いずれ返る
足取りは重く、幸先の悪さに頭痛がする。家族の捜索に一歩近づけるのに、その一歩がいやに重い。昼間の雲は少し薄くなり、時折陽が差して来るが不意な眩しさほど余計なものはない。
タマネギを説得するのに、あの後5時間は粘った。運ばれた料理に舌鼓をしながら、こちらには容赦なく怒りをぶちまける。その料理はムスリカのポケットマネーなのを良いことに、追加で何品か注文もしやがった。
少しは払うと申し出たが、魔族側の問題だと半泣きで言われてしまう。それなのに領収書の数字を見てどこか安堵を覚えてしまった。
何故タマネギが俺の事をあそこまで毛嫌いするのか、確かに光剣者だからと言えばそれはそうなのだが。
この件において光剣者についての話は避けて通れない、大なり小なり反発はあり、今回の処置を受けるかどうかの可否においても意見は分かれてはいる。
それでもここまで反発したのは現状タマネギ一人だけとのこと。それほどまでに俺の事を毛嫌いしていた。
「タマネギは古参魔族の一人です。魔王様に仕えていた歴で言えば我々魔族の中でもかなり古くから側に居たとか」
「古株の魔族なら魔王への思い入れも人一倍って事か」
ムスリカへの詫びと言うか、同情のつもりでアイスを奢った。帰りのバスが来るまでまだ時間がある、近くにあったベンチに座って時間を潰すことにした。幼い頃にもこうして家族とアイスを食べていて、俺はいつもチョコをカップで買って貰っていて特に気にしなかったのだが。
「なにそれ」
「ココア味だそうです。けど、アイスはバニラですね」
ココアの粉末がかかっている以外、普通のバニラだ。聞けばムスリカはこのアイス屋のメニュー150種のコンプリートを目指していると。
「これはお茶漬け味や一味唐辛子味と大差ないですね…」
先にゲテモノ系から攻略しに行ってるのか。恐ろしい。
「葵さん、タマネギは必ず説得して探索魔術の媒体を譲って貰います。だから」
「分かってるよ。先に魔族には抗魔力の処置をしておくからあんまり気負い過ぎんな」
何の気なしにそう返したのだが、ムスリカはこちらを見つめていた。気付いて、顔のどこかにアイスでも付いたのかと思い口の周りをお店で貰った手拭きで拭う。
「いえ、その…」
困惑しているようにも見えるが、どちらかと言えば虚を突かれたような表情。なにか変な事でも言ったのかと少し恥ずかしくなってしまう。
「向こうの世界で私は、光剣者の事は話でしか聞いたことがないのですが」
前線に居なかったのなら、話でしか聞かないのは当然だ。ムスリカ自身あまり戦闘に向いた魔術行使は苦手としているみたいだし。
「残酷で冷酷無比な殺戮者、そういった話しか聞いておらず。正直、貴方が光剣者だという話をまだ信じ切れずにいるんです」
「そりゃ、…魔族にはそうだったかもしれない。けどお前らだって、人間から見たら俺とそう大差なかっただろ」
「それは」
影の外は陽で照らされて、俺たちだけが薄暗いながらもちゃんとした色を帯びた空間でそこに存在していた。
「それは、今も同じなのでしょうか?」
「今もだよ」
多分、その瞬間だけ。俺は光剣者として返答をした。もうあの剣は腰に帯びていなくとも、あの時感じた怒りは置いて来たりなんかしていない。むしろこの世界の方が魔族と人間が見合った時に抱く感想はもっと酷いものとなる筈だ。なら俺の役割はこちらの世界でも変わらないし、そこだけは変えてはならない。
「私には、そう思えません」
「魔王に言われたからか?」
「魔王様には貴方を頼れとは言われました。けれどこれは。これだけは私自身の思いです」
もう陽は見えないはずなのに、まだ辺りをほのかに照らしている。アイスが解けてカップのそこに溜まっている。もうすぐ夜がやってくるその少し前のこの時間でも、
「少なくとも、お前らがこの世界で誰かに危害を加えるなら俺は容赦しない」
「わかっている、つもりです」
「そうなった時がこの関係、の終わりだ」
言い放つと、ムスリカはいつのまにかアイスを食べてコーンまで完食しきっていたのか。口の周りを拭いて。
「ええ、それまでの。関係ですね!」
笑顔で返した。雲がようやく陽を隠して影との境界が曖昧になる。
バスから降りてカフェへの帰路につこうと思ったら、携帯が鳴る。いや、この音はメッセージが届いた音だ。現在、このメッセージを頻繁にやりとりしている者は一人だけだ。
『今日は早上がりだったので、カフェにいまーす』
