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第3話 揺れる焔と、交わる誓い

初めて“仲間”という言葉に触れた夜。

そして、初めての任務。


少しずつですが、アオイの物語が動き出します。

村の空が、茜に染まっていた。


広場では、村人たちが片付けを始めている。

戦いの痕跡が消えていくたび、昼の出来事が夢だったように感じられた。


アオイは、村外れの草の上に腰を下ろしていた。

手には水を汲んだ湯呑。中身はまだ少し温かい。


「……ふぅ」


ひと息つくたび、胸の奥に小さな波紋が広がっていく。

日が暮れて、ようやく身体の緊張が抜けてきた。


「アオイ、ここにいたんだ」


声をかけてきたのはミレイだった。

草の上にどさっと座りこみ、彼女は足を投げ出した。


「よかったよ、誰にも言わなかったけど、村抜け出すんじゃないかってちょっと思ってた」


「はは……さすがに、それはないかな」


アオイは苦笑いを浮かべた。

けれど、それを完全に否定できない自分もいた。


――戦いのあと。

“仲間にならないか”という言葉に、答えを返してからまだ時間は浅い。

不安と期待が混ざりあって、心のどこかがふわふわしている。


「ねえ」


ミレイが不意に声を潜めた。


「本当はさ、怖かったでしょ。あの魔獣」


アオイは少し驚いた顔をして、それから黙って頷いた。


「うん、怖かった。正直、足も震えてた。けど、ユナさんが……あの時、倒れてて……」


「守りたかった、ってやつ?」


「……うん」


ミレイはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて笑った。


「そっか。じゃあ、もう立派な冒険者じゃん」


「……そんな簡単なもんかな」


「うん、そんなもんだよ」


アオイは、彼女のその笑顔に、なぜか救われたような気がした。


焚き火の準備が進む中、レオンやガルド、そしてユナも広場に集まり始めていた。


アオイは立ち上がり、焔のほうへ歩き出す。


少しずつ、距離が縮まっていく気がしていた。

そしてそれは、どこか心地よいものだった。


焚き火の炎が、パチパチと音を立てながら揺れていた。

乾いた薪が裂けるたびに、ほのかに甘い香りが立ちのぼる。どうやらこの村の果樹からとった枝らしい。


レオンが鍋をかき混ぜながら、口笛を吹いている。

「この辺の山菜って、意外とうまいんだよな」とガルドが無言でうなずき、手際よく木の器を並べていく。


「アオイ、ほら。遠慮すんなよ」


ミレイが手招きした。


アオイは少し迷ってから、焚き火の輪の外側に腰を下ろした。

内心、居場所がまだ定まっていない感覚が抜けない。輪の中に入るには、どこか自信が足りなかった。


その視線に気づいたのか、ユナがこちらを見てふわりと笑った。

優しい目だった。


「隣、いい?」


「あ、うん……!」


どこか場違いなほどの大きな返事に、ミレイがくすっと笑った。

アオイは赤面しつつ、少しだけ距離を詰めた。


「……こういうの、初めてなんだ」


ぽつりとアオイが呟く。


「みんなで、火を囲んで……誰かと一緒に、外の空気を吸うのがさ」


「そうなんだ」


ユナはあたたかい声で返すと、しばらく空を見上げた。


「私はね、こういう時間が好き。喋らなくても、誰かが傍にいるだけで、安心できるから」


「…………」


アオイの胸の中で、何かが溶けていくような感覚がした。


(……ユナちゃん、マジ天使……)


