表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

第4話 紅の騎士と背中の誓い

“仲間”って、何だろう。


戦って、支え合って、時にぶつかって。

でも、信じてくれる誰かがいるだけで、こんなにも世界は違って見える。


今回は、そんな「小さな成長」と「初めての冒険」から始まる物語です。

空気が、少しだけ冷たかった。

朝靄が村の端を覆い、木々の葉先に夜露が残っている。夜明けの太陽がそれを淡く照らしていた。


「……ふあぁ……」


アオイはあくびを噛み殺しながら、ギルドハウス前の集合場所へと歩いていた。昨日の戦いの疲れが、まだ身体にわずかに残っている。けれど、それ以上に胸の内に灯った熱が、彼を歩かせていた。


“仲間だよ”


ユナの言葉が、何度も心の奥で反響していた。

信じてくれる人がいる。それだけで、足取りは驚くほど軽くなる。


「お、来たか新入り」


すでに集まっていたレオンが、肩のストレッチをしながら声をかけた。


「おはようございます、レオンさん」


「堅いな。“おはよう”でいい。お前も、もうウチの仲間なんだからよ」


アオイは一瞬迷ってから、うなずいた。


「……おはよう、レオン」


「うし、よく言った。今日は軽めの任務だ。気張りすぎんなよ」


「うん!」


そうして挨拶を交わす間に、ガルドが静かに装備を確認し、ミレイがパンをかじりながら片手をひらひらさせてきた。


「おっはよーアオイくん。ちゃんと眠れた? 昨日あんなにガチガチだったのに」


「……まあ、なんとか」


「ふふ、よかった。今日はもう少しリラックスして戦えるといいね」


ユナの声は、いつもより少し明るく感じた。


ギルドパーティ〈暁星の灯〉としての初めての“正式な依頼”。

行き先は村から北東、半日ほど進んだ先にある古い遺跡周辺――最近、魔獣が出没するとの報告があった場所だった。


「じゃ、そろそろ出発するか」


レオンの号令に、皆が一斉に動き出す。


「アオイ。緊張してる?」


歩き出してすぐ、ユナが隣に並んで話しかけてきた。


「……ちょっとだけ。でも、大丈夫。昨日よりは」


「うん、それでいい。焦らなくても、ちゃんとアオイのペースでいいからね」


そう言って微笑むユナに、アオイは少しだけ顔を赤くした。


(……ユナちゃん、マジ天使)


心の声が、自然とこぼれた。


彼の足取りは、もう“村の少年”だった昨日とは違っていた。


村を出てから数刻。道は徐々に森へと入り込み、獣道のような細い小道に差しかかっていた。


「ふう……けっこう歩くんだね」


アオイが額の汗を拭いながらつぶやくと、前を歩くミレイが振り返りざまににやりと笑った。


「まだまだ、これからが本番だよ~。遺跡って、だいたい“たどり着く前に疲れる”場所にあるんだから」


「……嫌な知識だな」


ぽつりとレオンが言い、後ろでガルドがくすりと小さく笑ったのが聞こえた。


それでも、道中は悪くなかった。森の中を抜ける風は気持ちよく、草花の香りが鼻に心地よかった。ときおり鳥の鳴き声や、小さな動物の姿が見える。ギルドの仲間たちも、時折冗談を交えながら、アオイを気にかけてくれていた。


「前よりも自然に歩けてるじゃない。筋肉痛とかは?」


「うん、ちょっとあるけど、平気」


ユナとそんなやりとりを交わしながら、アオイは自分の歩幅が皆と揃ってきていることに気づいていた。昨日までなら、自分だけ遅れていただろう。だが今は、ちゃんと“隊列”の中にいる。


(少しずつ、馴染んでいけてるのかもしれない……)


