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風の谷で目覚める記憶

蒼をめぐる旅は、再び風の導きへ。


一行が向かうのは、かつて“風の聖域”と呼ばれたフォンタナの谷。

そこには、過去の痛み、忘れられた記憶、そして新たな誓いが待っていました。


今回は前後編の構成で、谷での戦いと、ユナへの大切な贈り物までを丁寧に描いています。

少しだけ長めですが、どうぞ最後までお楽しみください。

朝の森を抜けた一行は、北の谷――〈フォンタナの谷〉へと向かっていた。

その空はどこか深く、風は静かで、空気は澄んでいたが、どこか“揺らいで”いた。


「……空が、重いね」

ミレイが、立ち止まって空を見上げた。


「気圧じゃねぇな」

レオンが短く返す。「何かが、渦巻いてる感じだ」


「“痕跡”……だね」

ユナちゃんが静かに言った。アオイは頷いた。


「この先に、ある。はっきりわかるよ。蒼の流れが……乱されてる」


風は吹いていた。ただ、流れるだけの風ではない。

まるで何かを伝えようとするように、断続的にアオイの頬を撫でていた。


「……試されてるな、俺たち」


アオイはそう呟いて、拳を握った。歩くための拳を。


そして一行は、谷へと足を踏み入れる──


フォンタナの谷は、かつて“風の集う場所”と呼ばれた聖域だった。


今は違う。

風は吹いているはずなのに、どこか淀んでいる。音が消えている。

草木のざわめきすら、谷の入口で遮られていた。


 


「気配……濃いな」

レオンが手を伸ばし、腰の剣に触れる。


「空気の層がねじれてる。魔力の波……“幻影系”だと思う」

ミレイの瞳は鋭くなっていた。


「気をつけて。誰かが、私たちを“見てる”」


 


ユナちゃんが目を閉じ、風に意識を澄ませる。


「……この谷の奥。記憶の痕跡がある。だけど……それを包むように、“別の力”がいる」


「“別の”って、どんな?」

アオイが問うと、ユナちゃんの眉がかすかに動いた。


「まるで……“誰かの執念”みたいな」


 


──その瞬間、谷に響く、音なき“囁き”。


風が急に止み、視界が揺れる。


気づけば、周囲は“影”に包まれていた。


谷の岩肌がにじみ、歪み、別の空間がそこに現れたかのようだった。


 


「……来たか」

レオンが剣を引き抜く。


「みんな、集中して」

ユナちゃんの声が、空気を切り裂くように鋭く、でも優しい。


「これは……普通の敵じゃない。“過去の影”だと思う」


「“過去の影”?……じゃあ、こいつは記憶そのものってことか」

アオイが低く構える。拳に“蒼”が宿る。


 


──“影”は形を変えていく。


人のようで、人ではない。

幾層にも重なる顔、歪んだ輪郭、まるで“記憶”が具現化したかのような姿。


その中心に、目があった。


どこか、哀しげで、狂おしくて、孤独な──そんな目が。


 


「カルヴァロ・ノクス……!」


アオイが息をのむ。


あれは、以前アオイが“蒼の門”で垣間見た存在の断片だった。

まるでその“残滓”が、谷に引き寄せられて姿を取ったように──


 


「みんな、来るよ──!」


 


そして、戦いが始まる。



“影”が吠えるような音を立てた瞬間、周囲の空間がひび割れた。

その破片から、複数の“幻影”が姿を現す。どれも人のようで、しかし人ではない。


——過去の記憶からこぼれ落ちた、痛みと執念の化身。


 


「まずい、囲まれるぞ!」

レオンがすかさず前へ。迫ってきた影に剣を振るい、斬撃を繰り出す。


「……っ、動きが速いな!」


だが、その斬撃は幻影の“皮”を裂いただけで、実体をとらえられない。


 


「実体がない? だったら──」

ミレイがすかさず、風の魔法を展開する。


「《ヴェール・ストーム》!」


旋回する風の刃が、幻影の軌道を乱す。

見えない線を切り裂き、幻影の“本体”が一瞬だけ露わになる。


「今!」

アオイが地を蹴り、露わになった影に拳を打ち込んだ。


拳が当たった瞬間、青い波紋が走る──

それは“芯”の力。心の核から流れ出す、揺るがぬ蒼の魔力。


 


「効いてる……! “蒼”なら届く!」


 


一方、ガルドは後方で動き出した。

幻影のひとつがユナちゃんに向かって飛びかかろうとしたそのとき──


「……邪魔だ」


わずかに目を細め、影の動きに合わせて身をひねり、大盾を投げつけた。

影の進路が逸れたその瞬間、彼はもう目の前にいた。


──“守るための拳”。


無骨な拳が、影を地面に叩きつける。


 