そのまま声に出しそうになって、慌てて喉元で飲み込む。

でも、隣のユナにはきっと伝わってしまっていたかもしれない。


「ふふ、ありがと」


「えっ……?」


「ごはん、冷めちゃうよ」


そう言って差し出された器を、アオイは両手で受け取った。


それは、ほんのささやかな、けれど確かな“仲間”としてのはじまりだった。


翌朝、アオイは村の外れに立っていた。


まだ空にはうっすらと朝霧が残っている。

遠くで鳥の声が重なり合い、森の奥へと吸い込まれていった。


「おはよう、早いね」


ユナが静かに現れた。昨日と同じ装備を身につけ、髪を後ろでまとめている。どこか旅支度の風格があった。


「早起きは……昔から、クセでさ」


アオイは笑ってみせたが、心の中は落ち着かない。


今日から、本当に“彼ら”と一緒に旅に出る。

自分の意思で踏み出す、初めての一歩だった。


「緊張してる?」


「ちょっとだけ。あ、いや、けっこう……かも」


素直な答えに、ユナがくすりと笑った。


「うん、それでいいと思うよ。無理して平気なふりするより、ずっと」


その言葉に、不思議と肩の力が抜けていく。


「みんな、集まってるよ。行こう」


焚き火の跡地には、すでにレオンとミレイ、ガルドの三人が待っていた。


「おっ、来たか!」


レオンが手を上げる。


「さて、今日は軽い肩慣らしだ。村の北にある旧道を回って、ちょっとした調査任務ってところだな。野営地跡に何かいたって噂がある」


「なんか、モンスター?」


「かもな。最近は盗賊も動いてるって話だし、油断は禁物だ」


「……気をつけます」


アオイは思わず背筋を正した。


「おお、えらいえらい」


レオンが笑いながら、アオイの背中を軽く叩いた。

それだけのことで、緊張がほんの少し和らいだ気がした。


ミレイはスリングバッグを肩にかけると、軽やかな足取りで先に歩き始めた。


「ほらほら、アオイも歩け〜。今日は大事な“新入り歓迎任務”なんだから!」


「そ、そんな任務あるの……?」


「いま作った」


ミレイの無邪気な笑い声に、アオイも苦笑を返す。


こうして、初めての任務が始まった。

その足取りはまだぎこちないが、一歩ずつ、仲間としての道を踏み出していた。



旧道への道のりは、ゆるやかな坂道が続いていた。

陽はすでに昇り、頭上では木漏れ日がちらちらと揺れている。鳥のさえずりがどこか遠くで響き、風が葉を鳴らしていた。


「ふぅ……思ったより、地味にキツい……」


アオイが小さく息を吐くと、横を歩くミレイが振り返った。


「まだ始まったばっかだよ〜? それでも“冒険者”なんでしょ?」


「う……耳が痛い……」


背中には、村で受け取った簡易のバックパック。中には保存食や水袋、簡単な応急セットなどが詰め込まれている。重さはさほどではないが、それでも普段とは違う装備での移動は、想像以上に体力を奪う。


「おい、そこの新入り、休むなよ」


先頭を歩くレオンが笑いながら声をかけた。


「ま、今日は肩慣らしだ。いきなりバッタバタに戦わせるつもりはないから安心しな」


「それ、ちょっと安心しました……」


アオイは素直に言って、少し笑った。


「それにしてもさ」


ミレイがふと、少し真面目な声色になった。


「アオイって、魔法とか何か得意なものあるの? 昨日の魔獣との戦いのとき、けっこう動けてたけど」


「えっと……」


アオイは歩きながら、答えに詰まった。

正直、彼には“これ”といって人に誇れる能力はない。


「俺……魔法の才能は全然なくてさ。回復も支援も、攻撃魔法も、なんにも」


「へぇ?」


「だから、せめて身体くらいは鍛えておこうって、昔からそれだけは……。拳を握って、走って、素振りして……そんな感じ」


「うんうん、わかるよ」


ミレイが思ったよりも真剣な表情でうなずいた。


「うちのギルド、そういう“地に足つけてるタイプ”って貴重なんだよ。自分の足で立って、自分の拳でどうにかしようってのは、すごく強いと思う」


「……ありがとう」


アオイは少し照れたように、顔をそらした。


「おーい、静かになったと思ったらイチャイチャしてんなー?」


レオンが振り返り、からかうように言った。

「違うよ!」とミレイが肩をすくめたその時――


「……ん?」


ガルドが、不意に手を挙げた。

表情が険しくなっている。


「前方、異音。距離は……およそ五十。動物か、いや……足音が多い」


その瞬間、空気が変わった。


レオンが剣の柄に手をかけ、ミレイも杖を背から抜く。


ユナが後方へ下がりながら、アオイの前へと立つ。


「アオイ、下がって」


「っ……!」


草むらが揺れた。


そして、影が跳び出してきた。


牙を剥いた小型の獣――だが、その目は明らかに狂気を宿している。

ただの動物ではない。魔瘴に侵された、いわゆる“魔獣化”だ。


「3体……いや、まだいる!」


レオンが叫んだ瞬間、アオイは無意識に身体を前に出していた。


「……下がってたら、守れない!」


足に力を込め、地を蹴る。

拳を握ると、その先に微かに赤い輝きが宿る。


それは、彼が唯一使える“魔法”。

――身体強化魔法紅の閃の発動だった。


アオイの拳が、一直線に魔獣の側頭部を打ち抜いた。


「ッ……!」


鈍い音とともに、獣の身体が土埃を巻き上げて吹き飛ぶ。

筋肉の強化により、普段よりも遥かに鋭く、重い一撃となった。


(これが……身体強化魔法の“実戦”かよ……!)


脳裏に走ったのは、興奮ではなく混乱だった。


修行では感じなかった“反動”。筋肉の熱、血管の圧迫、皮膚のきしみ。

そして何より、拳の感触がリアルすぎる。


「アオイ、下がれって言ったでしょ!」


ユナの声が飛んだ。彼女の手から放たれた癒しの光が、アオイの肩に柔らかく降り注ぐ。


すぐ隣ではレオンが、長剣で獣の突進をいなしている。


「まったく、若いな! だが嫌いじゃねぇ!」


「俺、死ぬかと思いました……!」


叫びながら、アオイはもう一体に対して低く構えた。

魔獣の動きは素早い。牙をむき出しにして飛びかかってくる――


「うわっ……!」


かわしきれず、腕に爪がかすめた。

浅い傷だが、痛みは鮮明だ。


(速い……これが本当の戦いなんだ)