そう思えたとき、不意にミレイが足を止めた。


「……ん? 魔物の気配。前方、三匹……いや、四匹。小型だけど速いよ」


「距離は?」


「あと……十数メートルってとこかな。飛びかかってくるよ、たぶん」


レオンが即座に剣を構えた。


「アオイ、落ち着いてな。お前は右の側面に注意を払え。初見殺し系の動きするかもしれん」


「わかった!」


返事と同時に、茂みの中から四足の獣が飛び出してきた。茶色い毛並み、鋭い牙。群れを成して狙いを定めてくるその姿は、野犬に似ていたが、瞳が異様に赤く光っていた。


「行くぞッ!」


レオンが前に出て、ミレイが風の魔法で横から援護する。ユナは後方で防御結界を展開し、ガルドが後衛の護りにつく。


そしてアオイは――


「はッ!」


咄嗟に踏み込んだ一歩、右に回り込んできた魔物の動きを察知し、拳を叩き込んだ。完全な命中ではないが、肩を押し戻す程度にはなった。


「まだ……!」


すぐに次の動きに備えようとしたそのとき、ミレイの風刃がその魔物を一閃。倒れ込んだ敵を見て、アオイは無意識に拳を握った。


(……俺も、やれる。もっと、ちゃんと……)


短い戦闘が終わると、ガルドが無言でアオイの肩をぽんと叩いてくれた。


「お見事」


ユナが笑う。アオイの胸が少しだけ、誇らしくなった。



戦闘を終えて少し歩いた先、小さな沢の近くで一行は短い休憩を取っていた。水の流れる音が静かに響き、鳥たちのさえずりが、森の奥から聞こえてくる。


「……水が冷たくて、気持ちいい」


手を濡らしたアオイがそう言うと、ユナが隣で優しく笑った。


「こういう時に、自然の中にいるって実感できるよね。私、冒険者になってから、こういう時間がすごく好きになったんだ」


「へぇ……なんか意外だな。ユナちゃんって、もっと……何ていうか、都会的っていうか」


「ふふっ、どういうイメージだったの?」


「えっ、いや、その……」


(マジ天使……とか、そんなの、言えるわけない)


思わず目を逸らしたアオイに、ユナは小さく笑いながら水をすくって頬に当てた。


「でもアオイくんも、動き、すごく良くなってたよ。さっきの戦い、しっかり反応できてた」


「……ありがとう。でも、まだ全然だよ。攻撃が軽かったし、足もふらついてた。ちゃんと倒しきれたわけじゃないし……」


言葉にした瞬間、自分の中に残っていた悔しさが少し顔を出す。


そんなアオイを見つめていたのは、少し離れた岩に腰かけていたレオンだった。


「なぁ、アオイ。お前、強くなりてぇんだろ」


「えっ……?」


「いや、見てりゃ分かるさ。動きも心もまだまだだけど、踏み込みに迷いがなかった。ああいうのはな、ただ“こなしてる”奴にはできねぇんだよ」


アオイは、言葉が出なかった。


「お前がどんな理由でギルドに来たのかは知らねぇ。でも、仲間として動く以上、頼りにしてる。自分を信じろ」


そのまっすぐな言葉に、アオイの胸が熱くなる。


「……俺、強くなりたいです。ちゃんと、みんなの役に立てるように……」


レオンがうなずいた。


「いい返事だ。じゃあ、このあとちょっと身体の使い方、見てやるよ。ああ見えてガルドもこういうの得意だからな」


「……ほんとですか?」


「おう。期待してろ、新入り」


アオイは思わず笑った。どこか温かく、少し懐かしい気持ちだった。


仲間って、こういうものなのかもしれない



陽が傾き始めたころ、一行はようやく目的の遺跡の前へとたどり着いた。


そこは鬱蒼とした森の中にぽっかりと現れた、小さな石造りの建物の跡地だった。苔むした石壁と、崩れかけた門柱がかろうじて“かつての入口”を示している。誰の手によって造られたのか、どんな役割があったのか──今となってはもう分からない。


