


 「それで、今までどこで何をしてたの?」

 「いやそれは…」

 「大変だったんだよ、一夜で一家全員が蒸発したって」

 「そうそれ!それだ!」


 身を乗り出し、倉屋に問い詰める。俺の事なんてどうでも良い。


 「みんなも消えてるのか!?なんで!」

 「そんなの私も知りたいよ。消える日まで君も普通に過ごしてたし、何があったのかむしろ葵君の方がよくわかってるんじゃない?」

 「何って、言われても…」


 異世界で戦ってきました。魔王も倒して英雄になりました。なんて言っても誰も信じないだろう。そんなの俺だって信じない。


 カフェのドアが開いて、抜けた挨拶が聞こえる。マスターに向けての挨拶から従業員だろうか。


 「それに葵君。その姿」


 どこか変だろうか。服は異世界に行ったときの私服そのままだ、もしやあっちの世界の小物を身に着けたままだったか。いや、アクセサリー類も外してるから変な物なんて着けてないはずだ。


 「そんなに歳もとってないよね。多分、私より若い…よね?」

 「え、ああ。そうか…な」


 そうだった。こっちの世界ではもう十年経ってるけど、俺は異世界で二年間しか過ごしてない。なら俺の方が若いのは当たり前だし、倉屋の方が歳をとってるのは当然だ。


 「いや多分気のせいだよ、俺たち同じ歳だぞ。そんな時間の流れが違う場所にいたとか?そんなの無いって」


 ある。


 「第一、どこに行ってたとか言われても実はあんまり記憶が無くってさ」


 めっちゃある。忘れられない。


 「だから俺としては、何もわからないことばっかりでさ」


 これは半分本当だ。家族の行方、向こう世界との時間差。わからないというより知らないの方が正しいのだろうが。


 倉屋はコーヒーを飲む。


 「そうだよね、葵君の方がわけわかんないよね」


 納得したという顔じゃない、何か気になることがあるようだったが。倉屋はそれ以上踏み込んでくることはしなかった。


 「じゃあ、これからどうするの?」

 「…それなんだよな、俺どうすれば良いんだ」


 家もない、当てに出来る親族も知らない、戸籍とか大丈夫なのか俺。


 「行くとこないのか」

 「はい…はい?」

 「ならここに住み込めよ」


 厨房からマスターがいきなり飛び出してきた。頼んでいたサンドイッチが載っている皿を置きながらマスターに問い詰められる従業員の彼。


 「でもマスターだって人手ほしいですよね。この上の部屋だってもう一部屋空いてるし、今更似たような奴が増えたって変わりませんって」


 マスターを表情一つ変えずに言いくるめようとする。目つきの悪さと、どうやったらそうなるのかわからないバツの傷が右目の辺りにある。さながらヤクザと言われた方が頷ける顔をしている。なんでこんな奴がこんなカフェで働いているんだ。マスターもつくづく見る目がないのではと思ってしまう。


 「いや、突然そう言われても…マスターの事を知らないわけじゃないけど」

 「なら、なおさら良いだろ。ですよね、マスター」


 マスターを見ると、こめかみを押さえ考えている。話も作業しながら半分聞いていたようで放っておくのも良心が痛むとのこと。


 沈黙の後、マスターは俺が嫌ではないのならということで了承した。無論俺としては助かるし、ありがたい話だ。


 しかし、この男。なぜいきなりこんな助け舟のような事をしたのだろうか。


 「え、マジですかマスター」


 マスターは人を見る目がない。



 あの後、倉屋は自分の家に帰るということで支払いを全てしてくれた。お金が無いから仕方ないとは言え、格好悪い。


 俺は従業員の男に付いて、空き部屋に案内してもらった。


 男は阿久井と名乗っていたが、名前の発音に負けない見た目と言動をするものだと思った。


 「働くのは明日からだな。あとこれ」


 そう言って封筒を渡してきた。


 「マスターからの寸志だと。良い時期に来たな」


 寸志の意味が分からないが、お金をもらったというのは理解できる。


 「それで身辺の物を適当に揃えろってことだろ」


 中を見ると何枚か諭吉が…。


 「じゃない!!?誰だこれ!」

 「はぁ?何言ってるんだ」


 俺がこっちの世界に来る前はこんなお札なかった。いや、思い出した。そういやなんかお札新しくするって言われてた。だが新しくなるって情報だけでその後描かれる人なんか知る由もなかった。


 こんなところで年月が経っているという現実を叩きつけられるとは。


 「あれ阿久井さんどうしたんですか?」


 その違和感、頭を切り替え咄嗟に構える。


 玄関の方を見ると阿久井さんともう一人、違う、一体がそこに居た。


 魔族だ。角が生え、猫のような瞳と金髪、纏っている魔力。そして向こうの世界でかけて貰った翻訳をする魔術が行使される反応、それを通して聞こえる言語から魔族だとわかる。


 彼女もこちらに気付くと、阿久井さんに尋ねる。


 「阿久井さんこちらの方は?」


 阿久井さんは俺の事を隣人だと紹介する。まさか、隣の部屋に居るのが。


 「おー、じゃあ新人ってことですね!私はゼーラ、帰国子女ってやつです!」


 そんなバレバレな嘘があってたまるか、なんで魔族がこっちの世界に居るんだ。

 一体なにが起きているんだ。

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