「ありがとう、ガルド!」


ユナちゃんはその場にひざをつき、両手を胸元で重ねる。


「……皆を、守って」


祈るようにそっと囁いたその瞬間、彼女の体から淡い金色の光があふれる。


《サンクチュアリ・リライト》


──癒しと守りの領域が、仲間たちを包み込む。


 


「よし、立て直したぞ!」

レオンが再び斬り込む。今度は幻影の芯を的確に捉え、裂く。


「こっちは無駄撃ちしないっての! くらいやがれ!」


 


「っしゃー、決まった! もう一発いくよ!」

ミレイが跳びながら、風の矢を次々に放つ。


アオイは、仲間の連携に心を震わせながら、最後のひと影に正面から向き合った。


──蒼の拳を構える。目の前には、かつての自分のような、影のような存在。


「もう迷わない。お前を乗り越えて──俺は、行く!」


一閃。


青い閃光が走った。


 


幻影は、静かに崩れていった。


 


──戦いは終わった。


 


谷に再び、風が吹いた。


戦いが終わると同時に、谷に張り詰めていた気配が、ふっとほどけていった。

影の残滓は風に溶け、空気は再び、静寂とともに澄んでいく。


 


「……ふぅ……なんとかなった、か」


アオイは拳を下ろし、深く息を吐いた。

掌にはまだ、蒼の熱がほんのり残っていた。


 


「油断はするな。こういうのは、何度でも来るかもしれねぇ」


レオンが剣を納めながら、周囲を見回す。


「……けど、よかったな。アオイ」


 


「え?」


 


「ちゃんと、前に出たじゃねぇか。お前が先に動いてくれたから、全員が動けたんだよ」


レオンは軽く拳を突き出した。


アオイも笑って、それに自分の拳を合わせる。


 


「……ありがとう、レオンさん」


 


「まったく、男どもは無茶しすぎだよ」

ミレイがため息をつきながら、ユナちゃんに寄っていく。


「ユナ、大丈夫?」


「うん、少しだけ魔力を使いすぎたけど……でも、みんな無事でよかった」


ユナちゃんはふわっと微笑んで、そっと胸元を押さえる。

そこには──アオイから託された、風結の護符がしまわれていた。


彼女は何も言わない。ただ、その存在を感じるだけで、心は落ち着いていた。


 


「お前、ちゃんと“帰る場所”を見つけてきたんだな」

ガルドがぽつりとつぶやいた。


アオイは、頷く。


「うん。……もう、迷わないよ。俺の“蒼”はここにある。みんなと一緒に」


 


風が吹いた。今度は冷たくなく、むしろ少しだけ暖かい風だった。


──まるで、この地が彼らの“成長”を認めてくれたように。


 


そのときだった。


 


「……見て」


ユナちゃんが谷の奥を指さした。


彼らの進んできた岩の割れ目、そのさらに奥。


──そこには、淡い光が揺れていた。


 


「……“記憶の痕跡”?」


 


アオイが一歩踏み出す。


光は呼応するように、わずかに色を変える。


淡い青。柔らかな緑。そして、ほんの一瞬だけ、紅の気配。


 


「……違う、“痕跡”じゃない。これは──」


 


──風が導く。


それはまるで、何かがアオイたちに“語りかけよう”としているかのようだった。


 


「行こう」

アオイは背を向けず、仲間に言った。


「この先に、きっと何かがある。……俺たちに、必要な何かが」


 


仲間たちは頷き、それぞれの足で、再び歩き出す。


 


──谷の奥へ。


 


彼らの影が長く伸びていくその先に、次なる真実が待っている。


谷の奥へと進むと、空気が変わった。


そこは、まるで時間の流れさえも滞るような空間だった。


空は曇天のまま、けれど風はぴたりと止み、森のざわめきもどこか遠くへ消えたようだった。


 


「ここだけ、何か違う……」


ユナちゃんが呟いたその言葉が、誰の胸にも静かに響いた。


 


アオイはゆっくりと、岩肌に囲まれた空間の中央──淡く光っている“それ”のもとへ近づいた。


それは、宙に浮かぶ薄い光の膜だった。

まるで水面のように揺らめきながらも、確かにそこに“存在”している。


 


「これは……“記憶の痕跡”……だよな」


アオイが手を伸ばす。


触れた瞬間、光が脈打ち、青白い波紋が空間に広がった。


 


──次の瞬間、全員の視界が“色”を失った。


 


白。


 


いや、“無”に近い世界。


アオイたちは、確かにそこに立っているはずなのに、何もない場所にいるようだった。


 


「これは……記憶の中?」


 