「……思ったより、こじんまりしてるね」


ミレイが肩をすくめる。


「内部は二層構造。地上部分は簡単な監視塔、地下に本体があるらしいです」


そう言ったのはガルドだった。手にしていた簡易地図を畳みながら続ける。


「古文書によれば、ここは《月影の塔》って呼ばれてた場所。魔力の流れが歪んでいて、モンスターの巣になってる可能性が高い」


「なるほどな。アオイ、気を抜くなよ」


レオンの言葉に、アオイは強くうなずいた。


「はい」


重苦しい空気が張りつめていく。扉はなく、建物の入り口はぽっかりと空いている。中から吹き出す冷たい風に、アオイは思わず背筋を正した。


「じゃ、行くか。ミレイ、先頭頼む」


「任されました~」


ミレイが前を歩き、ユナとアオイがその後ろについた。ガルドとレオンが最後尾を固める。


中に入ると、空気の温度が一気に変わった。森の中の湿った暖かさとは違い、ひやりとした冷気が肌を刺す。床は石造りで、ところどころに亀裂が走っている。


「足元、注意してね」


ユナの声に、アオイはこくんと頷いた。


一行は慎重に進んでいく。外見以上に内部は広く、廊下は三方向に分かれていた。中央の道は真っ直ぐ地下へと続いているようだ。


「こっちだな。魔力の流れが濃い」


ガルドが呟いたその時だった。


──カッ……


乾いた音が、廊下の奥から響く。


「……今の音……」


「足音、だな」


レオンが剣に手をかけた。全員が身構える。


数秒後、奥からゆっくりと人影が現れた。


赤い外套、長身、漆黒の鎧。手には大剣。仮面の下からのぞく視線が、アオイたちを静かに射抜いていた。


「……来たな」


低く、よく通る声だった。どこか懐かしい響きがあったが、アオイには覚えがない。


「名乗れ。何者だ」


レオンが一歩前に出る。


しかし、その男は名を明かさず、ただこう言った。


「ここから先へ進むには、試される資格がある。──さあ、示せ。貴様らの“誓い”を」


その瞬間、遺跡全体が低く唸った。壁に埋め込まれた魔力灯が淡く赤く光り始める。


(……これは、普通の敵じゃない)


アオイの心臓が、鼓動を早める。


「誓い、だと……?」


レオンが眉をひそめると、仮面の騎士は微動だにせず、ただ剣を構えた。その刃からは熱気のようなものが立ち上っていた。赤い魔力が周囲の空気を歪ませる。


「問答無用ってやつかよ。面倒だが──やるしかねえな!」


レオンが一歩踏み出す。だが、その瞬間。


「待って」


ユナが前へ出た。


「この人、何かを守ってる……そんな気がする。誰かの命令で、無理やりここに……」


「ユナ……?」


「私の勘かもしれない。でも、悲しそうな目をしてた……」


ユナの言葉に一瞬、全員が戸惑った。


それでも、次の瞬間には避けられない現実がやってくる。


「構えろ、来るぞ!」


レオンの叫びと同時に、仮面の騎士が飛び込んできた。


大剣が振り下ろされる。地面が抉れ、石片が飛び散る。


「っ、速い!」


レオンが剣を合わせて受け止めるも、その重さに腕が痺れる。


(この強さ……下手すりゃ、一撃でやられる)


アオイはそう感じた。


「ミレイ、援護を!」


「任せて!」


風の刃が空を裂き、騎士の背後から襲いかかる。だが、赤い魔力がそれを弾いた。


(防御の魔力結界……? やっかいだ)


「ユナ、補助を頼む!」


「うん!」


ユナの魔法がレオンにかかり、動きが一瞬軽くなる。速度上昇の補助魔法だ。


「ガルド、回り込め!」


「了解」


ガルドが重い足取りで背後へ向かって動く。戦線が整うなか、アオイは自分の立ち位置を見つけられずにいた。


(俺にできることは……なにか、ないか?)