「前に出るな、背中を預けろ!」


レオンが叫び、間に割って入る。


「ユナ、アオイを援護しろ! ミレイ、右から!」


「任せて!」


ミレイが身を翻し、風の刃を放った。切り裂かれた魔獣が悲鳴をあげて跳ね飛ぶ。


その隙に、ユナがアオイの前へ立ち、両手を広げて魔法を詠唱する。


「《守護の光、包みたまえ──》」


瞬間、淡い光がアオイの身体を包んだ。


「……これは?」


「防御魔法。しばらくの間、君を守るよ」


ユナが振り返り、にこっと微笑んだ。


(……やっぱり、マジ天使……)


思わず心の中で呟いた。


だが、まだ終わってはいない。


最後の一体がガルドの盾を弾き、猛然と突進してくる。

標的は、隙の多いアオイ。


「来る……!」


構える余裕もなかった。とっさに拳を振り上げる――


「《紅の閃》ッ!」


自分でも驚くほど、大きな声が出た。

拳が、ただの拳ではなく“武器”になった瞬間だった。


ズドン――と音がした。


拳が命中し、魔獣の動きが止まる。


次の瞬間、アオイは跳ね飛ばされた。衝撃の反動に、足が地面を滑る。


「アオイ!」


駆け寄るユナが、すぐさま回復魔法を重ねる。

痛みはまだ残るが、立ち上がることはできた。


「俺……今の、当たったよね……?」


「うん。よくやった」


ユナの声は、どこか優しく、そして誇らしげだった。


戦闘は終わった。

静けさが、あたりに戻ってくる。


アオイは呼吸を整えながら、拳を見つめた。


まだ微かに、赤い光が残っているような気がした。


(これが、俺にできる“力”……)


初めての戦いだった。恐怖も、痛みもあった。


だが、それ以上に――誰かのために動いたという確かな手応えが、そこにあった。


「……どうにか、終わったな」


レオンが剣を納め、汗を拭った。

背中の傷からうっすらと血が滲んでいるが、気にする様子はない。


「ったく、思ったより手強かったな。魔瘴の影響か、あの数で連携してくるとは」


「うん。自然にあんな動きはしない……たぶん、どこかで“瘴気の巣”が広がってる」


ユナが、地面に伏した魔獣を見ながら静かに呟く。


「この近くか……?」


「断言はできないけど、探索の必要はあると思う」


その言葉に、レオンがうなずいた。


「ガルド、あの倒したやつらの痕跡を記録しておいてくれ。ミレイ、周囲の異常探知。ユナとアオイは少し休んでていいぞ」


「了解!」


「ラジャー!」


それぞれが動き出す中、アオイは地面に腰を下ろした。


「……はぁ……」


手が震えていた。自分でも気づかないほど、強く握りしめていたらしい。


(怖くなかったと言えば嘘になる)


でも、不思議と後悔はなかった。

あの瞬間、自分が前に出なければ、誰かが傷ついていたかもしれない。


「アオイ、大丈夫?」


ユナが隣に座り、そっと問いかけてくる。


「うん。……あんまり大丈夫じゃないけど、大丈夫って言っとく」


「ふふ、正直なのはいいこと」


そう言って、彼女はそっとアオイの拳に手を添えた。


「あったかい」


「え?」


「君の拳。さっき、魔法の光が灯ったとき、ちゃんと見てたよ。あれは、君自身が選んだ力だよね」


「……俺は、魔法が使えないから。せめて身体くらい鍛えておこうって、ずっと」


「その気持ちが、形になったんだと思う。誰かを守りたいって、本気で思ったからこそ、あの光が出たの」


ユナの言葉は、まるで祈りのようだった。


静かな森の中で、風が草を揺らす。


「……俺、ちゃんと戦えてたかな」


「うん。君の力は、ちゃんと届いてた。少なくとも、私は安心できたよ」


そう言って、ユナはアオイの肩に軽く手を置いた。


「ありがとう。今日の戦いで、君はもう“仲間”だよ」


その言葉が、どれほど心に沁みたか――アオイは答えを返せなかった。


ただ、頷いた。

ぎこちなく、でも確かに。


(仲間か……)


言葉にするには、まだちょっと照れくさかった。


だが胸の奥で、小さな炎が灯ったような感覚があった。


それは、昨日までの自分が知らなかった“温かさ”だった。


「さーて! お前ら、のんびりしてるところ悪いが、そろそろ行くぞー!」


レオンの声が響き、二人は顔を見合わせて笑った。


「立てる?」


「うん、大丈夫。……たぶん」


ユナの手を借りて立ち上がる。まだ身体の節々が軋んだが、不思議と気持ちは軽かった。


こうして、アオイは少しだけ、冒険者としての一歩を踏み出した。


仲間とともに、焔のように揺れる不安と希望を胸に――。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第3話では、アオイが初めて「自分の力で誰かを守る」という一歩を踏み出します。

戦いの中での戸惑いや痛み、そして仲間からの言葉や笑顔が、彼にとってどれだけ大きな意味を持っていたか――少しでも伝わっていれば嬉しいです。


次回は、いよいよ“紅の騎士団”の影が少しずつ見え始める予定です。

どうぞお楽しみに。


(なお、アオイの心の声「ユナちゃんマジ天使」は今後も定期的に出てきます)

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