声に応えるように、空間が“像”を結び始める。


朧げな影たちが、地に膝をついている。

それは騎士団の姿──ただし、見覚えのある“紅の騎士団”ではなかった。


彼らは誰かの遺体を抱え、慟哭し、叫んでいた。


 


「戦争の……記憶?」


レオンが小さく呟く。


 


「でも、これは……いつの?」


 


アオイは言葉を失っていた。


影たちは名前も顔もない。けれど、その“想い”だけははっきりと伝わってくる。


守れなかった無念。


誰かを奪われた痛み。


それでも剣を手に取らなければならなかった矛盾。


 


(……これは、カルヴァロ・ノクスに喰われた記憶? それとも──)


 


アオイが思考を巡らせたとき、影の中に一際大きな存在が現れた。


黒い鎧。歪んだ兜。背には刺々しい突起。


その姿に、アオイの背筋がぞくりとした。


 


「……おい、あれは──」


「カルヴァロ……の残滓?」


 


けれど、その姿はあまりにも“人間”から離れていた。


もはや理性も意思も感じられない。


記憶を喰らい、怒りと憎悪の“象徴”と化した、異形の存在だった。


 


「……っ、来るぞ!」


 


影がこちらに振り向く。


アオイの身体に、“蒼”の魔力が走った。


けれどそれは、敵意に対するものではなかった。


──哀しみへの共鳴だった。


 


「この存在……誰かの“記憶”が作った、“憎しみの化身”……!」


 


ミレイがすばやく構えをとる。


「感情だけで動いてるわけじゃない。見て──あいつ、何かを“守ってる”!」


 


影の後ろに、ひとつの像があった。


石碑のようなもの──そこに近づかせまいと、影は本能的に立ちはだかっている。


 


「まさか……」


ユナちゃんの瞳が揺れる。


「この記憶の中に、“何かを残した人”がいたの?」


 


アオイは拳を握る。


「なら、俺たちがやるべきことは一つだ。あの記憶を、守る。……そして、解放する!」


 


影が、吠えた。


その声は、痛みのようで、嘆きのようで──

けれど、どこかで救いを求めるようにも聞こえた。


 


「行くぞ──みんな!」


 


仲間たちは、即座に動いた。


“記憶の守護者”との戦いが、始まろうとしていた。


影との戦いが終わり、静寂が戻った谷の奥。


淡い光が、石碑のまわりに漂っていた。

それはまるで、守られた記憶がそっと感謝を伝えるかのように──


アオイたちは、石碑の前に静かに立っていた。


 


「この記憶……きっと、ずっと誰かが忘れないようにって……」

ユナちゃんが呟いた声は、どこか遠く、温かい。


 


アオイは、ポーチの奥にしまっていた小さな布包みを取り出す。


風の流派で最後に託された、大切な護符。


──“風結の護符”。


 


「……ユナちゃん」


アオイの声に、彼女は顔を上げた。


 


「これ……受け取ってほしい。風の修行を終えて、最後に託されたものなんだ」


 


アオイは、両手でその護符を差し出した。


それは、小さな青銀色の結び飾り。


風の流れを象ったような模様が織り込まれた、静かで凛とした護符だった。


 


「帰る場所を思い浮かべろって言われたとき、

 ……俺は、真っ先にユナちゃんの顔が浮かんだんだ」


 


「え……?」


 


「ユナちゃんは、俺にとっての風の“導”なんだ。

 この護符を、君に持っててほしい。……俺の“蒼”が、ちゃんと帰る場所を見つけたって、そういう証に」


 


ユナちゃんは、一瞬だけ目を見開いたあと──

ふわっと、笑った。


その笑顔は、どんな魔法よりもあたたかく、どんな護符よりも力強くて。


 


「うん……ありがとう、アオイくん。大事にするね」


 


彼女は両手で護符を受け取り、そっと胸元にしまった。


それは、言葉にしなくても伝わる“想いの証”。


 


仲間たちも静かに見守っていた。


誰も茶化さず、誰も邪魔せず。


その時間を、まるごと尊重するように。


 


アオイは小さく深呼吸し、仲間を振り返った。


 


「──行こう。まだ、俺たちの旅は終わっちゃいない」


 


谷の奥へ、風の流れの先へ。


彼らの足音が、新しい章の扉を叩こうとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


今回の物語では、アオイたちが“過去と向き合うこと”の重さと、それを乗り越える強さを描いてみました。

フォンタナの谷という場所は、単なるバトルの舞台ではなく、記憶と想いが交錯する静かな聖域として構想しています。


そしてアオイがユナに手渡した「風結の護符」は、彼にとっての“帰る場所”の象徴。

物語の核心に近づきつつある今、その想いを少しずつ言葉にしていく彼の変化も、感じてもらえたら嬉しいです。


次回も、心を込めて書いていきます。

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