身体が強張る。だが、あの時の記憶が蘇る。


──「お前がどんな理由でギルドに来たのかは知らねぇ。でも、仲間として動く以上、頼りにしてる。自分を信じろ」


レオンの言葉。


──「動き、すごく良くなってたよ」


ユナの言葉。


アオイは、そっと拳を握った。


「……俺に、魔法の才能なんてない。だけど……!」


瞬間、アオイの身体が前に走った。


「アオイ!?」


「大丈夫、俺……ちゃんと見てたから!」


ガルドの背後から跳ね上がるように飛び出したアオイは、仮面の騎士の視線の隙を突いて、地面を蹴った。


「はああああっ!!」


拳を突き出す。全身の力を、一点に込めて。


(せめて、動きを止める!)


仮面の男が振り返ったとき、アオイの拳がその鎧にぶつかった。


衝撃と共に、紅の魔力が散る。


「っぐ……!」


騎士が一歩、二歩と後退した。


一瞬の、ほんの一瞬のチャンス。


「今だ、レオン!!」


「──らぁあああっ!!」


レオンの剣が閃いた。


剣戟が響いた。


レオンの剣が仮面の男の肩口をかすめ、火花を散らした。鋼鉄の鎧の奥に確かな手応えがある──だが、それでも敵は膝をつかない。


「……なかなかやるな」


静かな声。だが、その仮面の奥には、確かに熱が宿っていた。


「強がってんじゃねえよ、今のは効いただろ!」


レオンが間髪入れずに踏み込み、続けざまに斬りかかる。だが仮面の男は一歩退きながらも、的確に剣を受け、反撃の機をうかがっていた。


ミレイの風刃が再び飛ぶ。ガルドが迂回しつつ、じわじわと包囲を固めていく。ユナの支援魔法が全体に行き渡り、戦局はじわじわと傾きつつあった。


「もう一押し……!」


アオイは拳を握ったまま、一歩引いた位置にいた。さっきの一撃で手が痺れている。でも、心は揺らいでいなかった。


(俺にできること、まだある。動きを封じる……それだけでもいい)


次の瞬間、仮面の男が叫んだ。


「──十分だ。見せてもらった」


「えっ?」


全員が動きを止めた。


赤い魔力がふっと収まり、仮面の男は剣を地面に突き立てる。戦意が、まるで消えたように感じられた。


「お前たちの“誓い”……確かに受け取った。心に従い、仲間を守る意思。──それがある限り、お前たちは進める」


「何の話だ……?」


レオンが剣を下ろす。


仮面の男はゆっくりと仮面を外した。


現れたのは、まだ若い顔立ちの男だった。だがその目には、戦いの中で積み重ねられた深い苦悩が浮かんでいた。


「俺は、かつてこの塔を守っていた騎士だ。ある使命と引き換えに、ここに縛られ続けていた。だが……お前たちの姿を見て、ようやく……俺も前に進める気がした」


「……それって、あなた……」


「もう大丈夫だ。後を託す。お前たちが進む道が、どうか誓いを貫く道であるように」


そう言って、男の姿がゆっくりと魔力の光の中へ溶けていった。


まるで、魂がようやく解き放たれたかのように──。


「……なんだったんだ、あの人……」


ミレイが呟く。


「でも、確かに……感じた気がする。あの人の心」


ユナの言葉に、アオイは黙って頷いた。


拳に残る余韻。熱。痺れ。


(……俺にも、何かできたんだ)


その時、アオイの心の中に、ふと湧き上がる言葉があった。


──ユナちゃん、やっぱマジ天使だな。


(回復も支援も、全部こなして、こんな状況でも人の心を見ようとして……)


思わず自分でも苦笑いしながら、アオイはその言葉を飲み込んだ。


「さて、次は地下だな」


レオンが前を見据えて言う。


「この奥に、まだ何かがある……きっと」


アオイは拳をそっと握りしめた。


自分の力を信じること。その先に、きっと答えがある。


(俺は、ここで終わらない)


そう胸に誓って、アオイは一歩を踏み出した。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます!


今回はアオイたち〈暁星の灯〉の初任務でした。

旅のはじまりには、いつも不安と期待が混ざっています。

でも、それを支えてくれる仲間がいるって、いいものですね。


少しずつ世界が広がっていく感覚を、いっしょに味わってもらえたら嬉しいです。


またお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