家はどこ
暗い部屋、足元に描かれている陣が仄かに光っている。
「じゃあ、もう行くよ」
腰の剣は元の世界に必要ない、目の前の少女にそれを渡して陣の真ん中に立つ。
「アオイ、多分元の世界でもこっちと同じ年月が流れてる」
「それは最初に聞いた。でもたった二年だ、ならそこまで変わることなんてないさ」
そうは言ったが、その年月は彼女を少女を大人にするのに十分だった。初めて出会った頃より少し背は伸び、黒かった髪は旅の中で赤くなり、体も出るとこ出てる良い女になった。
「いろいろ世話になったな、サリィ。他の奴らにもありがとうって伝えてほしい」
魔術陣の光が強くなっていく、名残惜しいがお別れだ。
「また会えるかな」
君が望むなら。なんてセリフ、俺には似合わないなと思いながら。
「その時は、魔族討伐なんて理由は御免だな」
視界が光に包まれていく、返答は聞けそうに無い。
そんな中で最後に見えたのは、静かに涙を流す彼女の姿だった。最後の最後で見せられた光景。なんで今になってそんな姿を見せてくるんだろうか、元の世界に戻ることを目指してきたのになんでそんな。
よかった、見れたのがこんな別れ際で。
状況を理解するのに数分ほど。
「どうなってんだ…」
月明かりで今が夜だと理解した。周囲は住宅街、窓から漏れる光からあちらの世界には無い電気の明るさも理解出来た。俺は間違いなく元の世界に戻ってきた事も理解出来た。
だから最後が理解出来ない。
「俺の家…どこ?」
家が無い。剥き出しの地面と『売物件』と書かれた看板が立っているだけ。
落ち着け、自分に言い聞かせろ。サリィの話を思い出せ。俺は召喚される前に居た場所、自分の部屋、そこに戻されるようにしてくれたと言っていた。あっちの世界で魔術がどう言った物なのか、その全てを知る時間は無かったが王国お抱えの魔術師と何よりサリィの魔術の才を隣で見てきたからそれだけは知っている。そんな彼女が確実に、絶対戻せると断言していた。失敗したという可能性は否定できないが、それなら周囲の環境が俺の元居た世界ではないという事だ。
だがそれは無い。進入出来ないように仕切りがあり、その先にはアスファルトで舗装された道が見える。ここは間違いなく元の世界、失敗したとは到底考えられない。
仕切りを軽く飛び越える。剣は預けたが、向こうで会得した身体能力の増強は健在のようだ。目の丈ほどの高さだったが、体が浮かぶようだった。
道に沿って歩いて行く、二年の年月しか経っていないからなのか町の景色はどこも変わっていない。ように思う。
いやこの公園のフェンス、もっと中だるみした金網だったはずだ。公園を利用していた子供がサッカーでフェンスをボール当てまくったせいでひしゃげまくって、それでボールの使用禁止が出されたと教えてもらった。
それが見るに黒い塗装とまっすぐに立てられたフェンスになっている。変わってないのは、相も変わらずボールの禁止の掛札だけだ。
見慣れた公園、かつて学校まで通った道沿いにあるそれは。自分が元の世界に、自分の家に戻ってきたという現実をわからせるのに十分だった。
あそこは間違いなく俺が居た家。いや、受け入れろ。あそこは…。
「俺の家があった場所だ…」
「そんなわけない!」
声の主は机を叩きながらそう言ったが、対面の相手は冷静に返す。
「認めるしかない。何も間違っていないからこそ、この間違いを」
声の主は椅子から立ち上がり、窓の外を見る。白い雲に青い空、陽射しは彼の目つきをより鋭くさせる。
「魔族との戦いは20年前、私がこの王に召し抱えられる前から始まっていた。いつ終わるやもわからないこの戦い、だが彼が来てそれはたった2年で終わりを告げた。実に喜ばしいことです」
男の名はマディッグ。ハイエン王国の王直属の魔術師団、その隊長を務める男。
「しかし、彼の力は異常だ。自らどこかへ消えるというのなら、我々としても望むところ。一切の礼を拒んだ変わりに元居た世界に戻すというのは好都合でもあり…、彼自身の為でもある」
サリィは杖を構えた。身の丈ほどの杖をマディッグに向けると、その先には氷のつぶてが出来る。
「何をしたの」
マディッグが手を向けると氷のつぶてが砕ける。
「疑われるような言い方でした、失礼。ですが、何もしてないというのは本当です」
サリィは杖を下ろさない。
「私は確かにアオイを召喚した陣と真逆の陣を描いた。それのいったい何が間違いだっていうの!」
「そう…召喚した時に使った陣。それを逆に描けば元の世界に戻れる、だが。それは元の場所に戻す陣でしかない。貴方は時間という座標までを指定していなかった」
「でも二年の時間を巻き戻すなんて事は」
「違います、もっと自然な事です。我々の世界では二年の月日が流れました」
サリィの横を通り過ぎながらマディッグは冷たく突き付ける。
「ですが彼の世界では、本当に二年しか経っていないのか?ということです」
朝日が昇ってくる。俺は丁度橋に立っていた、変わらない風景にやや安堵していた。
少し歩いていると町もずいぶん様変わりしていて、かつて通っていた小学校の裏には桜の木が並んでこの時期だと青葉と川の風で涼しさすら感じられたが、今はそれも伐採されて舗装された道となっていた。
「やっぱ変わるんだな…二年でも」
そう言って橋を渡り終えようと向き直ると、こちらをずっと見てくる女の人がいた。
白い顔、やや着崩れたスーツから疲れを伺わせるが、コンビニで買ったであろう品物が入った袋を落としているその様はただ疲れた社会人というわけではなさそうだった。
「あの…何か」
「葵君…?」
知り合いか?だがこんな大人な女性、少なくともこっちの世界では知り合いにはいない。先生でも見たことがない。
とりあえず誰か聞き返そうとしたが。
「葵君!?本当に葵君なの!!」
彼女に両肩を掴まれて激しく揺さぶられる、表情は先ほどまでの呆然としたものから信じられない者を見る目になっている。
「あの、ちょっと」
この程度だと痛みも感じなくなっている事に少し悲しくなりながら。振りほどこうとする。
「十年間もどこに行ってたの!!家族の人達は!?」
「…十年?」
「そうだよ!十年だよ!貴方たちが失踪して!」
この人は何を言っているんだ?十年だと?貴方たち?俺は二年間異世界に居てそれから。
「そんな…十年だなんて」




