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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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18/30

雨はまだ降っている

 お互いに驚いた。ゼーラは俺の姿に、俺は…。


 階段ですれ違いざまに声をかけられたが、何を言われるかと怖くなり、遮るようにドアを閉めた。


 自室に空いた穴にできる限りの物を置き、誰も居るはずのない、向けられるはずのない視線に怯える。カーテンの向こうから誰か見ている、天井裏から、あの穴の向こうから。そんな恐怖を感じ始めれば、次第に声が聞こえ始める。恨み、怒り、嘆き。怨嗟が次々と鼓膜を震わせるので耳を塞ぐと、すぐそばに誰かの気配を感じる。


 俺はゆっくりとそれを見上げてしまい。


 妹の血が、垂れてきた。


 







 「今日も出てないんですね…」


 そう言っても彼は作業を止めない、先日の台風ほど酷くはないが雨は今日も降っている。時計は15時をさして、かんこ…なんだっけ、あの鳥。


 「ゼーラ、あれは普通の鳩だ。まだ閑古鳥は鳴ってない。決して」


 私の考えを読んでの返答。この人は見た目以上に油断がならない性格だと思い知らされる。


 葵さんが部屋に籠って既に3日になる。時々物音と葵さんの低い声がドア越しに聞こえてきて、不安が募るばかりだ。それだというのに。


 「心配し過ぎだ。倉屋に関してはまぁ…わからないでもないが、あいつに気を遣うのはやめといた方が良い」


 倉屋さんから何があったのか聞きたいと私もそれに同調して部屋への侵入を試みようとした。もちろん、壁に空いた穴から。私たち魔族に対してはともかく、あんなに優しい葵さんの身に何があったのか。それを知っているであろうムスリカも口を閉ざしている。訳を知りたい、何があったのか知りたい。好奇心を否定出来ないが、階段で葵さんから投げられた言葉の意味が知りたかった。


 「私、謝られるような事なんて…」


 「あいつ自身かなりまいってるんだろう。多分、お前に謝ったんじゃない」


 私たちの行動を咎めたのはこの冷たい仮面を張り付けたような男、阿久井さん。知った身である葵さんへの心配をする様子が全くない。それどころか誰も会わせないと立ち塞がってきた。マスターも心配の声を漏らしていたが、阿久井さんはそれらを一蹴。それどころか、私には数日間ムスリカのところで寝泊まりをするように言いつけてきた。給与アップが無ければ絶対吞まなかった。


 「俺が推察するに、まぁ家族の安否でもわかったんじゃないかとは思う。正直、時間が経ちすぎてる。わかってはいても、実際に受け入れようとしたら相当しんどいはずだ」


 だったら猶更、葵さんへ何かしてあげたい。魔族である私たちに対して良い思いなんて持っていないはずなのに、葵さんは。


 「お前には…、絶対わからないだろうな。俺にも」


 阿久井さんは料理本のレシピのように淡々と語る。実の家族を失って、2年も無駄になり、どこにも居場所なんか無いという絶望。倉屋さんですらそれは分かってはやれないだろうと、包丁で食材を切りながら断言をした。


 「私って、何も出来ないんだなぁ…」


 「出来てるじゃないか」


 そんな言葉で彼の方を見ると、カウンター席にサンドイッチを置いていた。間には卵焼きが挟まっており、私が見たことあるペースト状のタマゴサンドとは大違いだった。


 「なんですか?これ」


 「まかない、試作品の余りだ」


 「また勝手に作ってるんですか?マスターに怒られますよ」


 彼はそんな事知ったことではないと身振りで表現する。出された以上私はそのサンドイッチを頬張る。以前、私の食べる姿をハムスターと揶揄した葵さんには午後休を取って貰った。


 「これ甘くないんですね」


 「サンドイッチ用じゃないからな」


 「なんで挟んだんですか?」


 「サンドイッチの具材は無限だ。バカだって挟める」


時々わけのわからない例えをするの、本当にやめてほしい。月一の頻度で見れる情けない小鹿姿がなければただただ嫌な人という印象に納まっていた。


 「俺たちは待てば良いのさ。何も声掛けなんていらない」


 そう言いながらコーヒーの湯気を見つめる。阿久井さんとは5年の付き合いだが、彼はふとした時にこんな目をする。目の前を見つめているようで、どこか後ろの方を、ずっとずっと遠くを見つめているような深い穴のような。そしてそれは光が差し込んで煌々と奥底で何か期待をしているような目。一切差し込まず諦めたというより、見つめられた対象が何か間違いをしてしまったのではないかと錯覚してしまうような目。今回は煌々としている。


 「わかってやれないが、あいつがここに戻った時に変な空気を作るなよ。それこそ気にしてないくらいが良いもんだ」


 「わかりません…。心配してあげるのが、人間だと思います」


 「普通なら、な。あいつが外に出て、自分が今まで居た場所。それが他でもない自分のせいで何か変わっているとしたら、それこそアイツには…」


 そこで阿久井は自ら口を手で隠す。


 「らしくないな。こんなに話すなんて」


 そう言って洗い場の方にそそくさと移っていく。


 普段から顔に似合わず喋っているとは思うが、今回は何か違うのだろうか。彼との付き合いは長いが、よくわからなかった。


 私は窓を見て、そこに映る自分と向き合った。


 ムスリカもいずれ話してはくれるだろう。だけど、それを聞いて私はどうするだろうか。葵さんのように自室に閉じこもるのだろうか。


 見つめるうちに、私の滅魔力が暴走した時の事を思い出した。あの一件から、葵さんが光剣者だと知って、隣人に言い知れぬ恐怖を持っていた。言葉や態度、表情にもそれは出してこなかった。いや、出てくれなかった。だってそれは、葵さんが私に向けていたであろう感情を隠していたのと同じだから。


 そんな風に私もこの感情を上手く隠せていたとは思う。葵さんには多分気付かれてはいないし、むしろ葵さんはそういう物を魔族から向けられてきたから慣れているんだと思う。


 恐怖を向けられて当たり前。それが魔族だから。わからない、なぜ葵さんはそんな風になってしまったのだろうか。魔族を憎み、魔族を滅す。今でこそそれは薄まっていたが、私が聞いていた光剣者は武器そのもので、ただ魔族をひたすらに殺める事しかしない存在だと。


 わからない。どうして今私たち魔族に対してそんなに優しさを向けられるのか。魔王様はこうなることを知っていたようだった。


 一体、葵さんは向こうの世界で何があったのか。

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