『シフトで休みとのことだったので待機してるよ!』
何か不穏な物を感じた。倉屋はこんなわきあいあいとした文章を普通送ってこない。社会人らしく丁寧な言葉を使ってくるのだが、なぜこんな砕けた文章を。
不安だ。カフェに向かわずそのまま自室に直帰したい。
「それで今日のデートは楽しかったの?」
「…なんの話?」
「やだなぁとぼけちゃって。阿久井さんに聞いたよ?ムスリカさんとデートしてるって?」
厨房の入口からひょっこり顔を出している阿久井さん。表情は変わらないが、その目からはっきりと「俺は事実を述べただけだ」と語りかけて来た。そんなわけ、ないだろう。
「倉屋、まず前提から…」
「でも二人で高いご飯食べたんだよね?」
「そこがもう違うんだけど」
「じゃあなに?他にも居たの?女が?」
タマネギは女になるのかいささか検討の余地はあるが、少なくともそうではないと話した。それとなぜ今回そういう場で話たのかという事も上手く誤魔化し、濁しながら話す。
「つまり、ムスリカさんの集いの一人になれって勧誘を受けてたの?」
この言い分に関して、分からないがムスリカ自身別れ際に伝えられたものだった事。倉屋の名指しでこう言い訳した方が良いと、そうなった理由はわからないがムスリカもあまり深入りしてほしくないと顔を青くしながら念を押してきた。
「そうそう、出店の手伝いをやってみないかって。手伝い先の候補の人と一緒に茶をしばいていたんだよ」
笑ってごまかせて、いるのだろうか。怪しむ目線は変わらないが、コーヒーを飲みながらその目線はやめてほしい。
「まぁそういうことにしといてあげる」
「そういうことではあるんだが」
倉屋は鞄から封筒を取り出し、机に置く。
「これ、籍が戻ったらしいから戸籍謄本とか渡しておくね」
「え、ああ。ありがとう」
そういえば、鬼籍から戻す手続きをしていたのがようやく終わったらしい。封筒の中を見ると、俺以外の家族の名前には除籍と書かれてあった。
「あんまり見たいものじゃないよね」
「いや、気にしないでくれ。それに俺みたいに生きてる可能性があるわけだし」
そうは言っても、どこか諦めている自分もいた。父さんや母さん、妹が生きているのなら見つからなくったって良い。ただどこかで生きているのなら、それで。一つの可能性として考えているが、それでも不安があるのはきっと。
「俺がもっとしっかり探してやらないとな」
「でも葵君だって戻ってきたばかりだし、あんまり無茶な事は」
無茶ならしてきたつもりだ。向こうの世界で出来る事をしてきた身としては今更どうということはない。けれど、その無茶をした結果で大切な物を無くしていたら?
やめよう。まだ確信があるわけじゃない、確定しているわけじゃない、今は少しでも家族の手がかりに繋がることをやっていかなければ。
「そうだ!これ返しとくね」
そう言って、鞄から一冊の本を出してきた。タイトルや表紙からして花の図鑑だが、背表紙に花柄のマスキングテープが一枚貼られていた。
「ちょっと調べものしてた時、楓ちゃんに借りてたんだけど、結局返せなかったからさ」
「これ、母さんのだな」
母さんはよく自分の物にこうしてマスキングを貼っていた。花が好きでよく妹と俺をいろいろな植物園に連れ回してはいた。父さんはその姿を遠目で眺めているだけだったけど。
「母さんのところから持ってったんだろう。あいつ多分母さんへの意趣返しだろうな」
「どういうこと?」
反抗期なのかどうかわからないが、俺や家族含めどこかトゲトゲしいところがあった。特に母さんには余計な気を利かせられて反発してた。
「真面目だっただろ?妹は」
「そうだけど、なんでそれが本を貸す事になるの?」
「親に反抗したいけど、真面目だから堂々と出来ない。だから名目として、困ってる倉屋に無断だけど貸したって事にすりゃ、後から怒られても一応正当性を主張できるって事だろうな」
この話を聞かれたら間違いなくキモがられるだろう。けど、おおよそ当たってはいるはずだ。
「それにしても倉屋は倉屋でよく持ってたな」
「まぁ私も借りた以上は返さなきゃだし」
彼女も大概真面目だ。妹と仲良く出来たのがよくわかる。俺自身はよく妹に睨まれていた身の上だから少し羨ましくもあった。
「早く見つかると良いね」
「早くなくても良いかな」
あるいは見つからなくても良い。どこかで元気にしてくれればそれで。




